novel

□Episode1(4)
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 一気に人気のなくなった静かな大きな部屋をロックと二人で通る。
 グレシアが小さな声で言った。
「さて、普通ならここで面会を申し込むところなんだけど、今の私たちの立場でそんなことをすれば話を聞いてもらう前につまみ出されかねない。特に私はこの世界では身元不審者だからな」
「それじゃ、ここからはどうする?」
 すっかり立場が逆転して訊いてくるロックにグレシアが人差し指を立てて楽しそうに言った。
「直接探そう。普段のエド兄の居場所なら大体見当がつく」
「さっすが!」
 調子よく言って部屋を通り抜けて廊下に出た時だった。

「おや、見慣れない方ですね。道に迷われましたか?」

 黒髪長身のスラっとした印象の男だった。
 人当たりのいい柔らかい笑顔で二人に近づいてくる。ロックが笑顔で答えた。
「いや、ちょっとここで人を探していて」
「お手伝いしますよ。どなたをお探しですか?」
 ロックが隣を見ると、グレシアが固まっていた。というより、明らかに様子がおかしかった。エドガーが店にやってきたあの夜とは比べ物にならないくらい緊張しきっている。
 よく見ると、指先がごくわずかに震えていた。
「グレシア…?」
 ロックの隣にいる男が優しい声で訊いた。
「大丈夫ですか? そんなに緊張されなくても、私には客人を勝手につまみ出したりするような権限はありませんから、心配しないでください」
「…………」
 それでも硬直しているグレシアに代わってロックが訊いた。
「ここで働いているのか?」
「ははは。しがない雑用係ですよ。エドガー様の」
「へぇ、そりゃ助かるよ。俺たちエドガーを探して…」
 ロックがそこまで話した瞬間だった。グレシアが立っていた位置の背後のドアが開いてエドガーが出てくる。
「大人気だな、俺は。わざわざそちらから出向いてくれて嬉しいよ」
 後半はグレシアに向けた言葉である。
 笑顔で話すエドガーにロックが言った。
「ちょうど良かった。今この人に探してもらおうと思ってたんだ」
「そうか。悪いなアーサー。この二人は俺の個人的な知り合いなんだ」
 仕事の関係というよりは友人に語り掛けるような砕けた口調でエドガーが話す。同じような柔らかい声でアーサーと呼ばれた男が返した。
「珍しいですね。そちらの女性はともかく、あなたが個人的な男性のご友人をお持ちとは」
 楽しそうな笑い声が響く。
「だろう?」
 ロックがエドガーに訊いた。
「そうか? なんかこの人も雑用係っていうより友達って感じだと思うけどな」
 ひときわ大きい声で笑いながらエドガーが返す。
「誰が雑用係だ。アーサーは俺の大事な相談役だ。こう見えて仕事のできる男でな。随分と助かってる」
 にこやかに話すアーサーとロックと、そして背後のエドガーに挟まれている状態だったグレシアが、ようやく小さく言った。
「……アーサー…」
「ん? ああ。ひょっとしてまた知り合いか?」
 軽い口調で訊いてくるロックにアーサーが口を挟む。
「? いえ、私は初対面だと思いますが…」
「それがさぁ! 聞いて驚くなよ? 実はこいつ…」
 調子のいい口調でグレシアのことを説明しだしたロックが軽くエドガーに目線を送る。いつの間にかグレシアの近くまで来ていたエドガーが背後から小さな声で訊いた。
「大丈夫か?」
 実は初めから、彼女の様子がおかしいことには気づいていた。アーサーの体がどこか動くたびに、少しずつ後ずさっていることにも、指先が震え続けていることにも気づいていた。
 ここまでずっと硬直し続けていたグレシアも聞かれてようやく自分の背後にエドガーがいることに気づいたのか、小さく後ずさってエドガーのかげに隠れるように動いてから、小刻みに首を横に振った。
 ちょうどロックの説明が終わったらしく、アーサーが楽しそうに朗々と訊いてきた。
「それは興味深いですね。是非色々とお話を伺いたい」
 整った顔立ちと優しい笑顔に、柔らかい物腰。世の女性の大半が思わず笑顔で答えてしまいそうなその問いに、イエスともノーとも返せずただ硬直している女性がこの場に一人。
「………」
 ただ、ロック達の位置からは見えていなかったが、その片手の指先は無意識にエドガーの服を握っていた。
 エドガーが笑顔のままグレシアの肩を抱いて朗々と言った。
「すまないが、彼女は気分が優れないらしい。少し外の空気を吸わせてくる。…ロック、一緒に来てくれるか?」
「おう」
 振り返ってロックは続けた。
「悪いな、アーサーさん。また今度な」
 あくまで笑顔で残念がってそれでもグレシアの体調を気遣う言葉を口にした彼にエドガーが二、三言返して、三人はその場を後にした。
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