novel

□Episode7(5)
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「面目ありません……」
 畳の上で正座して謝っているグレシアに苦笑してセリスが言った。
「い、いいのよ。気にしなくて。みんな心の中に一つや二つ弱い部分があったって、ねぇ?」
 セリスと同じような後ろめたい顔で苦笑しながらセッツァーとロックが続く。
「お、おう。だよなぁ。人間だもんなぁ」
「そ、そうだな。まぁ今回はこっちも役に立てなかったんだし、気にすんなって」
 マッシュが驚いた顔で訊く。
「ちょっと待てよ。てぇことはそっちのパーティは兄貴一人で戦ってたのか?」
 う…。と顔をそむけるロックとセッツァー。
 苦笑してエドガーが言った。
「そんなところだ。だが、グレシアは俺が助けたわけじゃない」
 その声に誇らしげな響きが混ざっている。ハッと顔を上げたグレシアに、シャドウが僅かに目を細めて笑った。
「…グレシアも自力で戻ったか」
 グレシアではなくエドガーがシャドウに頷く。
「ああ。ところでカイエンはどうした?」
 エドガーの言葉にガウが俯いた。
 マッシュが事情を説明し、改めて救助に向かうことが決定した。
「…カイエンの気持ちはわからなくもねぇ。現に、俺もリルムがいなきゃやばかったしな…」
 真面目な顔をしているマッシュにエドガーが小さな声で訊く。
「ま…まさか、お前も親父か?」
「え? ああ。いや、俺は親父の幻覚は見てないが。……まさか、兄貴?」
「い、いや。なんでもない。気にするな」
 あさってのほうを見ているエドガーとグレシア。やれやれとマッシュが頭をかいてから話を続けた。
「だがカイエンは強い。あいつの中にまだほんの少し残ってた迷いを食い物にする奴がいるってんなら…俺がそいつをぶっ飛ばす」
「そう…だな。どれほど強くあろうとしても人は弱い生き物だ。でもそれ自体は悪いことじゃない。悪いのはそこに付け込む奴だ」
 強い顔で話すグレシアを嬉しそうに見ていたロックが苦笑して言った。
「仕方ねぇな…。最後まで付き合ってやるよ。…さっき役に立てなかった分まで働いてやる」
「ガウッ!」
 叫んだガウとエドガーとセリスと六人で救助に向かうことが決定し、再びカイエンの夢の中へと降りて行った。





 てっきりドマ城に現れたあの小人のような三人が待ち受けているものとばかり思っていたが。
「貴様がアレクソウルかッ! カイエンを返してもらおうッ!」
 朗々と言って剣を向けるエドガーに不気味な声が笑い返す。
 それは下半身が燃えているような、しかし全く熱が伝わってこない不思議なモンスターだった。フードを深く被っているため顔は見えない。宙に浮いているアレクソウルが床に倒れているカイエンの横で笑う。
「もう遅いわッ! 己の無力さに絶望し、自分を責め続けているこやつの心では我の力に逆らうことはできんッ!!」
「そいつはどうかな? 己の無力さに絶望した奴の底力ってのをテメェに見せてやる…ッ」
 叫んでマッシュが高速の拳を叩きこむ。剣を抜いたエドガーとマッシュとガウが今回の前衛だった。相手の魔法はセリスが封じてくれている。
「甘いわ…ッ! 己の感情を制御できんような奴は我の力に逆らうことはできん。悲しみが…ッ、怒りが…ッ、憎しみこそが我の源ッ!! さぁ、お前達も我の一部となるのだッ!」
 アレクソウルが叫んだ瞬間だった。
「…………ッ」
「……消えた?」
 前衛の三人が突然消えた敵に警戒している中、ロックの叫び声が後方から聞こえてくる。
「セリス…ッ!!」
 セリスを思いっきり突き飛ばしたロックがセリスと二人で床に倒れ込む。グレシアが慌てて二人の元に駆けつけた時だった。
 アレクソウルの声がロックの身体からかすかに聞こえてくる。
『……お前の身体に乗り移ってやった。この中ではそこの娘が一番入りやすそうだったが…お前の身体もなかなか入りやすかったぞ。そして、お前が死を迎えた時に我はまた姿を現すだろう』
「う…そだろ…?」
 乾いた声でなんとかそれだけ言ったロックに、セリスが小さな声で呟く。
「ロック……? …私を…庇って……」
 周りが何も言えず戦闘中とは思えないほどの静寂が訪れる。
 それを破ったのはやはりエドガーだった。
「…ロック、身体はなんともないのか?」
 武器は抜いたまま、固い声でロックを警戒しながら話しているのは分かったが一応は気遣ってくれているらしい言葉にロックが礼を言って答える。
「おう。…さんきゅ。あいつが入ってくる瞬間なんか走馬燈みたく色んなもの見ちまって気分最悪だけどな」
「はきだせないのかッ?!」
 ガウの言葉に全員が返す言葉をなくす。
 マッシュが苦笑して言った。
「気持ちはわかるけどな…。そういうのとはちょっと違うと思うぜ」
 セリスが静かに言った。
「…………死を迎えた時に、また姿を現すって…」
「お、おい…」
 マッシュが顔をしかめるが、ロックは頷いて言った。
「…多分な。このまま一生身体の中にあいつを飼って生きてくってわけにもいかねぇだろうし…。……やってくれ」
「いや、待てッ! 他になんかいい方法が…」
 言いかけたマッシュの言葉をさえぎってエドガーが訊いた。
「…セリス、確か君はこの前リレイズが使えるようになったと思うが」
「兄貴ッ! まさか本気でロックを殺す気かッ?!」
 叫んでいるマッシュに、グレシアが矢を一本そっと弓で軽く引きながら答えた。
「…リレイズがかかっているなら…急所をぎりぎり外せば死なない。大丈夫。痛い思いはさせない。一瞬で終わる」
「…………まじかよ…」
 顔色を失ったマッシュの目の前で、妹は透明な目をしていた。クリアマインド…これなら、やれるかもしれない。
「ま、そもそもあいつが言ってたみたいに俺の心につけ込む隙があったのが原因ってことなんだろ? なら仕方ねぇッ! 自分の不始末だ。俺も覚悟を決める…。セリス…頼む」
 言い切ったロックに、セリスが少し迷ったあと無言で頷いてリレイズをかけて下がる。
 全員が固唾をのんで見守る中、グレシアが立っているロックに静かに言った。
「絶対に動くなよ」
 自分に向けて構えられた矢の鋭い切っ先と、その真剣すぎるグレシアの目にロックがごく…と唾をのんで口を開く。
「あ…や…やっぱり俺が自分のナイフでやるとかじゃダメ? 結構怖ぇえんだけど、これ」
 エドガーが半眼で淡々と言った。
「自分でやるほうが傷が浅くなって余計に痛い思いをするだけだと思うが?」
「うへ…。結局介錯がいるってことかよ…。よ…よし。俺も男だ。グレシア…一思いに頼むッ!!」
 と言いつつ思いっきり目をつぶっているロック。自分を信用して命を預けてくれた友に、グレシアが弓を引いた。





