novel

□Episode2(2)
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 喉が焼けるようだった。
「……ッ」
 一瞬の判断で口の中の液体を飲み込まずに吐いてすぐさま常備している市販の万能薬を開ける。ほんの少し喉まで入っただけでこの威力…これは、飲んでいたら確実に死んでいた。
「グレシア殿…ッ! これはいったい…ッ」
 叫んでいるカイエンの周囲で次々と人間が倒れていく。
 城内はたちまちパニックと化した。
「多分…毒が…水源に」
 呟きながら薬を喉の奥に放り込んで無理やり飲み込む。このやり方は…おそらくレオではない。別の誰かの…。
「グレシア殿、しっかり…」
 体を支えてくれるカイエンを見上げてグレシアは言った。
「私は…大丈夫…ッ。…王を……ッ」
「ッ!!」
 慌てて走って行ってしまったカイエンを見送って、言うことを聞かない体を叱咤して立ち上がる。しかし、深酒をした時のように頭がくらくらする。身体から力が抜けていく。
 ふとポケットの中が暖かいような気がして手を伸ばすと、数年前、フィガロ城の隠し部屋で拾った石が光っていた。
「………ッ?!」
 グレシアが覚えていられたのはそこまでだった。





 気が付くと、何故かサウスフィガロの町にいた。
「こ…この服泥棒ーーーッ!」
 町の手すりの下から声がして思わずグレシアがそちらを見ると、裸の男が叫びながら帝国兵の服を着た見知った顔の青年を追いかけていた。
「しつっこいな…ったくッ!!」
 ロックが振り返りながら叫んだ瞬間だった。
 ゴンッと鈍い音がして上から降ってきた大きめの石に当たった裸の男が倒れる。
「……ッ!」
 驚いて見上げると、グレシアが苦い顔で笑いながら立っていた。
「お前……ッ!!! まさか…グレシア…ッ?! グレシアだよな…ッ?!」
「なんだよロック。そんなに驚かなくても…」
 ドマにいるはずなのに…ということだろうが。確かにそれに関してはグレシアも疑問に思っていたが。あの石はテレポストーンの類だったのだろうか? それにしたって驚きすぎだ。胸中呟きながらグレシアがまだ少しふらつく頭で階段を下りてロックのところへ行くと、ロックが穴が開くほどグレシアを凝視していた。
「驚くに決まってんだろッ! だってお前、何年ぶりだよ。なんでまたこっちに…」
「え………?」
 思わず思考停止するグレシア。今…何と言った?
「ちょ…ちょっとこっちこいよ」
 ぐいぐいとグレシアの腕を引っ張って建物の陰に移動するロック。
「ロック…。さっきの…冗談だろ…? この前フィガロで会ったばかりで…」
 震えるような声で話すグレシアに、苦い顔で、それでもはっきりとロックは言った。
「それはさっきまでお前がいた世界の俺だよ。ここは前にグレシアが特異点としてきた世界…。俺はお前がこの前まで話してたロックじゃねぇ」
「……ッ! …そ…それって…」
 青い顔になっているグレシアにロックが苦い顔のまま続けた。
「お前なんでまたこっちに来てんだよ…。くんなって…言ったろ…」
「……………」
 絶句しているグレシアに、ロックが優しい声で言った。
「…まぁでも、俺はまた会えて嬉しいぜ。すっかり綺麗になっちまって。向こうで元気にしてたってわかっただけでも良かったよ」
「あ、ああ……そうだな…。私も、また会えて嬉しい」
 混乱する頭を叱咤しながらグレシアが何か言おうとした瞬間だった。
「大変だーーッ!! ドマが…ッ! ドマが帝国に…ッ!!」
 叫んでいる男に人々が群がって話を聞く。
 どうやら、帝国軍がドマ城を毒で全滅させたらしい。集まった人々をサウスフィガロを占領していた帝国兵たちが無理やり解散させる。
 話を聞いていたロックが呟いた。
「…ひでぇな。戦闘員じゃないやつまで皆殺しかよ…」
「…ああ。そう…多分、見渡す限りみんな倒れてたから…きっと…」
 愕然とした表情で呟いているグレシアに慌ててロックが訊き返す。
「な……ッ! まさか…お前…向こうでは今、ドマにいたのかッ?!」
 頷いてグレシアは震える声で続けた。
「さっきの人が全滅って言ってた……もしかして…私…死んだ…?」
「……毒を飲んだ覚えは?」
 低い声で訊くロックに、少し考えてから首を横に振って彼女は言った。
「口には入ったけど、すぐ吐いた。市販の万能薬だけど、応急処置で飲んだ覚えもある」
「なら、お前は大丈夫だろ。大体、こっちに来てる時点でまだ死んでねぇって。多分、向こうのドマはこっちと違うんだ…その、お前がいたからとかで。だからきっと大丈夫だッ!」
 果たしてそうだろうか。前の話だと特異点が元の世界に戻れなかった場合、死を意味すると聞いた。ならば、元の世界の自分が死んでいた場合、もう二度と元の世界に戻れないのではないのか? 考えた瞬間、急激に全身を不安が襲った。もう元の世界の家族や友に会えない。それは死ねば当たり前の現実だったが、それではこの後自分は一体どうなる? 死後、自分が存在しないこの世界を永久に彷徨い続けるとしたら……。
 元の世界でどん底の状態だった前回は考えもしなかった恐怖が一瞬脳裏を駆け巡る。落ち着け。ロックの言う通りでまだ死んでいない可能性だってある。帰れるかもしれない。……帰りたい。冷静に考えてみれば、あの程度で即死は少しおかしい。死にかけているということすら奇妙に思える。
 真剣な顔で言ったロックの前で長い間固まってから、グレシアは顔を上げて言った。
「…ありがとう。なんか、前にきた時もロックに励ましてもらった気がする。…悪い。ちょっと動揺してた。それに私も、なんか前に来た時とは少し違う気がする」
「え…?」
 訊いてくるロックに、グレシアが淡々と言った。
「なんか違和感があるんだよな。それに、前の時は自分でも死にかけてるって自覚があった。何十回もめった刺しにされてたし、意識が飛ぶ前すごく寒くて失血量やばいって自分でわかってたし。でも今回はとてもじゃないけど死にかけるようなレベルじゃ…て、あれ? ロック?」
 ふと気づくとロックが震えながらグレシアの両肩を掴んでいた。
「…お前…前の時そんなに酷い状態だったのかよ…」
「あ…言ってなかった…?」
「言ってねぇよッ!! ったく…」
 必死に何かをこらえている様子のロックに、苦笑しながらグレシアは説明を続けた。
「…で、この石が光って」
「? ああ。天然石ってやつか? 宝石とかになる前の石だろ?」
「そうそう。でもこれ、普通の石じゃないみたいで私以外の…て、ロックッ!! この石見える…ッ?!」
 自分以外で石が見えた人間は初めてだった。少なくとも元の世界のロックに見せた時はダメだったはずだ。
「見えるって…だってこれ普通の石だろ?」
 言いながらグレシアの手の中の石を取って太陽に透かしてみるロック。間違いない。見えるだけでなく彼は石に触れる。
「…そう…か。なんとなく、わかったかも」
「? 何がだよ」
 この石は…おそらく…。
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