novel

□Episode2(1)
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 フィガロ城には今日も乾いた風が吹く。
 あの暗殺未遂事件から二ヵ月。ようやく、フィガロでは厳戒態勢が解除され、エドガーとグレシアを含むすべての人々に日常が戻りつつあった。
 グレシアの話では意識不明の間、彼女は別の世界に行っていたらしいが。
「それで? この城のどこにまだそんな隠し部屋があるって?」
 苦笑しているエドガーの腕を引っ張ってグレシアが城の地下に行く。
「確かこの辺だった。向こうでは私はいなくってそれで…」
 墓が…作られていた。グレシアが壁の砂を取り払って操作すると、確かに壁の一部が動いた。
「…まさか…本当にこんな場所が…。グレシア…お前これをどこで…」 
 驚いているエドガーに、肩をすくめてグレシアが言う。
「まぁ、夢で見たとか言っても信じないのはわかるけどな」
「…にわかには信じがたいが…実際にこうして隠し部屋があるとなると…」
 言いながら、持ってきたあかりで足元を照らしながら二人で隠し通路を進んでいく。
「ここだ…。何もない……」
 少し開けた場所に出て、少し砂が入り込んでいるその場所を二人で眺める。
 不思議な気分だった。
「この場所で自分の墓をみた…か。あまり気持ちのいい話ではないな」
 ついこの前死にかけた妹の話だと余計にそう思える。しかし、エドガーに対してグレシアは明るい顔をしていた。
「そんなことないよ。私は私がいない世界を見たから、こうしてまだ生きていることがどれだけ幸せかってことがわかったんだ。向こうの世界のエド兄やロックや…それに、ばあやに会えたから」
 ほんの少し苦笑してから、エドガーは妹の話にのってやることにした。
「なら、俺が死にかけたら俺がいない世界へ行けるのかな?」
 笑っている兄に同じような表情で笑い返してから、グレシアは言った。
「マッシュ兄が王様になってる世界だな。もしくは…私が女王になってたりして」
「はっはっは。やはりまだ死ねんな」
「どういう意味だよ」
 笑いながら言い返してくるグレシアに、意味深な声で彼は言った。
「そのまんまの意味だ。お前たちに王位を継がせるわけにはいかん」
 言って楽しそうに笑っているエドガーに、グレシアが何か言いかけて、ふと足を止める。
「どうした?」
「何か…落ちてる…?」
 青い色の小さな鉱石のようだった。透明で尖った形をしていて、この辺りで採れる代物でないことがわかる。拾い上げてグレシアが呟いた。
「天然石みたいだけど…見慣れない石だ。なんでこんなところに…」
「………。俺には何も見えないが」
「え…? これだよ? 見え…ない?」
 確かに手にしている感触のある石は…グレシア以外には見ることも触れることもできないようだった。





 あれから数年。今も石はグレシアの手元に残っている。誰にも見えないのは相変わらずだったが。
 フィガロ城の狭い部屋にグレシアの爆笑が響き渡った。
「それでエド兄の口説き文句を完全にスルーしたって?」
「…? そんなにおかしい?」
 綺麗な緑の髪の少女が無表情に小首をかしげる。近くにいたロックが笑いながら言った。
「まぁ、それだけ珍しいってことだよ。ティナにとっては何のことかわからなかったかもしれないけど、エドガーが口説いてあそこまで無反応だった女の子は俺も初めて見たよ」
「…私には…普通の女の人がどう感じるのか、わからないから」
 ようやく笑いを収めながらグレシアが朗々と言った。
「ティナって言ったっけ? いいんだよ、普通の人がどう感じるかなんて気にしなくて。ティナが何も感じなかったのなら何も感じないでそれが正直な今の気持ちって事。まぁ、エド兄は多少へこんだかもしれないけど…」
 そこまで言って再びくすくす笑い出したグレシアにロックが言った。
「やっぱりグレシアもそう思うよな? 俺も…顔に出してないだけでエドガー気にしてると思う」
 ニヤニヤしながら話すロックにティナが無表情に言った。
「さっきの…? エドガーさん、傷ついた?」
 ひらひらと片手を振りながらグレシアが言った。
「さっきも言ったけど、気にしなくていいよ。たまに振られるのもエド兄は楽しんでるから。それより、お腹すいてない?」
 フィガロ城に着いてからずっと元気のないティナを気づかった言葉だったが、反応したのは隣の男だった。
「お、もしかしてケーキある?」
 子供のような顔で訊いてきたロックに笑いながら今朝焼いたばかりのケーキを出してやる。
 小さなフォークで切り分けた破片を口の中にそっと入れて、ティナは小さく呟いた。
「…甘い」
 隣でうまいうまいと連呼しながら幸せそうに食べているロック程ではなかったが。誰にも聞こえないくらい、小さな小さな声で呟く。
「美味しい…」
 幸せという感情がほんの少しだけ理解できたような、そんな気がした。
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