novel
□Episode1(4)
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三人でエドガーが私用でよく使っている応接用の部屋に移動する。部屋の窓をすべて開けてから、ソファに座らせているグレシアにロックが訊いた。
「…あっちの世界で何があった? さっきの奴と」
しかし、その質問には答えずにグレシアは小さく息をついて謝った。
「悪い…。みっともなく取り乱して…」
「はっはっは。気にするな。少なくとも俺は結構嬉しかったぞ」
声を上げて笑っているエドガーに、にやにやしながら言ってくるロック。
「ああ。さっき完全にエドガーのかげに隠れてたもんな、グレシア。やっぱ喧嘩してても助けて欲しい時は無意識に頼っちまうもんなんだな」
「なんだ、向こうの世界で俺と喧嘩したのか? 道理で初めて会った時にバツの悪そうな顔をしていたはずだ」
青年二人分の大きな笑い声が上がる。
恥ずかしそうにグレシアが叫んだ。
「〜〜〜〜ッ!!! も…ッ! 少しくらい静かに休ませろ…ッ! っとに…ああ…」
叫んで安心した瞬間、一気にこみあげてくる感情に泣き出しそうになりながら、それを必死に押し返して飲み込んでから、グレシアは言った。
「エド兄、ロック」
「………」
「ん?」
訊き返したのはロックだった。エドガーはごくわずかに目を細めたのみだった。
「さっきはありがとう」
なんとなく暖かい空気になって、ロックが小さく口を開く。
「へへ…まぁ、この世界にいる間は必ず守ってやるから心配すんなって」
いつものロックのセリフを軽く笑い飛ばしてから、そのままの口調でエドガーが軽く訊く。
「それで? 喧嘩の原因はなんだったんだ?」
「ああ、それな。俺も気になってた。やっぱどう考えてもエドガーが妹と本気で喧嘩するって想像つかねぇよ」
軽く頷いて苦笑してからグレシアが言った。
「…恋人ができたんだ。私に」
ロックの口から乾いた声が漏れた。
「え゛…? ま、待て…なんか…想像ついてきたぞ…。まさか、その人との交際をエドガーに反対されてた…とか?」
苦笑したままグレシアがゆっくりと頷く。
「……そのまさか」
空気が一瞬にして固まる。
呆れかえった口調でロックが言った。
「なんか逆にエドガーらしすぎて開いた口がふさがらねぇ…」
当のエドガーは顔を片手で覆って必死に何かをこらえているようだった。
ロックが叫んだ。
「いくら溺愛してるからって恋愛くらい自由にさせてやれよッ! 駆け落ちとかしたらどーすんだッ!!」
「俺に言うなッ!」
まさか自分に妹がいたらこんな問題が起きるとは。当のエドガーでさえ予測していなかった話のオチにさすがのエドガーも大声をあげてしまい、少し息をついてからグレシアに小さな声で言った。
「………駆け落ちは勘弁してくれ」
今度はグレシアが叫ぶ番だった。
「しないってッ!! とにかくッ! 私はただひたすら彼が好きでそれをエド兄に認めてほしいだけだったのに、よくわからない理由で否定されて、そんなこと言われても私も腹が立つばかりで…いつの間にかその話になるたびに口論になるようになって…」
言い合いに傷ついた心を癒してくれるのも結局は彼だった。
大好きな父親の死後、優しかった兄が家を出て行ってから、彼女は彼らのいない心の隙間を埋めるように必死に勉強した。若くして国を背負うエドガーの手伝いがしたいと称して、粉骨砕身の覚悟で働いた。昔から頭の回転は速かったし物覚えもよかったからすぐに周囲からは天才と称されるようになり、特に得意だった軍事方面は次々と成果が上げられるようになった。どんな不利な状況でも奇策で防衛ラインを死守できる鉄壁の将。気が付くと他国からは『砂漠の狐』などというよくわからない名前まで付けられていた。
それでも、十代の女の子の心は乾いていた。
昔のようにエドガーに甘えるわけにはいかなかった。
むしろ自分が兄を支える立場にならなければという想いと、妹として甘えていたい気持ちが混在していた。
そんな時に現れたのが彼だった。
一般の人材途用枠から上り詰めた政治屋で、その男は頭の回転も速く、何でもできて、そして優しい。彼女の人生上、これほど優秀な男はおらず、惚れるのにさして時間はかからなかった。
世界の色が変わるような気がした。
初恋だった。グレシアにとって彼は心の支えになってくれる存在であり、本気で愛してくれていた。少なくとも、男はそう口にしていた。