novel

□Episode1(1)
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「ロック…アンタ…」
 閉店したパブの奥の部屋で、女が頭痛そうにロックを見つめていた。
「しょうがないだろッ?! 勢いで『この子は俺に任せろ!』って叫んじまったんだから…」
 ベッドの上には、ロックと同い年くらいの女性が眠っていた。念のためパブの客の中にいた医者にも見せたが傷一つないそうで、意識もすぐに戻るだろうということだった。臨時閉店になったパブから追い出された客たちは空から降ってきた女の子の話ばかりしながら次に飲む店へと消えていった。
「ま、宿代払ってくれりゃ私は文句はないよ。んじゃ、あとは頑張りな」
「なぁ、やっぱこの子って特異点…」
「はいはい。起きたら身元でも確認してみるんだね」
「おう」
 適当に言いながら部屋から出ていく女に、新しいおもちゃを見つけた子供のような顔で返すロック。
 改めてベッドで眠る女の子を見てみると、どことなく見覚えがあるような気もした。
 誰に似ているかがどうしても思い出せなかったが。
 整った顔立ちにこの辺りでは少し珍しい綺麗な金髪、少し値が張りそうな服。
「………本当に特異点だったらいいのにな…。そしたら…レイチェルも…どこかで…」
 少し切なそうに呟いた瞬間だった。
「……ん………」
 ゆっくりと目を開けた女性が眩しそうに眉にしわを寄せる。
「気が付いたか?」
 呼応するようにベッドの上で上半身を起こした後、綺麗な碧眼でロックを見てから、彼女は言った。

「あれ? ロック…? なんで私……。悪い、ロック。ここどこ?」

 次の瞬間、真夜中の宿にロックの声が響き渡る。
「やっぱり特異点だーーッ!!」
「なんだよそれはッ?! ロック、何かあったのか?」
「いいかッ?! 俺は君を知らないッ!」
「………は?」
「でも君は俺を知っている! それってつまり、君が元いた世界に俺がいて、そしてこっちの世界に君はいないってことなんだ!」
 興奮気味に話すロックに目を点にする女性。
「あ、あのさ…ロック。私、お前とはまだ付き合い浅いんだけど、もしかして記憶障害持ちだったとかか? もしくは二重人格とか…」
 若干引き腰の女性に少し落ち着いてロックは話し始めた。
「そうじゃねぇよ。ええっと……」
「…グレシア」
「ああ。つまりグレシアはこっちの世界にとって特異点なんだ」
「特異点…? 基準が適応できない存在という意味か? さっきこっちの世界って言ったが、それはいったいどういう…」
 冷静に話すグレシアを見つめながらロックは無意識につぶやいた。
「やっぱ誰かに似てるんだよなぁ…。そうやってしゃべってると特に……」
「? ……そりゃ当たり前…だろ?」
「え?」
「いや、いい。それでロックの言う特異点ってのは?」
 ロックの簡単な説明を聞いてから、苦虫を噛み潰したような顔でグレシアは言った。
「………道理で…」
「自分でも思い当たる節があるってことか?」
「……………」
 しばらくの間、重い表情で黙ってしまったグレシアに、ロックがかけてやる言葉を探していると、彼女は言った。
「…確かに、意識がなくなる前には重傷で死にかけていた…はずだ。…それが身体に傷一つないところを見ると、何かおかしな現象が起きていると考えざるを得ない。…が、それとロックの説明をそのまま信じるかどうかは話が別だ。ロック。今の説明が本当なら私はロック以外の人から見てもどこの誰だかわからない…というか、今まで存在しなかった人間ってことなんだよな?」
「ああ。他に知ってる人とかいたら聞いてみればわかると思うぜ。家族とか、友達とか」
「…………」
 軽い口調で話しかけたロックだったが、彼女の表情は重かった。しばらく何か考えた後、グレシアは言った。
「最後に一つ質問していいか?」
「なんだ?」

「特異点が元の世界に戻るための方法は?」





 あれから三日。グレシアはすっかり店になじんでいた。
 住み込みでパブの手伝いをする代わりにしばらく部屋を借りられることになったのだが、ロックの知り合いだったパブのママにも気に入られて、ついでに常連客の間でも話題になっていた。
 元々ケーキ作りが趣味だったらしく、料理も普通にこなせて賢く気立てもいい。何より異常に歌がうまく、夜の店でピアノを弾いて歌う姿に、元の世界では歌手だったんじゃないかと言い出す者まで出始めるありさまだった。
「しかも弓の名手だぜ? …ケーキ作りにピアノに歌に…って、なんか教養行き届いてる感じするよなぁ…絶対どこかの金持ちとか貴族の出身だろあいつ…」
「ちょっとロック、ホントにあの子この世界の人間じゃないわけ? 私、本気で一生店にいてもらいたいんだけど」
「だから、こっちの世界にはいないから特異点なんだろ…。本人も元の世界に帰りたがってるしさ…」
 特異点が元の世界に帰る方法。それは、召喚された目的が何かを解明し、達成すること。
 たいていの場合、本人がいない世界であることがカギとなっており、その人がいないことで起きる不都合を解決することで帰れるとロックが読んだ本には書かれていたものの。
『私がいない不都合? …ある…のか? そんなものが』
 本人曰くいなければいないで世界は問題なく回るし、いればいたでそれもまた世界は何の問題もないそうだが。


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