novel

□Episode1(7)
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「それで結局、エド兄も仕事があるからってことで一旦報告がてら戻ってきたんだけど」
 二人で昼食を食べながらグレシアの話を聞いたロックが椅子に座ったまま腕を組んで考え込む。
「うーーーーん…。けど、グレシアがいなかったことで違いが一番出るのってやっぱりフィガロ城だろ? 特にエドガー」
 向かいに座ったグレシアが答える。
「…私もそうだと思うんだけど、正直、今までの長い人生で私がいないとエド兄が経験できなかったことって小さなことなら無限にあるんだ」
「例えば?」
「例えば、マッシュ兄が私と二人の時に話したことを後から私がエド兄に伝えた場合、こっちの世界のエド兄は下手をすると一生その話を知らないままって可能性もある」
「あー…そっか。そのレベルで可能性を探していったらキリないもんな。んじゃ…得意のケーキ焼いて食わせてやるとか、歌聞かせてやるとか、片っ端からやるか?」
「それもさっきと同じだよ。今までの人生があるから今の私のケーキがあるんだ。向こうの世界のエド兄は子供のころの私が初めて焼いたときの大失敗したケーキも食べてくれて、それ以来ずっとうまくなるまで試食付き合ってくれてたけど、こっちの世界のエド兄が食べられるのは…」
「…どう頑張っても上手くなった今のお前のケーキだけだもんな。歌も一緒か。あーーーー! あったま痛くなってきた俺。なんかおっきな違いって心当たりないのかよ…。こう…ばーーーーんと劇的にこっちの世界にはこれがないッ! みたいなやつがさ」
 大きな声で駄々っ子のように言ってくるロックに笑った後、グレシアが笑ったまま言った。
「ないない。大体国王やってるエド兄ならともかく私の存在なんてそんな大きなもんじゃ………」
 そこで止まってしまったグレシアに、ロックが小さく声をかける。
「……グレシア?」
「………」
 固まったままグレシアはしばらく何か考えていたが、やがて、真剣な表情で語り始めた。
「…待って……そうだよ…。そりゃ確かに王女だけど、私の存在なんて世界的にはたいして価値のあるものじゃない。軍事的な背景を考えれば私が死ねば多少なりともフィガロを落としやすくなると考えてる国はあるだろうけど、外交の上手いエド兄がいるから現時点でそこまで必死になってフィガロを落とそうと思う国なんて心当たりがない…」
「なんだよ急に…。そういや、お前も政治家なんだっけ?」
 難しい話は勘弁してくれよと顔に書いてあるロックにグレシアは淡々と言った。
「なんで私が暗殺の対象だったのかって話だよ。…正直、裏切られたショックで思い出したくなくて今まで考えるのを避けてたけど…ロック、私の昨日の話、覚えてる?」
 真剣な顔でロックは頷いた。
「…一応な」
 若干辛そうな顔で彼女は続けた。
「彼が途中からどこかの国に買収されたのではなく『初めから暗殺目的で私に近づいてきた』ってことは、少なくとも彼は私を暗殺するのに三年以上かけてるってことになる」
「さ、三年ッ?!」
「彼がフィガロに現れた時からすでにそうだったって考えるとそういうことになる」
「三年がかりで女の子騙して殺す計画立ててたってか? それが人間のすることかよ…」
 苦い顔で眉をひそめているロックにしばらくグレシアは黙って目を閉じていたが、やがて静かな口調で言った。
「あくまで私の予想だけど、それは半分違うと思う」
「…どういうことだよ」
「あえて嫌な言い方をするけど、私の命に三年がかりで殺す価値はない」
「……ほんっとに嫌な言い方だな…それ。短い付き合いだけど俺、結構お前のこと気にいってんだ。いくらお前自身でもそんな言い方されてんのは聞きたくねぇ」
「…悪い。けど、こうなら考えられる。別の誰かを暗殺しようとしてその為に私を利用しようとして近づいてきた。でも私との関係が原因でその相手に警戒されてしまったから仕方なくターゲットを私に変更した」
「………ッ!! まさか…」
「だとしたら…こちら側の世界でも暗殺計画そのものは存在している可能性が高い。初めは狙われていたのは私だと思ってたから私がいなければそもそもあんな事件起きなかった以上、こっちの世界は大丈夫だと思ってたけど…」
 洒落にならないという顔でロックがグレシアを見つめていた。
「やばいだろそれ…。このままだと…エドガーが殺されるッ! グレシア、お前を刺した奴ってやっぱり昨日の…」
 しっかりと頷いてからグレシアが叫んだ。
「…行こう…ッ!」


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