novel

□Episode6(6)
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 マッシュの話によると、その宗教団体は身内を亡くした人を対象に勧誘を行っているらしい。
 いつの世も、身内を亡くした人が神を頼るのは変わらない。一年前の世界の崩壊に巻き込まれて身内を失った人間が山のようにいる中、次々と信者は増えていった。
「…師匠とバルガスの供養のために勧誘を受けようとしたらしいんだが」
「それは危険だ。入信して戻ってこない人間がどうなったかわからないんだぞ?」
 真剣な目で言ったエドガーに頷いてから、マッシュが言った。
「俺も同じことを言った。そしたら…」
 彼女が入信しそうになった時、死んだはずの旦那が現れて彼女を一喝したというのだ。
「それで思いとどまったらしい」
 嬉しそうな顔をしているマッシュにエドガーが叫んだ。
「それじゃ……お前の師匠は…生きていたのかッ?!」
 軽く笑ってマッシュが頷く。
「どうやらそうらしいな。居場所も教えてもらった」
「マッシュ…」
「会いに行ってくる」
「わかった。その間に宗教問題の方はこちらで片付けておこう」
 マッシュから受け取った紅茶を飲んでから、エドガーが静かに言った。
「…ついでといってはなんだが、頼みがある」
「ん?」
「療養がわりにグレシアも連れて行ってやってくれないか?」
「……なんかあったのか? 昨日」
 改めてエドガーの腕の中で眠っているグレシアを見る。これだけ近くで普通に会話しているのに、全く起きる気配がない。余程疲れ切っていたようだ。
「わからん。…俺が訊きたいくらいだ。だが…おそらく、何かあった」
 マッシュが読めない表情で呟いた。
「…今って確か、旧帝国領の人間もかなりの人数がフィガロに移り住んでるんだよな?」
「ああ。一年前に俺がサウスフィガロで再建した時に急遽最低限の法整備をした上で難民は受け入れた」
 おかげで今やフィガロは世界一の大国となっている。多国籍にはなったが、今はまだ人々の生活にそれほどの余裕はなく国の再建という一つの目的に向けて国全体が動いているためそこまで大きな問題は起きていない。自国がボロボロになって絶望しているときに受け入れてもらった人間たちは当然エドガーに感謝し、フィガロで再建の人手として今でも大きく貢献してくれている。
「……………。…いたのかもな」
 極々小さな声で口の中で呟いたマッシュにエドガーが訊き返しかけた瞬間、腕の中でグレシアが眠ったまま小さく動いて、慌てて声のトーンを下げて言う。
「……かつて皇帝の周辺にいた元親衛隊所属の帝国兵たちか」
 その予想が当たっているとすれば、彼女は昨日街中で一年前自分を暴行していた人間とどこかですれ違ったことになる。愕然とした表情でエドガーが腕の中の幸せそうに眠っている妹の顔を見つめていた。昨夜…楽しそうに笑って話していた顔が、夜中に泣いていた声が、次々と頭をよぎる。正直に自分からエドガーを頼ってくれたからよかったようなものの、そうでなく普通に自分の部屋に戻ると言い出していたら…無理やり引き留めはしなかったかもしれない。
 マッシュが口元に人差し指を当ててからそっとグレシアの方を見て呟いた。
「フィガロから離れてゆっくりさせんのもいいかもな。わかった。俺が連れて行こう。師匠なら多分また人里離れたとこで修行して暮らしてるだろうし、ちょうどいい気晴らしになるだろ」
「マッシュ…」
 少し申し訳なさそうにこちらを見ているエドガーに苦笑して、そっとグレシアの髪を撫でてやりながら弟は呟いた。
「強くなったよな。…ほんっと…」
 エドガーが何か言い返そうとしてやめた後、しばらくしてから素の顔で笑って返した。
「ああ。まったくだ…」





 グレシアが起きてから、昼食前に三人で優雅に紅茶を飲む。話を聞いて怪訝そうな顔でグレシアが訊いた。
「それ…ホントに私もついて行かなきゃダメなの?」
「お前がいないと寂しくて仕方ないそうだ」
 冗談っぽく言って笑っているエドガーにマッシュが好戦的に笑い飛ばして言い放つ。
「グレシア。仮にも俺はお前の師匠だぞ? 俺の師匠に挨拶に行くんだからお前も行くのは当然だろ」
「なんでそうなる…ッ?! マッシュ兄の師匠は私の師匠じゃないだろ」
 グレシアも決してマッシュの師匠に会いたくないわけではなかったが、気の毒なほど仕事が溜まっているエドガーを一人で城に残して自分だけ気楽な旅に同行するのは気が引けていた。
「知らねぇのか? 我が師の師は師って有名な言葉があってだなぁ…」
「和菓子…? ドマのお菓子か何かか…? な、なんだかよくわからないけど、師の師は師じゃないと思うんだけど…。とにかく、エド兄の手伝いがあるからせっかく誘ってくれたのに悪いけど今回は…」
 苦笑してエドガーがグレシアに言った。
「そうだな。まぁ、流石に今回は俺も過労死を覚悟するレベルだが…。いいんじゃないか? 挨拶しに行って来いよ。ダンカン氏を師匠、マッシュを師範代と考えれば、グレシアの立場から見ても師匠と呼べるだろう?」
 だろ? やっぱ我が師の師は師なんだよ。と嬉しそうに言って「がっはっは」と笑い続けているマッシュにグレシアが小さく笑って言った。
「それもそうか…。わかったよ。私も一緒に行く」
 その後、楽しそうに二人で話しながら旅の準備がてら部屋を出て行ってしまった二人を見送って、エドガーは一人天井を見上げて呟いた。
「さて。…ブラック企業ならぬブラック国家の仕事に忙殺されるとするか」
 …本当にグレシアを送り出してしまってよかったのだろうか。………後でじいやにぼやかれるかもしれない。





