novel

□Episode1(2)
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「…お前さ、そろそろ話せよ」
 夜。客のいなくなったパブの後片付けをしながらロックが訊いた。
「何を?」
 洗い物をしながらグレシアが返す。
 この三日で、初めて会った時より彼女はずいぶん明るくなった。考えてみればそうだ。死にかけるほどの怪我をして、その上本人がそれを覚えているなんて、よほど痛い思いをしたか怖い思いをしたかあるいはその両方で、どちらにせよ人には言えないような出来事だったに違いない。
 だが。訊かなければ。

「お前がどこの誰で、なんで死にかけてんのか」

「………そろそろ聞かれると思った」
 困ったような顔で軽く笑っているグレシアにロックが真剣な顔で返す。
「お前だって元の世界に帰りたいんだろ? 話してくれりゃ、俺だって力になれるかもしれない。力になりたいんだ。だって俺たち、元の世界では知り合いだったんだろ? なら、きっと元の世界の俺は今頃…」
 死にかけているグレシアの姿を恋人に重ねて、奇跡を祈っているかもしれない。だとすれば、なんとしても彼女を元の世界に帰したい。
 洗い物を終わらせて、カウンターの椅子に腰かけてグレシアは言った。
「…そうかもしれない。ありがとう、ロック。この店で役に立っても元の世界に帰れるわけじゃなさそうだし、私もそろそろ他の方法も試さないとダメかと思ってた」
「もしかして…そこまで考えて店に雇ってもらってたのか?」
 隣の椅子に腰かけてロックが訊く。
「助けてくれたロックやママに恩を返そうと思ったのは本当だし、先立つものが必要だったってのもあるけどね。実は元の世界ではよくこの店で歌ってたんだ。この世界に私がいないなら、この店で私が働くことも歌うこともないから、これも一つの解決法かと思ったけど…そう甘くはないらしい。それに、どうやらロックの話通りで私が特異点ってのもほぼ確実みたいだ。現にママや店の客もみんな私からすれば顔見知りだけど、誰一人私を知っている人はいなかった。とすれば…」
 そこまで話した時だった。
 店のドアが開いて、一人の青年が入ってくる。
「…すまない。遅くなった」
 明るい声でロックが答える。
「エドガー! 悪いなこっちこそ。わざわざ閉店後に来てもらって…」
「綺麗なレディを紹介してくれると聞けばいつでもどこへでも行くさ」
「グレシア、実は俺の知り合いにアンタのことを相談してみたんだ。そしたら是非紹介してほしいって言うもんだからさ。この人は…」
 そこまで、エドガーが入店してから今までずっと硬直していたグレシアがやっとの思いで口を開く。
「あ、ああ。…紹介はいい。…知ってる」
 ほう。と、軽くつぶやいてから少し興味深そうに彼女を見て、エドガーは言った。
「例の『元の世界』での顔見知りということかな? ロックから少し話は聞いている。大変だったな…」
「………」
「突然自分だけが周囲から忘れ去られたような世界に放り出されて心細いとは思うが、私にできることなら力になろう」
 エドガーから目をそらして黙っているグレシアに、エドガーの横からロックが楽しそうに言う。
「エドガーも顔見知りってことなら話が早いぜ。さっきエドガーが来る前にちょっと二人で話してたんだ。元の世界ではどこの誰だったのかを話してもらえりゃ、ヒントになるんじゃないかって…」
 遮るように、うつむいたままグレシアが言った。
「…ごめんなさい。今日はちょっと疲れたみたいで…悪いけど、また別の日に」
 挨拶もそこそこに逃げるように去っていくグレシアの後を追いかけてロックが声をかけると、背中で彼女が小さな声で言った。
「……悪い、ロック。あの人の世話になる資格は…今の私にはないから」
 言ってそのまま自分の借り部屋に逃げてしまったグレシアを見送ってから、店に戻ってカウンターとテーブルの椅子にそれぞれ腰かけて男二人で話す。
「どうやら嫌われてしまったようだ。残念だな。なかなか可愛い子だと思ったんだが…」
 はっはっはと声をあげて笑っているエドガーに肩をすくめながらロックが返す。
「あんな反応俺も初めて見たよ。初日はともかく、店を手伝いだしてからは結構明るくて誰とでもすぐ仲良くなれる子だったんだぜ? 初めてここに来た日だってもう少し話せてたってのに」
「だとすれば、向こうの世界で俺と何か問題があったか、あるいは顔見知りではなく俺を一方的に知っていてあまり印象が良くなかったか…」
「ああ、そっか。国王様を一方的に知ってる奴なんていくらでもいるもんな。そういや珍しいって言えば、アンタが初対面の女性を口説かなかったのも初めて見たよ」
「いくら俺でも時と場所はわきまえるさ。…と、いいたいところだが今回は少し違う」
「というと?」
「彼女、もともとこちらの世界にはいないんだったな?」
「特異点だからな」
 いまさら何をという感じで不思議そうに返すロックに、少し考えてからエドガーが低い声で言った。
「…だとすれば妙な話だが……。どこかで会ったような気がする」
「あ…ッ! それ…ッ! 俺もだよ! 誰かに似てると思ってたんだ!」
「考えられるのはこちらの世界に彼女の血縁者がいてそちらに会っている可能性…だが」
 ピンときたような顔でロックが叫んだ。
「それだッ!!」
「何…?」
 舌を鳴らしながら人差し指を立てて顔の前で振ってから自慢げにロックは言った。
「つまり、彼女の血縁者だよ。俺は彼女を見て誰かに似てるって思ってたけど、それが正解だったんだ」
「誰に似ているかわかったのか?」
 どや顔でロックは言い放った。

