novel

□Episode1(8)
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 街中を一気に走り抜けながらロックが叫ぶ。
「向こうの世界のエドガーが無傷だったのはグレシアがいたからだッ! 結果論かもしれないけど、元の世界でグレシアはエドガーのかわりに刺されたんだッ! グレシアが刺されなかったら刺されていたのはエドガーの方だったッ!」
 隣で走りながらグレシアが信じられないという顔で叫ぶ。
「そんな…ッ、だって…ッ、あんなことになったのは私が馬鹿だったからで…ッ! エド兄は前からずっと私に忠告して…」
 冷静な顔でロックが返す。
「そっちのエドガーだって別に暗殺者だって気づいてたわけじゃなかったんだろ? 気づいてたらお前が刺されるまでほっとくわけがねぇ。そっちの世界のエドガーがお前に忠告してたのはあくまで『お前が幸せそうに見えなかった』からだ。相手の男に何か落ち度があったわけじゃない」
「………私を…一番よく見ていてくれたから…エド兄だけが気づけたんだ……ッ」
 奥歯をかみしめているグレシアにロックがはっきりと言った。

「全部お前がいたからできたことだ。いなければ何も気づかずにエドガー自身が殺されていた」

「…そう…だな。…ロックの言うとおりだ」
 必死に走る足が…もどかしい。
「こっちの世界のエドガーは一人だ。助けてやらねぇと…ッ」
 城に入ってロックが昨日通った道を駆け抜けようとした時だった。
 グレシアがロックの腕を掴んで言った。
「こっちの世界のエド兄だって一人じゃない。ロックがいる。それに…今は私も。…こっちに抜け道がある。誰にも言わないって約束して」
 真剣な目で頷いたロックの目を見てから、グレシアは細い通路へと入った。





 床に、ぽたぽたと雫が落ちて絨毯に小さな赤い染みを作る。
「…ッ」
 苦い顔で笑いながら、アーサーが自分の腕に刺さった矢を抜いた。
「オートボウガン…ですか…。自分の執務室にまでそんなものを仕掛けるとは…まったく…あなたはどこまで…」
 壁に背中を預けた姿勢から立ち上がれなくなっている状態のまま、エドガーが淡々と言った。
「暗殺者は…お前ひとりじゃない。俺の父親が…何度暗殺されかけたか知っているか? 俺はそれを見て育った。俺だって…王になった時から…覚悟はしている…さ。…死なないための努力もな」
「だがしかし、結局はあなたの父上も暗殺された」
 血の流れる腕で剣を構えなおしたアーサーに、複数のボタンがついた操作機を握ったエドガーが言った。
「……動くな。まだ他にも俺の武器はある。…毒を盛るなら、致死量にするか指一本動かせないレベルにしておくべきだったな」
 軽く笑いながら男は言った。
「それじゃ、あなたと話せないでしょう? それに、さっきのセリフはいつものお得意のはったりですよね? 今の私の位置とあなたとの間にまだ飛ばせる武器があるなら、あなたがわざわざ警告するわけがない」
「………」
 綺麗な笑顔でアーサーは笑った。
「そのくらいはわかります。あなたとは長い付き合いですから」
 高々と上げられた剣が、陽の光を受けて煌めく。
 エドガーが静かに目を閉じた。
 殺されるのが…マッシュではなく自分であったことだけが、せめてもの救いだ。
 あの不良品の記念コインは…人生最高の贈り物だった。

「みんな…壊れてしまえばいい」

 笑顔の男が剣を振り下ろそうとした瞬間、高速の矢が男の右肩を貫いた。
「…………ッ…な………ッ!!?!」
 驚いたのはエドガーも同じだった。
「……ッ?!」
 何が起こったかわからずにいるエドガーの目の前で、アーサーが自分に刺さった矢を見て叫ぶ。
「馬鹿な…ッ…窓の…外から…? オートボウガンを部屋の外にも…ッ?! どうやって…」
 そんなことができるはずないだろ…ッ?! ここは二階だ…! しかも窓の外に木でも生えてるならまだしも、外に広がるのは砂の海。なんの細工もしようがない。胸中で叫んでいたエドガーの目の前で、更に窓の外から飛んできた矢が二本。アーサーの左肩と右足を正確に貫いた。
「…………」
 遠く離れた別の建物から、ロックが言った。
「嘘だろ…? おま…こんな遠くから狙ってエドガーに当たったらどうするつもりだったんだ」
「大丈夫。…あいつだけは…絶対に外さないから……」
 ゆっくりと構えた弓を下ろしながらうつむくグレシアの顔に、透明なものが流れていく。
 思わず黙ってしまったロックに、ぐしゃぐしゃと腕で顔をぬぐって、グレシアは言った。
「それよりさっきの約束、ホントに守ってよ。あの隠し通路と、この場所から…エド兄の執務室が筒抜けなのが他に漏れたら…本気でやばいから」
「あ、ああ」
「まぁ…でも後でエド兄にも伝えといたほうがいいな。…今回はそれで助かったけど、やっぱりちょっとこの場所は危険すぎる」
 呟いているグレシアに、ロックが言った。
「…これではっきりしたな」
「え…?」
「今回のことは、お前が悪かったわけじゃないってことだよ」
「ロック…」
 思わずロックを凝視しているグレシアの前で、笑顔でロックは続けた。
「もう自分が馬鹿だったからとか、自分のせいであんなことになったとか言うのやめろよ」
「………」
 絶句しているグレシアに、バンダナの青年は明るく言い放った。
「お前がいなかったら、もっととんでもないことになってたって、これでわかったろ?」
 ほんの少し笑おうとして失敗してから、泣きそうな顔でもう一度笑顔を作って、彼女は言った。
「ありがとう…。元の世界に帰ったら、今度こそちゃんと誰にも甘えずに頑張るよ。ロックとも…まだ付き合い浅かったけど、きっとこれからいい友達になれる気がする」
 高らかに声を上げて笑った後、ロックは言った。
「そこは、元の世界に戻ったらこれからはエドガーと俺に甘えて生きていくって言っとけよ。行こうぜ。エドガーが待ってる」
 頷いて駈け出したグレシアの足は、とても軽かった。


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