 グレシアとマッシュがカイエン、ガウを連れて四人で旅立った二週間後、ロックとセリスとティナとセッツァーとリルムの五人がフィガロ城の大きな廊下を走りながら話していた。
「ホントに大丈夫なの? エドガーさん、忙しいんでしょ?」
 心配そうにしているセリスにロックが景気良く返す。
「大丈夫だって。友達なんだから。つか、いい加減陽に当ててやらねぇとエドガー、もやしみたくなっちまうぞ」
「そんなエドガーさん…み…見たくない…」
 青くなっているティナ。ずかずか先頭を歩いているセッツァーをドアの前の騎士が慌てて制止する。
「面会の申請はお済ですか?」
「んなもん、一週間以上前に済んでんだよッ! 一体いつまで面会謝絶なんだッ?! 集中治療室じゃあるまいし…」
「ち、ちょっと…ッ」
 無理やりドアを開けようとしているセッツァーを騎士が止めに入って、ロックがセッツァーの援護に回る。
「リルムッ! セリスッ! ティナッ! 先に行けッ!!」
 セッツァーとロックに抑え込まれている騎士が叫ぶ。
「ダメですッ! 今は何人たりとも陛下にあわせるなと大臣から…」
「お前、自分の国の国王を監禁してんじゃねぇッ!」
 叫ぶセッツァーに同意するロック。
「そーだそーだッ! えっと…何罪だっけ? とにかく、国王監禁罪で逮捕だッ!」
「そ、そんな無茶苦茶なッ!!」
 悲痛な声を上げる気の毒な騎士の前で、セリスとティナがバンッとドアを開け放つ。
 リルムが叫んだ。
「エドガー生きてるーーッ!?!」
 返事がない。
 代わりに執務室の一番奥の机でまるで屍…否、ゾンビ化しているエドガーが…。
「エドガー…さん…?」
 恐る恐るセリスが声をかける。
 ゆっくりと顔を上げて、エドガーが口を開いた。
「あ……ああ…。い、いかん……美しいレディの幻覚が見える……それも…二人も……」
「エドガーさんッ!! しっかりしてッ!」
 椅子に座ったまま、左右からティナとセリスに呼びかけられて目の下にクマを作ったエドガーが呟いた。
「……セリ…ス…? それに…ティナ……か? なんでここに…」
 部屋に駆け込んできたロックが叫ぶ。
「エドガーッ!! 無事か?」
 セッツァーが顔をしかめて呟いた。
「遅かったか…」
 エドガーの肩を担いだセリスが叫んだ。
「何馬鹿なこと言ってるのよッ!! 早くどこか休めるところへ…ッ!!」
「見つからないうちに行きましょう…ッ!」
 反対側を担いだティナが叫ぶ。
 かくして、彼らは国王誘拐に成功したのだった。





「……すまん。そろそろお前たちに連絡しようとは思ってたんだが…なかなか時間が取れなくてな…」
 飛空艇の部屋で一晩ぐっすり眠ってゾンビステータスから回復したエドガーが苦笑する。
「リルムがスケッチしたエドガーを執務室に置いてきたから、しばらくは時間が稼げると思うけど…」
 セリスの説明に、えっへんと胸を張るリルム。エドガーが興味深そうにリルムに訊いた。
「ほう。ちなみに、君がスケッチした俺は代わりに仕事までしてくれるのかな?」
 少し考えてからリルムが答える。
「んー…どうだろ。というか、出てる時間はちょっとだけだから、もうとっくに消えてると思うよ?」
「…………。わかった。後で覚悟しておくよ」
 苦い顔をしているエドガーに、セッツァーが言った。
「せっかくだから、このまま例の宗教団体の塔でも行くか? そんなら城の連中も文句ねぇだろ? それも立派な仕事だからな」
「…すまないが、そうしてくれ」
「オーライッ! 任せとけよ。…出来るだけゆっくり飛んでやる」
 気障に言い放って部屋を出て行くセッツァーの背中に礼を言ってから、エドガーが小さく呟いた。
「リルム。頼みたいことがあるんだが…」
「何?」
「スケッチで出した俺が少しでも働けるようなら、グレシアを出してくれないか?」
「うーん…。いいけど、エドガー、そんなにケーキ食べたいの?」
「………ま、そんなところだ」
 苦笑して呟いたエドガーに、セリスが小さな声で訊く。
「目的は仕事でしょ…? エドガーさんじゃなくて、グレシアを出してもらうの?」
「…その方が効率がいいからな。実際、俺は手を動かすより指揮を執る方が向いている。俺がもう一人いるよりグレシアが一人いる方が何倍も仕事がはかどるのさ」
 ロックが呆れたような声で言った。
「だったらなんでマッシュと一緒に行かせたりしたんだよ。マッシュの師匠のとこに行くのにあいつはいらねぇだろ」
 以前のエドガーなら、はっはっは。和菓子の師は師なんだそうだ。とでも言って誤魔化したかもしれない。
 しかし。
 ゆっくりと皆の顔を見回す。
 心配そうにこちらを見ているティナと、紅茶を淹れてくれているセリスに、呆れた顔でこちらを見つめているロックとリルム。
 低い声でぽつりぽつりとエドガーが話し始めた。
「…実はな」
 自分たち家族の個人的な問題に、彼が自分から仲間を巻き込んだのはこれが初めてだった。




 


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