『パパ』

『なんでござる?』

『へへ…ッ。やっぱり、パパは強いやッ!』

『シュン……。いや……拙者は何もしてやれなかった。あの時も……。そして、今も……。拙者は、不甲斐無い男でござる…』

『いいえ。充分過ぎるほどでしたわ。あなた……。私達は、いつも一緒です……』

『ミナ…』




『パパ……大好きだよ』






 気が付くと、ドマ城の布団の中で眠っていた。
「カイエンッ!」
「ガウ殿……?」
 ゆっくりとカイエンが体を起こすと、安心したような顔で笑うマッシュが視界に入ってくる。
「良かった…。アレクソウルを倒してこっちに戻ってきてもまだ目が覚めてねぇからビックリしたぜ」
「助かったでござる。拙者の妻と息子が呼んでいたような気がしたでござる。その声に励まされ、なんとか頑張れたでござる」
「がうがうッ! カイエン、起きてよかったッ!」
 自分の身体にしがみついて嬉しそうにしているガウの髪をそっと撫でてやりながら、カイエンは遠い目で呟いた。
「ミナとシュンは拙者の心の中に生き続けているでござる。もう、過去を振り返りはしない。ただ、己の信ずる道を行くのみでござる」
 決して強い語調ではなかったが、その言葉に、刀の切っ先のような研ぎ澄まされた侍の意思がこもっていた。





「うおぉぉぉぉぉッ!! やっべぇッ! 三途の川見えたッ!! 死んだばーちゃんが花畑の向こうで手ぇ振って…」
 飛空艇の部屋で雄たけびを上げながら勢いよく起き上がったロックの後頭部をセリスが小突く。
「何、いってんのよッ!」
「いて」
 コミカルな声を出して両手で後頭部を押さえているロックにエドガーが苦笑した。
「…死んでも治らなかったか」
「あぁッ?! エドガーッ! 誰が馬鹿だッ!」
 エドガーに殴りかかりそうになっているロックの後頭部を再びセリスが小突いた。
「誰もそんなこと言ってないわよッ! …グレシアにお礼言っときなさいよ?」
「そっか…。生きてるってことはあいつ、うまくやってくれたんだ」
 頷いてエドガーが続けた。
「臓器の隙間を通すように綺麗に射ってくれたようだ。セリスの治癒魔法で傷も綺麗さっぱりだよ。…元々腕はよかったが、まさかこれほどの芸当ができるとは」
 セリスが頷いて笑う。
「信じて微動だにしなかったロックもね。…ふふ。少し妬けるかも」
 慌てているロックに冗談だと笑ってからセリスがエドガーに訊いた。
「そういえば、グレシアは?」





 シャドウの部屋で、珍しく機嫌の良さそうなシャドウの声が朗々と響いていた。
「…それであっさりと親友に弓をひいたか。やはりお前はいい」
「い、いや、あっさりとやれたのは相手がロックだったからだよ。セリスだったら無理だったと思う。ほら、ロックって十回くらい殺しても死ななそうだから」
 他人がいる前では決して出さない声でくつくつと喉を鳴らして笑いながら男は聞こえるか聞こえないかというギリギリの声量で呟いた。
「…あの男」
「え?」
「お前が命を拾った男だ」
「ああ、ギャレットか」

「…死なせるんじゃないぞ」

「…………」
 鋭い目でこちらを見ているシャドウにグレシアが振り返って笑っていない目で言った。

「あなたもね」




 


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