「お前だッ!」

 乾いた空気が流れた。
「…お前、髪の色と目の色だけで言ってないか?」
 確かに髪の色や雰囲気と目の色はよく似ていたが。綺麗な女性と似ているといわれても全く実感がわかないのか、疑わしそうな目で見ているエドガーにロックが叫ぶ。
「違うって! いいか? お前も彼女にどこかで会ったと感じているが、それが誰かはわからない」
「…確かに」
「それは多分、お前の家族とか鏡で見た自分自身とかにちょっとずつ面影があるからなんじゃないか? だから特定の誰なのかがはっきりしないんだ」
「あり得ないとは言いきれないが…」
 真剣な顔でロックは続けた。
「実はさ、俺が彼女に見覚えがあるって最初に言った時、彼女はそれが当たり前って感じの反応だったんだ。それって、彼女には俺がそう感じる理由がはっきりとわかってたって事だろ?」
「…つまり、あちら側の世界の俺とロックも友人同士で、そもそもロックは俺が彼女に紹介した……?」
「そう考えりゃつじつまが合うだろ?」
 スッキリした顔で明るく話すロックに、エドガーが小さくつぶやいた。
「…もし本当に俺の血縁者だとしてある日突然城に現れたら…」
 今更ながらロックは思い出していた。目の前のこの友人の家がどんな家だったかを。
「…もしかして…結構やばい?」
「……いや、女の子なら大丈夫だろう。騒ぎになりそうなら俺が何とかする。とりあえず、早めに本人から事情を聴いた方がいいな。聞かせてくれればの話だが」
「ああ…さっきの反応…。突然身内が出てきて焦ったとかならいいけど、向こうで関係があまり良くなかったとかだったら厄介だよな…」
「あり得んな」
 キラン…。と背景を光らせて女性好きの王は語った。
「『もし』彼女が俺の妹か従妹なら世界一可愛がってやれる自信がある!!」
 ロックが呆れたように叫んだ。
「おま…ッ! 溺愛しすぎて迷惑がられてんじゃねぇのか?!」
「そうか? 従妹のプリシラは俺によく懐いてるぞ?」
「…い、従妹いたんだ…。つーか、何歳だよ」
「はっはっは! 今年で2歳だ」
「あのなぁ…絶対思春期に入ったらそっぽ向かれると思うぞ」
「それはそれで楽しみにしているさ」
 楽しそうに笑うエドガーをよそに、ロックは心の中で小さく息をついた。
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