文章

□ルシアン eF
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 「あ」
 小さくこぼされたつぶやきを辛うじて聞き取ったあろまはつぶやきを零したきっくんを窺うと、その視線は斜向かいのFBに注がれていた。
 「なに?」
 小さなつぶやきにつられるように、声を落として尋ねれば、きっくんは困ったようにあれ。とFBが頼んだらしいグラスを示した。
 「新しく頼んでたけど?」
 なにかマズいのだろうか?不思議に思いつつ、ますます困ったように首をかしげるきっくんをあろまは眺める。
 「あれ、レディキラーだよ」
 「は?」
 何を言っているのだ、とあろまは胡乱に眉を上げる。
 「甘くて口当たりのいいカクテルのことを言うんだけど、総じて度数が高い。おいしいからって何杯も飲めるような代物じゃないからアルコールに弱い女性だと2〜3杯でダウンする。ちなみにアレの名前はルシアン。ベースのウォッカとジンが度数高いから混ぜるとさもありなん。カカオリキュールはいってるから匂いもいいね」
 「つまり?」
 「あれをバーで男が女に頼んでやるとヤり目的に近い。っつーかもろソレだわ。たまーに間違えて頼んじゃって青くなってる人もいるけど…あれFBが自分で頼んでた?」
 酒の席での下ネタがえげつなくなるのは常の事だが、あけすけなそれに思わず眉をしかめつつもさぁ?と首を横に振る。
 「あいつがそんなの知ってると思うか?多分間違えたんだろ」
 「だよな……その前にも同じようなカクテルカパカパ飲んでたし、多分すぐつぶれるな」
 誰が連れて帰るか。と算段を巡らせ始めたあろまの横でFBが飲んでいたカクテルを確認していたらしいきっくんがゲ、とカエルがつぶれたような声を上げた。
 「今度は何だよ」
 メニュー表を握りつぶすのではないかというほどの力で握りしめているこぶしをぼんやり見て、斜向かいのこれまた胡乱そうな顔をしているFBとその隣のえおえおにいつものことだ。と肩をすくめれば、仕方ないな。とでもいうかのように二人は会話に戻った。
 「あのさぁ、あろまちゃん。まじでFBわかってないんだよね?」
 「よく考えろ、魔法使い疑惑持ちが元バーテンのお前並みの知識を持ってるとは到底思えん。知ってたら俺は引く」
 きっぱり言い切ると、だよねぇ。ともう一度頷いたきっくんだったが握りしめていたメニュー表をテーブルに置いた。
 「最初に頼んでたのがスタンダードだったから何も言わなかったけど、次から問題。レディキラーのカクテル狙い撃ち。偶然でこれってアリ?」
 「あー…ない、な。でもだからって」
 正直話のネタで後日からかってやろう。ぐらいにしか考えていない。
 そうあろまが口を開きかけた瞬間、いつのまにやら小さなグラスの中身は飲み切ってしまったらしいFBの肩をえおえおが叩き、メニュー表を見せている。
 「……おい?」
 「ん?なにあろま」
 キョトリとしたFBといつも通りのえおえおを見比べていや、何でもない。とあろまは賢明、口を閉ざすことに決めた。
 「つ…次、なに頼むんだ?」
 きっくんのほうといえば、口は閉ざしていられなかったのか、若干青ざめながらそう尋ねた。
 「え?きっくんも飲んでみる?コレ」
 そういってFBが注文しようとしているのだろうメニュー表をきっくんに指し示す。
 「……これ」
 いつも見慣れているとはいえ、何とも言い難い非常にアレな表情で固まったきっくんにばーか。と一言送ってやる。
 「度数、高いから気を付けてね」
 「?うん」
 きょとん、とした表情のFBにやはりこいつわかってないわ。とこっそりとあろまは息を吐いて、チェイサーを呷った。
 
 「…いわんこっちゃない」
 ぐうぐうとお世辞にもかわいいとは言えない鼾をかいているFBのこれまた見慣れ切っただらしない寝顔を眺めつつ穏当にウーロン茶をすすっていたあろまは一人涼しい顔をしているえおえおを睨みつけた。
 「責任もって連れて帰れよ」
 「いわれなくとも」
 寝落ちしているFBを揺り起こして朦朧としている彼を立ち上がらせているえおえおは微かに笑った。
 「あー、せめて手順くらいは踏んでやれよ。あんなもの飲ませた確信犯には遅いだろうけど」
 「人を強姦魔みたいに言うんじゃねぇよ」
 「どの面下げて言うかこの阿保」
 眉を下げて黙りこくったきっくんを視線で制して、がりがりと氷をかみ砕いたあろまは眉をしかめるが、あきらめて息を吐きだす。
 「なんかあったら絞める」
 「ずいぶん過保護じゃないか?」
 「ようやく行動起こした立ち上がりが遅すぎる奴が暴走するとも限らんからな」
 さすがに怒るか?
 と、そらすことなくえおえおの顔を注視するも、当人はだからだ。とごく静かに呟く。
 「今更だけど、いう気になった。それだけなんだ」
 「……そうか」
 なら、さっさとその酔っ払いベッドにぶち込んで来い。とあきれて追い払う。

 「あの言い分、本当かもね」
 「あ?」
 酔っ払いと確信犯の姿が店から消えたころ、きっくんがぽそりと口を開くのに、目を上げれば、スマホをほら、と差し出してきたのを反射的に受け取る。
 「最後にあいつが頼ませてたのウオッカギブソンってカクテルだけど、オレが引いてたのは度数の高さで意味までは深く考えてなかったんだよね」
 「……隠せない気持ち」
 「話すことさえめんどくさがるような男がやるにゃ可愛らしすぎるけど、多分、嘘じゃないと思う」
 お前は心配してるけど、信じてあげようよ。
 言われ、深く深く息を吐きだしたあろまはきっくんにスマホを返しつつ過保護か、と呟く。
 「俺としては、そんな気は毛頭なかったんだがな」
 「うん、ただ心配だったんでしょう?二人とも」
 こくり、とうなづけばらしくない。と笑われた。
 今頃家路を辿っているだろう彼の恋は、成就したのだろうか?していて欲しい。
 そんな、祈りだか願いだかをそっと思って、次の店行こう。と言い出したきっくんに苦笑して同意を返した。


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