novel

□Episode1(6)
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「……で、そのあとめっちゃくちゃ怒られましたとさ」
 グレシアの話を聞きながら声を上げて楽しそうに笑っているエドガーに思わずつられて笑いながら彼女は言った。
「…なんか随分楽しそうだな」
 笑顔のままエドガーは楽しそうに言い放った。
「当たり前だ。昔からずっと姉か妹が欲しかったからな。短期間とはいえ夢がかなったんだ。楽しいに決まってるだろう。ああ…ここにマッシュがいないのが本当に残念だ。知ってるか? こっちの世界ではあいつ、弟か妹が欲しかったって昔からよく言ってたんだ」
 軽く笑ってグレシアが返す。
「ああ。こっちも同じ。弟がいたらなぁって言ってるの何度か聞いたことあるよ」
「なんだよ、あいつ結局弟と妹と両方いないとだめなのか」
 普段のエドガーからは想像できないほど、少年のような砕けた表情で楽しそうに笑っていた。それこそ、マッシュがいなくなってから、こんな風に笑ったことはなかった。楽しそうな顔のまま、彼は続けた。
「それで? グレシアから見たそっちの世界のマッシュはどんな兄貴だった? 後で本人にきかせてやろう」
 ニヤニヤしながら楽しそうにこちらを見ているエドガーになんとなくグレシアも楽しい気分になってきて、少し考えながら答えた。
「んー…まぁ、ほとんどこっちと同じだと思うけどな。性格は私たち兄妹の中では一番おとなしかったよ。双子なのに何故かエド兄よりちょっとだけ背が低くてさ…。そうそう、昔よく熱出して一人で寝てて、寂しそうだったから私のぬいぐるみを差し入れしたんだ」
「それ、後でばあやに怒られただろ? 少なくとも俺は子供のころ同じようなことをして説教された」
 うつるから部屋に入ってはいけないと何度言えばわかるのか、と延々聞かされた覚えがある。
「いや、エド兄は怒られてたけど、私は怒られなかった」
「なんでそうなるッ!?」
「後から聞いた話だけど、マッシュ兄が叱らないでやって欲しいって頼んでくれたらしい。嬉しかったからってさ」
 さすがのエドガーも苦い顔で納得せざるを得なかった。
「……不公平だと言いたいところだが、まぁ、それもあいつなりの気遣いか」
 マッシュに庇ってもらってもエドガーが喜ばないことを、昔から彼は知っていた。
「エド兄。私の知ってるマッシュ兄は強い人だったよ。子供のころから」
「ほう」
 少なくとも、こちらの世界ではエドガーが周囲から強い人だと称されることはあっても、マッシュがそう言われることはまずなかった。身体が弱かったこともあって、思いやりのある人だとかそういう言われ方をしていた気がする。少し意外そうな表情で彼女を見るエドガーに、綺麗な笑顔でグレシアは続けた。
「よく泣いてたけどね。でも、自分が辛い時には泣かないんだ。いつも家族のためとか、誰かのために泣いていた。本当は強いんだよ。私が意地を張って泣けなかった時も…かわりに泣いてくれた。私が自分の気持ちを言葉にできなくて押し殺していた時も、私のかわりに本気で怒ってくれた。いつもは穏やかで自分のことなら何をされても絶対に怒らないような人なのに」
「…………」
「誰かの為に泣いたり怒ったりできる人は、きっと本当に優しくて…強い人だと思う。だからこそ尊敬していた。子供のころからずっと」
 まっすぐな目で語るグレシアにしばらく言葉を失った後、エドガーは小さな声でつぶやいた。
「…惜しいな……」
「?」
「直接聞かせてやりたかった」
 思わず口元から笑みがこぼれる。昔から弟か妹が欲しいと口にするマッシュになぜ欲しいのかと聞いたとき、彼は言ったのだ。
『決まってるだろ? 俺もアニキみたいなアニキになりたいからだよ』
 なんのことはない。妹がいる世界の彼は、妹から尊敬される立派な兄貴になっていた。
 もう既に、子供のころから。


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