novel

□Episode4(2)
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 翌朝、まだ青い顔をしているロックの背中をさすってやりながらティナが訊く。
「エスナ、いる?」
 どうやら昨日の夜から船酔いで吐いていたらしい。原因は…シャドウのくれたゆで卵が固すぎたせいだったとか。ロックにハードボイルドはまだ早すぎたらしい。
 大三角島に無事到着して、一行は近くの村で情報収集することになった。
「この近くの村っていうと…」
 地図を確認しているセリスにレオが答える。
「サマサの村だ。どこにでもある田舎の小さな村だと聞いているが…」
 シャドウが一瞬目を伏せたその瞬間だった。
 ティナが大きな声で叫ぶ。
「あ! あの煙がそうじゃない?」
 遠くに煙が登っていくラインが見えて、煙の根元に小さく村らしきものが見えた。
 少し眉をひそめてグレシアが言う。
「…あの煙…ちょっと大きすぎないか? まだあんなに村が小さく見えるのに…」
 ロックやレオが似たような顔で注意深く村を見ていた。焚火や煙突の煙にしては妙だ。





 異変を感じ取った一行が急いで駆け付けると、一軒の家が炎を上げて燃えていた。その火はあまりにすさまじく、家が燃えているというよりはまるで大きな焚火の中に家が建っているようだった。
「リルムがッ! 孫娘があの家の中にいるんじゃッ!」
 燃える家の前で半狂乱に叫んでいる老人にレオが訊く。
「まさか…まだ中に人がいるのか…ッ?!」
「そうなんじゃッ!! リルムが火事になって、近所の家が巻き込まれて…あややや……、何が何だかわからなくなってきたゾイッ!」
「おじいさん、落ち着いてッ!!」
 必死になだめているティナが顔を上げると、レオとロックとグレシアが水をかぶって中に入ろうとしていた。
「ティナとセリスは魔法で外から火を消してみて。この勢いじゃ厳しいかもしれないけど」
 頷くティナとセリスを確認しているグレシアを見上げて、老人が呟く。
「魔法じゃと…? お前さんたち一体…」
 言い残して、ロックとレオを追うように家の中に飛び込んで行ったグレシアを見送る間もなくティナとセリスが詠唱を開始する。
「…………」
 ほどなくして、その隣で老人が魔法の詠唱を始めた。
「…え?」
「何をボケっとしておるッ! どんどん唱えるゾイッ!」
 顔を見合わせてから、ティナとセリスが再び詠唱を続ける。
 すると、駆けつけた男性が怒鳴りつけてきた。
「何をしておるッ!! 魔法は禁じたはずじゃッ!」
「…………ッ?!」
 詠唱している二人が同時に気づくが、何度か魔法で氷を放った老人が振り向いて叫んだ。
「そんな事……ッ!! リルムが中にいるのじゃゾイッ! 駆けつけた見ず知らずの若い連中もリルムを助けるためにあの中に入っていったんじゃッ!! 見ず知らずの連中が命懸けで孫を助けようとしてくれているときに、規則を守ってただボケっと眺めておることなんぞできんゾイッ!!!」
 怒鳴り終えて再び詠唱を始める。怒鳴り返されて項垂れていた男性が、小さな声で苦くつぶやいた。
「…いたしかたあるまい。みんな聞いてくれッ!!」
 男性の呼びかけに応じて近くで見ていた村の人々が次々と集まってくる。
「嘘…ッ、でしょ…ッ?!」
 目を丸くしているティナとセリスの前で魔法の大合唱が起きていた。
 男も女も、老人から子供に至るまで、家を取り囲むように集まった村中の人々が魔法を唱え、大量の水と氷が燃える家に降り注ぐ。
 やがて、黒く焦げて中が露出した家を残し、火は鎮火した。





 ロック達が中でリルムを探していると、何故かいつの間にか中に入ったシャドウが先に気絶したリルムを見つけ出してくれていた。そのまま無事に家を脱出して、先ほどの老人の家で介抱する。
 ベッドで眠っている女の子を見ているグレシアの背後から、ロックが部屋に入ってきて言った。
「さっきの消火劇は、あのストラゴスってじいさんが村長を説得してくれたおかげらしい。まさか村中の人が魔法を使えるなんてな…」
 一応中でロックとグレシアが氷結魔法を何度か打って道を確保しながら進んではいたが、予想外に火の回りの方が早く、外からの鎮火がなければ自分たちを含め、助かったかどうかはわからない。
「魔導士の村か…。私たちみたく魔石の力で魔法が使えるようになった人間が昔そう呼ばれていたって話は知ってたけど。まさかまだ残っていたなんて」
 何百年も前の残虐な歴史。魔大戦の再来を恐れた当時の主導者が魔法を禁忌とし、魔法が使える者、使ったとされた者、果ては使えると噂されただけの者まで片っ端から捕まえ、拷問し、耐えかねて魔法が使えると告白にすれば全て火あぶりにしてしまった。
「魔導士狩り…か。今となっちゃ歴史に残ってるだけとはいえ、そりゃ確かに隠すよな…」
 先ほど下でその話をしていた時のティナの暗い顔が脳裏をよぎってロックがやりきれない顔で続けた。
「とりあえず、レオ将軍が村長と話をつけてくれてる。レオ将軍は、この村のことは皇帝には報告しないってさ。今回の任務とは無関係だから報告の義務はないとかなんとか言ってたけど…。あの人、確かにグレシアの言った通り、頭の固い人じゃなさそうだ」
 グレシアが小さく微笑む。
「そっか。良かった」
 頷いてロックが続ける。
「かわりに村長もレオ将軍の話を聞いてくれて、事情を理解してくれたらしい。村の子供を助けてくれた礼に、幻獣の情報を提供してくれるってさ」
「…それ、レオ将軍最初断ったんじゃない?」
 半分笑っているグレシアに、ロックが返す。
「……よくわかったな」
 今度こそ軽く笑ってから、グレシアが言った。
「そりゃそうだよ。この子を助けたのは礼をされるようなことなんかじゃない。…当然のことだからな。でも、レオ将軍も意地でも返上するほど謙虚な人じゃないだろうから、その後で村長にどうしても礼をさせて欲しいって言われてありがたくもらっておいた…ってとこかな?」
「占い師か、お前は」
 半眼になった後、ロックが隣に座って小さな声で訊いた。
「なぁ…お前さ、レオ将軍のこと…」
「………まぁ、悪くはない」
「…俺はいいと思うけどな」
「………。…多分、相手が誰であれ帝国に嫁ぐのはエド兄が許してくれない。レオ将軍は、フィガロには仕えてくれない。一度誓った主君をあっさり鞍替えできるような騎士じゃない。だから…やめておいた方がいい」
 感情を排して淡々と話すグレシアに、ロックの中で釈然としないものが沸き上がる。
 いつもそうだ。彼女の言うことはいつも正しい。が、それを聞くたびについ言い返したくなる感情が沸き上がってきてしまう。
「やめておくとか、そういう問題かよ。人を好きになるってそんなんじゃ…」
 遮るように、グレシアがロックの顔を見て言った。

「私はもう、エド兄と喧嘩したくない」

「………ッ」
「…決めたんだ。エド兄の言うことに、もう逆らわない」
 決して強い口調ではなかったが、その言葉に込められた彼女の気持ちは誰よりも一番彼女の事情をよく知っているロックの心に強く響く。

 結局、それ以上何も言ってやることはできなかった。




 


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