novel

□Episode1(2)
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『とにかく、一度彼女に事情を聴いて、俺たちの想像通りだったら説得して城に行かせるから、お前はそれまで待っててくれよ』
 と、別れ際にロックは言っていたが。
 城に戻って誰もいない廊下を歩きながら呟いてみる。
「グレシア…か」
 綺麗な子だった。なのに、何故かいつものように口説こうと思ったら違和感を覚えたことも事実。それが身内の勘だとしたら驚愕ものだが。
「エドガー…?」
「ん? ああ。ばあやか。今日も美しいな」
 なお、これは通常の朝の挨拶である。
 不謹慎ですと叱ることも忘れ、神官長の女性は震える声で訊いた。
「先ほど…なんと…?」
 エドガーは正直に答えることにした。
「………。昨夜、友人が紹介してくれた女性の名だよ。グレシアといってね。その友人が言うには彼女と私は似ているそうだが」
「その人は…どのような方でしたか…?」
 簡潔にまとめられたエドガーの話が終わって、しばらくの間声も出ない様子だった神官長が喉の奥から絞り出すようにつぶやいた。
「…そ…んな……ことが…」
「ばあや? 大丈夫か? 少し顔色が…」
 しかし、神官長は毅然とした声で言った。
「エドガー。あなたに、話があります」


 


「グレシア、昨日の話なんだけど」
 天気のいい日だった。二人で外に出かけて、市場の周辺をぶらぶらと歩く。
 店の方はやはり元の世界に戻る方法を探したいからと、一旦やめさせてもらってきた。
「ああ…ごめん。せっかくわざわざ私のこと心配して呼んでくれたのに…」
「い、いや、それは気にすんなって。それより、大丈夫か? なんか今日ちょっと元気なくないか?」
「………いや。…ちょっと、元の世界の夢を見ただけ」
 耳心地のいい街中の喧騒と共に、心地いい風が吹き抜けていく。穏やかな声でロックが訊いた。
「どんな夢?」

「兄さんと喧嘩した夢」

 あえて。ロックは昨日の話を一旦すべて忘れることにした。
「…へぇ、兄貴がいるのか。どんなお兄さん?」
 ほんの少し、柔らかい声で彼女は話し出した。
「兄貴は二人いたんだ。ていっても、下の兄貴は何年か前に出ていったっきり音沙汰ないけど」
「…そりゃ心配だな」
「いや、全然」
 淡々と話すグレシアにロックが思わず軽い口調で返す。
「いやちょっとは心配してやれよ」
 すると、楽しそうに笑ってグレシアは言った。
「だって、本人が出ていく時に言ってたから。心配しなくていいって。それと、必ず帰ってくるからって。だから心配はしないことにしてる。あの人…今まで私に嘘ついたこと、一度もないから」
 笑顔で話すグレシアに、思わずつられるように笑ってから、ロックは言った。
「…やっと笑ったな」
「え?」
「そんな風に楽しそうに笑って話すとこ、初めて見た。やっぱ女の子はその方が可愛いと思うぜ」
「…うちの兄さんみたい」
「いやいやいや! 俺はあそこまでじゃない…って……あ…」
 くすっと笑って吐かれた言葉に思わず叫んでしまってからロックは墓穴を掘ったことに気づいた。
「やっぱり…気づいた? 昨日」
 バツが悪そうにこちらを見ているグレシアにロックが小さく返す。
「…もう一人の上の方の兄貴ってのが、エドガーか。……喧嘩したのか? その…元の世界で」
 正直、少し意外だった。
 昨夜エドガーにはああいったものの、ロック自身、エドガーが妹と本気で喧嘩するようなタイプの人間にはどうしても思えなかった。
 それこそ溺愛しすぎて家出されたのならわからなくもないが。
「…初めてだった。今までずっとエド兄の妹で生きてきて、こんな風に気まずくなったの。子供のころからよくできた人でさ。何でも譲ってくれて、可愛がってくれて。叱ってくれたこともある。厳しいことも何度も言われた。…でも、いつもすごく優しかった」
「…なんっか…さ」
「え?」
「いや…ちょっとエドガーが羨ましくなったってだけ。そんならさ、いっそ本人に相談してみたらどうだ? あっちの世界のエドガーになんて言ったら一番いいか、案外こっちの世界の本人が一番いい答えを持ってるかもしれねぇし」
「い、いやいやいや! ロック、さっきの話ちゃんと聞いてたッ?! 気まずいんだって」
「『向・こ・う・の』エドガーとだろ? こっちのエドガーだったら大丈夫だって。それにほら、案外それがヒントになるかもしれないぜ? 元の世界に帰るためのさ」
 しばらく黙った後、グレシアは言った。
「…いや、それはいいよ。こっちの世界のエド兄にまで迷惑かけるのもなんだし、それに…。間違ってたのは私の方だって今ならはっきりとわかるから。向こうに戻ったら、ちゃんと謝る」
「いいのかよ、ホントにそれで。こっちの世界のエドガーはさ、お前が頼ってきてくれたら喜ぶと思うぜ」
「え……?」
「えじゃねぇよ。そのくらい付き合い浅い俺でもわかるぜ? あいつは女性に頼られてそれを迷惑だと思ったことなんか一度もねぇよ。まして別世界かもしれねぇけど、妹だぜ? それとも、お前の知ってるエドガーは違うのか?」
「………」
 黙って首を横に振ってから、彼女は言った。
「ありがとう、ロック。おかげで目が覚めた」
「ん?」
「なりふり構ってる余裕なんてなかったんだ。何が何でも元の世界に戻ってエド兄に謝らないと…。このままじゃ死んでも死にきれない。城に行って…相談してみるよ」
「グレシア……。ああ…そうだよ…! そうこなくっちゃ! んじゃさっそく行こうぜ!」


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