novel

□Episode1(6)
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 エドガーは続けた。
「それは、向こうの世界の俺が今どうしているのかってことだ」
 重苦しい顔で自分を見つめているロックとグレシアの顔を確認して、エドガーは続けた。

「間違いなく泣いている」

「え…まじ…で?」
 目が点になってしまったロックに、自信満々にエドガーは続けた。
「俺だって人の子だからな。泣くときくらいあるさ」
「いや、ああ…まぁ、そうかもな…」
「むろん、人前で泣く気はないがな。だが。多分今頃誰もいないお前の寝室で意識が戻らないお前の顔を見て泣いているころだろう」
 苦い笑顔で、それでもしっかりとグレシアの顔を見てエドガーは言った。
「起きてやってくれ。時間がかかってもいい。でも必ず、生きて元の世界に戻ってくれ。死んでも仕方ないなんて二度と口にするな。あいつはお前にこんな苦労をさせるような不甲斐ない兄だが、それでもこのままお前がいなくなれば妹を死なせた兄として一生後悔して生きていくことになる。別の世界の兄の頼みだ。俺も手を貸す。必ず元の世界に戻ってくれ」
「………ッ!」
 今度こそ泣き崩れてしまったグレシアを抱いて髪を撫でてやっているエドガーを見ながら、ロックはそっと部屋から出た。
 さっきまでの話を聞いてはらわたが煮えくり返っていたのが嘘のようになんだか妙に暖かい気分だった。
 愛した人に裏切られて殺されかけてこちらの世界に来てから今まで、ずっと彼女は泣きたい気持ちを押し殺してきたのだろう。
 今日はこのままそっとしておいて、二人が落ち着いたら改めてグレシアが元の世界に帰れる方法を探そう。
 そのまま歩いて一人、城を後にする。
 それにしても。
 向こうの世界で彼女を殺そうとした男はその後どうなったのだろう。
 まぁ、エドガーのことだからドリルで全身に穴をあけてから回転ノコギリでバラバラにした可能性が高いと思うが。想像して少し胸がスッとするのを感じてから、ロックは宿に戻った。





 小さい頃、エドガーとマッシュが二人でどこかへ遊びに行った後、遊んでもらいたくて後をついていったことがあった。
 案の定二人を見つけられなくてついでに迷子になって、知らない場所を延々さまよった挙句夜になって、疲れ果てて一人で泣く羽目になった。
 あの時の、探しても探しても二人が見つからない夢を、大人になった今でもたまに見ることがある。
「…おはよう」
 聞きなれた声に起こされて目が覚めて、見慣れた天井を見上げる。ゆっくりと身体を起こして寝ぼけた声で返した。
「ああ、エド兄…おはよう。今何時………て、違うッ!!」
 叫んでしまってから、改めてエドガーを見ると声をあげて笑っていた。
「はっはっは。寝起きに声を掛けたら間違うかと思っていたが…本当に間違えるとは」
 まだ笑っているエドガーをよそに、軽く身支度を整えながら昨日の夜のことを思い出す。
 結局ロックが勝手に一人でいなくなってしまったせいで、城に泊まる羽目になったのだ。
 しかもエドガーの寝室。グレシアは慣れているから何も感じなかったが、果たしてエドガーは本当に何も気にならなかったのか?
 しかし、宿に戻るといっても帰してくれなかったのも、ここで寝るように勧めたのもエドガーで。
「俺の部屋で寝るのはよくあることなのか?」
 興味津々といった様子で楽しそうに訊いてくるエドガーに、妙に気恥ずかしくなりながら答える。
「…た、たまにだよ。特に最近は全然。子供のころは…よく潜り込んでたけど…」
「ほぉ〜う。で、さっきみたく俺が起こしてたわけか」
「だからッ、子供のころの話だってば」
 はっはっは。と楽しそうに笑い続けるエドガーが更に訊く。
「お前の部屋はどこだったんだ?」
「ここの反対側」
「ああ…応接室になっているところか。あの部屋はほとんど使った覚えがないな」
 てきぱきと身支度を整えて慣れた動作で紅茶を入れているグレシアを見ながらエドガーは不思議な気分になっていた。何一つ説明した覚えがないのにまるで自分の部屋のように何がどこにあるのかを熟知している。そういえば昨夜から一度もトイレがどこにあるか聞かれていない。…当たり前か。胸中で苦笑してから彼女の入れてくれた紅茶を飲んで更に苦笑が漏れる。
 毎朝飲んでいる味と全く同じだった。
「…どちらかというと嫁っぽくないか?」
「向こうのエド兄はいいお嫁さんになれるって言ってくれたけど?」
 自分の部屋で花嫁修業でもさせていたんだろうか? 一瞬変な想像をしてしまってから、エドガーは現実に戻った。…おそらくよくこうして一緒に紅茶を飲んで過ごしていたんだろう。マッシュがいたころは二人でよくそうしていたから、きっとグレシアも…。
「妙な気分だな」
「え…?」
 不思議そうにこちらを見つめているグレシアに、エドガーは穏やかな笑顔で返した。
「俺はお前とこうして紅茶を飲むのは初めてなのに…なぜか懐かしく感じる」
「…私もなんだかちょっと懐かしい。ここしばらく、こういうことしてなかったから」
 明るい口調のまま、エドガーが言った。
「例の喧嘩か。もうあまり気にするな。恋は盲目だから仕方がない。と俺が言ってやっても向こうの俺じゃないと意味がないかもしれないが…」
 嬉しそうに少し微笑んで首を横に振る彼女に、エドガーは続けた。
「まさか今朝うなされていたのもそのせいか?」
「うなされてた?」
「ああ。寝苦しそうだったから声を掛けたら起きた」
「ああ…それは…。多分違うと思う。昔の夢を見ていた」
「昔?」
「ああ、子供のころにさ…」
 グレシアの短い説明が終わると同時にエドガーの笑い声が響く。
「それは確かに悪夢だな。それで? 実際には迷子になったあとどうなった?」
「後から聞いた話だけど、二人が帰ってきて私のこと訊かれて、見てないって答えたから大騒ぎになって、城中総出で探してくれたらしい。結局最後は…」

 ああ。そうだった。思い出した。
『グレシア。帰るぞ』
 泣き顔を上げてみると、そこにあったのは小さな手と、見慣れた笑顔。
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