novel

□Episode1(9)
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「エド兄ッ!!」
「大丈夫か?!」
 執務室に叫びながら飛び込んできて、エドガーに縋りついて叫んでいるグレシアと、とりあえずアーサーを拘束するロック。
「…さっきのは…お前か」
 グレシアが背中に担いでいた弓と矢の残った矢筒を見ながらエドガーが苦笑する。
「窓が開いてて良かったよ。まぁ、いつも開けてるのは知ってたけど」
 何かが吹っ切れたような、今までで一番明るい顔で話しているグレシアに、エドガーが矢を放った場所がどこからだったのかを訊く。
 グレシアの答えを聞いたエドガーの第一声。

「お前が味方でよかった…」

 様々な意味のこもった一言だったが、苦笑しながらグレシアが言った。
「一生味方だよ…。生まれた時から」
「ああ。…できれば一生…俺のそばにいてもらいたかったが…」
 そのやり取りを聞いて、ロックがハッとする。
「そうか…。グレシアがこっちの世界に来た目的って……これだったんだ…」
 もう既に察していたらしいグレシアが寂しそうな目で頷く。
 エドガーが静かに聞いた。
「まだもう少し、時間はあるか?」
 グレシアが微笑んで言った。
「うん。なんとなくだけど、今夜くらいまでだと思う。なんでそんなことがわかるのか、自分でもちょっと不思議だけど」
 頷いて、エドガーが言った。
「…頼みがある」





 事情を聞いて慌てて神官長が用意してくれた薬を飲んで、ベッドの上で上半身を起こして神官長の説教を聞き流しているエドガーにロックが小さな声で言った。
「まさかあいつの手当てまでするとは思わなかったぜ。王族の暗殺未遂なんてどうせ死刑確定だろ?」
 エドガーが淡々と言った。
「…だからといって事情も聞かずに殺すわけにはいかん。訊きたいことも山ほどあるし…それに……あいつに話したいこともある」
「…そっか。まぁ…なんだ。俺も今回グレシアやお前の話を聞いて色々思ったけど…エドガー。お前が人間不信にならずにここまで生きてこれたこと、俺はホントにすごいと思うぜ」
 ふっと笑ってエドガーは言った。
「…所詮、人間は寂しがりだからな。どんな目にあっても…何が起きても…それでも俺は人を愛して生きていきたいのさ。家族も…友も…」
 そう思わせてくれる一番の存在が今は目の前にいない優しい弟であったことは、言うまでもない。
 そして…今回はロックだけでなく妹にも救われた。
「エド兄ッ! 調子どう?」
 甘い匂いと共に部屋に現れたグレシアに笑顔で答える。
「ばあやの不味い薬のおかげでなんとか動けるようにはなったよ。いい匂いだな」
「この世界で作る最後のケーキだからな。気合い入れて作ったよ。ばあやも食べてくれる?」
 軽い口調で訊かれて、神官長は壁を向いて涙で詰まった声で答えた。
「…ええ。ありがとう……グレシア」
 エドガーとグレシアとロックの楽しそうな笑い声が上がる。





 エドガーの頼みでハープを弾いて歌ってくれたグレシアに、後からロックが訊く。
「吟遊詩人?」
「ああ。子供のころの夢だったんだ。昔から楽器を弾いたり歌うのが好きでさ」
 隣にいたエドガーが思わず呟いた。
「…どこの誰だ、こんな素晴らしい歌姫に政治の手伝いをさせている愚か者は」
 楽しそうに声を上げて笑ったあと、グレシアは言った。
「向こうのエド兄も言ってたよ。『俺としては、お前には歌手かケーキ屋にでもなってもらった方が嬉しいんだが』とかなんとか」
「なら…」
 言いかけたエドガーに首を横に振って笑顔でグレシアは続けた。
「この道は私が自分で選んだんだ。マッシュ兄が出て行ったあの日に。たくさん考えて、覚悟した上で自分で決めた。だから今私がやりたいことはエド兄の手伝いだってはっきり言って…それでも渋ってたから私が『やりたいことをやれって言ったのはエド兄だろ?』って言ったら…」
 苦笑しているエドガーに楽しそうに笑いながら彼女は言った。
「まさにそんな感じの困ったような顔で笑ってたよ」
 ロックの楽しそうな笑い声が響く。
 
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