novel

□Episode1(3)
1ページ/2ページ


 神官長が案内してくれた場所は、城の地下の隠し部屋だった。
 壁の一部の中から現れた隠しパネルを操作すると壁の一部が動く仕組みになっていた。
「まさか…まだ俺の知らない場所が城内にあったとは…」
 若干呆れが混じった声でつぶやくエドガー。機械城はこれだから面白い。大方、ここの仕組みを作ったのは父親だろう。エドガーの父はやたらとこの手の開閉器を好んで使っていた。亡き父親を思いながら懐かしそうにギミックを眺めているエドガーに、神官長は言った。
「おそらくここを知っている人間は、御父上と私のみ。他の人間への口外は固く禁じられました。あなたたち二人にすら」
「……その禁を破ってでもばあやが俺に伝えたいこととは?」
 細い通路を手元の明かりで照らしながら少しずつ進んでいく。歩きながら神官長は静かに語りだした。
「エドガー、母上のことは覚えていますか?」
「…正直、顔は思い出せない。ただ、昔聞いた話をいくつか思い出せる程度だ」
「亡くなった時のことは?」
「確か、ご病気で…しばらく会えないうちにただ亡くなったとだけ聞かされた覚えが」
 本当は見舞いくらい行ったのかもしれないが、あまりに幼すぎて記憶が曖昧になっていた。
「…当時、彼女は妊娠していました」
「……まさか…ッ」
「彼女の死後、胎児だけでも救おうとスチュアート様が…御父上が手を尽くされましたが、結局…」
「何故それを…今まで…」
 声が震えているのがわかる。
 今更ながらロックの言葉を思い出していた。
 そう。特異点は…この世界ではもともと存在していないか、もしくは…『既に亡くなったか』のどちらかなのだということを。
「ただでさえ王妃様が亡くなられてあなたたちはもちろん、国中が嘆いているときにこれ以上悲しませる必要はないと……御父上が」
「それでは生まれた子があんまりだ…ッ! 存在すらなかったことに…」
 しかし、それ以上は続けられなかった。思わず振り向いてエドガーが目にした神官長の目は、エドガー以上に哀しみをおびていた。
「一番お辛かったのは御父上でしょう。冷たくなったあの子を…最後まで抱いておられた…」
「………」
「そして誰にも知られることのない子に名前を付け、人知れず埋葬した」
 神官長が案内してくれた隠し部屋の一番奥にあったのは…小さな小さな墓だった。
 地下にもかかわらず常に明かりが灯っていて、供え物やぬいぐるみなどで埋め尽くされたその場所には不思議と暖かい空気がこもっていた。
 それ以上はもはや、エドガーでさえ父や神官長に対する言葉を失ってしまうほど。この墓に埋葬された命が、どれほど愛されていたかがわかる。…そんな場所だった。
 父の死後何年か経っているにもかかわらず、綺麗に手入れされているその場所に思わず膝をついてそっと墓標に刻まれた文字を読む。
「グレシア・ラナ・フィガロ………そう…そうか………あの子は…」
 ギリ…と奥歯がきしむ音が聞こえた。
 時間が、永遠に感じるほど重く長く流れていく。
「…ごめんなさい。今まで…。マッシュにも…なんと詫びればいいか…」
 しばらくしてから、ゆっくりと立ち上がり、いつもの余裕のある表情に戻ってエドガーは言った。
「ばあや。話してくれたことに感謝する。確かに、知らせて余計な悲しみを与えたくない父上の心配りは理解できる。しかし俺は今、嬉しい」
「エドガー…」
「哀しみよりずっと、嬉しい気持ちの方が大きい。きっとマッシュも同じだろう。今度会ったら必ず伝えてやりたい。それと…」
「…はい」

「今度から、ここの手入れは俺と交代制だ」
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