novel

□Episode1(5)
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 男と付き合い始めてからちょうど一年ほど過ぎたころ、夜にエドガーの私室に手作りのケーキを持参したことがあった。
 あの日はエドガーの誕生日の一週間前で、毎年その日が来るとケーキを焼いて持っていくのが習慣になっていた。誕生日当日は城でパーティがあるため、一週間前に兄妹のみでこっそり開く小さな、そしてとても大切な習慣。
『エド兄〜ッ! 今年も新作だよッ!!』
 何故か毎年新作ケーキを開発してくる妹を笑いながら部屋にいれる。
 毎年必ずケーキも紅茶も三つずつテーブルに並べて、誰もいない席の分は一番最後に結局エドガーが食べてしまう。
 言うまでもなく、昔からそうだったわけではない。が、昔その席に座っていた人間がいつか帰ってくるまで毎年その習慣は続く。
 いつものようなたわいない会話が続いて、ふとした拍子に偶然その話題になった。
『…違うって。心配しなくてもちゃんとしたお付き合いだよ』
 軽く笑っているグレシアにエドガーが苦笑する。
『だといいが。せめてこういう時に俺が兄でなく姉だったらもう少し的確にアドバイスしてやれたんだがな…』
『だから、ホントに大丈夫だって。いくらなんでも心配しすぎだよ。相手を知らないわけでもないのに』
『………グレシア。男が恋人に頼みごとをすることを俺はおかしいとは思わない。お前がそれにこたえたいと思うなら止めるつもりもない。が、少し無理をしすぎていないか? いくらお前が天才でもできることには限界がある』
 図星を刺されたのか、先ほどまでより少し小さな声でグレシアは言った。
『だから…大丈夫だって。無理なんかしてない。自分の仕事もちゃんとやってるし、夜も…まぁ、確かに最近は彼の仕事の手伝いでちょっと寝る時間が減ってきてるけど…』
『そこまでするほどか…? グレシア、正直に言う。一度少し距離を置いてみる気はないか? 自分で気が付いていないかもしれないが、このところお前誰もいない時はいつも疲れた顔でうつむいてる』
『それは…ッ、そんなこと…ない…ッ。違うんだエド兄ホントに私にはあいつがいないと……いないと…ダメで…ッ』
 切羽詰まった顔の妹に、エドガーは低い声で言った。
『……思ったより重症だな』
 情けないことだが、せめてマッシュがいてくれればと思わずにはいられない。エドガー自身、仕事の忙しさもあってここ最近長い間グレシアと二人で仕事以外のことを話す時間を作ってやれていなかった。これはきっと…その代償だ。
『エド兄…。ごめん。そんなつもりなかったけど、暗い顔してたなら今度から気を付ける。でもあいつは何も悪くないんだ。彼はいつも私がダメになりそうな時に支えてくれて…。とにかく、私がもっと頑張れば大丈夫だから』
 縋りつくような顔でこちらを見ているグレシアにそれ以上何を言っても効果がないと悟ったのか、グレシアの横に座ってから、エドガーはできるだけ優しい声で言った。
『わかった。お前がそこまで言うなら信じよう。ただし、今日は自分の部屋で彼と過ごすのはやめて、この部屋で俺と一緒に寝てくれ』
 少しずつでも、引き離すしかなかった。
 それも、物理的に引き離すだけでなく、心の方を引き離してやる必要があった。そのためには…父親やマッシュの分まで自分が優しくしてやるしかない。
『エド兄…』
 思わず顔を上げたグレシアにエドガーは楽しそうに笑って言った。
『もう子供じゃないからそれは嫌だと言っても聞かんぞ。今日は俺が主役の日だからな』
 誕生日は一週間も先なのに毎日が自分が主役の兄は声を上げて笑った後、少しトーンを落としてグレシアの目を見て優しく言った。
『それと、明日から夕食だけでも一緒に食べられるようお互い出来るだけ仕事を調整しよう。いいな?』
 ここ最近まったく見ることのなかった綺麗な笑顔で幸せそうに笑って自分に礼を言うグレシアを久しぶりに抱きしめる。前回こうしてやったのはいつだったのか…少し考えても思い出すことはできなかった。
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