novel

□Episode1(7)
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「エド兄…か」
 執務室で目を細めて嬉しそうに呟くエドガーに神官長がぴしゃりと言い放つ。
「エドガー。手が止まってますよ」
 そそくさと机からとった書面に目を通すふりをしながら、エドガーは独り言のように続けた。
「生まれて初めて呼ばれたが、悪くない。マッシュと呼び分ける必要があるからそうなったのだろうとは思うが…」
「それで彼女が帰る手がかりは掴めそうですか?」
 実はそれがまだだった。
 グレシアから向こうの世界の話を聞くのは本当に楽しかったし、いっそいつまでも妹にしておきたいくらいには彼女のことは可愛かったが、そのたびに彼女は自分の妹ではなく向こうの世界のエドガーの妹であると自分に言い聞かせる。彼女にも約束した通り、いつかは必ず向こうのエドガーに返さなければならない。そんなことを考えるたびに、こちらの世界の彼女がすでに死んでいることが心底悔しく思えた。
「『彼女』…か。グレシアと呼んでやればいいのに」
 からかうような口調のエドガーに神官長はいつもと違わぬ硬い口調で答える。
「…あまり情が移ってしまうと、彼女が帰る時に辛い思いをしますよ」
「ああ。寂しいだろうな。だが、それを恐れて今グレシアがこちらの世界にいることを楽しめないのは」
 神官長の目をしっかりと見てエドガーは言い放った。
「もっと寂しいことじゃないか?」
「……………」
「とはいえ、どうやら俺といくら話してもグレシアが特異点としてこちらに召喚されたことの目的は達成できないらしい。神が俺の長年の夢をかなえるために異世界から妹を召喚してくれたのならこれで目的達成になるはずなんだが…まずいな。妹と戯れたい俺の欲求はまだ満たされていないということか…? 可愛がり方が足りなかったか。よし。しばらく城で住むように勧めてみよう。待てよ…まさかとは思うが俺じゃなくてマッシュの方の欲求か…? そうだ。あいつの望みをかなえるために神がグレシアを召喚したという可能性も…」
「…いくらなんでもそこまで世界はあなたたち中心に回っていないでしょう……」
 暴走し続けるエドガーの独り言にようやく呆れた声で静止した神官長を高らかに笑い飛ばしてから、明るい口調でエドガーは言った。
「そうだ。ばあやも会って話してみる気はないか? 今夜またロックと二人で城に来る予定になっている。案外ばあやの積年の想いを実らせるために神がグレシアを召喚してくれたのかもしれないぞ」
「何をそんな馬鹿な…」
「いやいや、充分あり得る。現にばあやはこの世界で唯一グレシアが現れる前から彼女のことを想っていたんだ。グレシアがこちらに召喚された目的がばあやなら、話せば元の世界に帰してやれるかもしれん。やってみる価値はあると思うが?」
「…それは確かにそうですが。エドガー、本当に真剣に考えてのことなのでしょうね? あなたの話だと彼女は随分と賢い子のようですし、フィガロで軍事絡みの仕事もしていたということは向こうの世界とこちらでは世界規模の相違点が発生している可能性もあるのですよ? もっと大きな視点で彼女が召喚された理由を考えなければ…」
 しかし、最後までは言わせてもらえなかった。
「そんなことは考えても仕方がない。大体、向こうの俺が好戦的で侵略好きの王というならともかく、この俺とほぼ同じ性格だという話だから間違いなく平和主義者だ。グレシアがいるかいないかで世界地図が書き変わるようなことはまずあるまい」
 ならば、彼女がいるかいないかで変わることとはいったい何なのだろう。
 エドガー自身や、マッシュ、ばあやにもきっと変化はあるだろう。その他にも今まで生きてきた中で過ごしてきたシーンの一つ一つにもし彼女がいたら、違いはいくらでもあったに違いない。しかし、エドガーには今回の事件の発端はどうもそういうことではないように思えてならなかった。
 ゆっくりと昨日から今朝にかけて聞いたグレシアの話を思い返していく。
 その話の中にある大きな相違点を…何かを見落としているような。そんな気がしてならなかった。
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