novel

□Episode2(3)
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「……グレシア…ッ! グレシアッ!!!」
 聞き慣れた必死に呼ぶ声にうっすら目を開ける。ベッドの上で眠ったはずなのに、硬い床の上に寝ていた。
「……ん…」
 徐々に覚醒していく頭と、眩しさに慣れていく目。必死に自分を起こしていた人間の顔が視界に入ってくる。エドガー…ではなかった。よく似ているが。
「まさか……マッシュ兄…ッ?!」
 一気にガバッと身体を起こして叫ぶと、目じりに涙がたまったまま、心底安心したような顔で大きな声でマッシュは叫んだ。
「グレシア…ッ! 〜〜〜ッ!! もう…死んでるかと思っただろお前ッ!! ったく…んなとこで倒れてるから…」
 元のドマ城だった。周囲に大量に倒れている、おそらく事切れた人々。そして…。
「マッシュ兄……私のこと…わかる…?」
 思わず喉からかすれるような声が漏れる。
 ここは本当に元の世界なのか自分が存在しない世界なのか、もはや彼女には自分の存在を確かめることでしか区別がつかなくなっていた。
「ったり前だッ!! 何年経ってたって自分の妹を忘れるわけねぇだろッ!!」
「マッシュ兄…ッ! ホントに…ホントにマッシュ兄だ……」
 確かに自分が存在する実感と、10年ぶりに再会した兄への気持ちが混ざって一気にあふれ出て喉でつっかえる。
「……………ッ!!!」
 泣き出しそうになりながら思いっきり抱きついて、抱きしめ返してくれたマッシュの耳元でなんとか言葉を吐き出す。
「……会いたかった…ッ」
 痛いほど強く抱きしめてくれているマッシュの低い声が聞こえてくる。
「ああ、俺もだ。っとに…お前、生きててくれて良かったよ。最初見た時は心臓止まるかと思ったぜ」
 マッシュがシャドウと二人でドマ城に入った時には既に城内は死体の山だった。その遺体一つ一つに声をかけて必死に生存者がいないか確認しているマッシュに、シャドウがキリがないから他人など棄ておけと叫んで振り返った時だった。
 マッシュが倒れている人間の一人に張り付いたまま動かなくなった。
『…無駄だ。何度言えば…ッ』
『まだ息がある…ッ!』
 うんざりしたような顔でシャドウはマッシュに言った。
『だからどうだと言うんだ。息のある人間全員を担いでいく気か?』
『俺の妹だッ!! …他人は捨てておけってんならお前は行けよ。俺はこいつを助けてから行く』
 必死に妹に声をかけながら介抱しようとしているマッシュに、しばらく黙った後、シャドウは言った。
『………家族か』
『ああ。そうだ』
 懐から小さな袋を取り出してマッシュに投げる。
『店で買った薬だ。必要なら使え。…城の様子は俺が見てきてやる。お前は妹を助けろ』
『シャドウ、お前…』
 袋を受け取って驚いてシャドウを見ているマッシュに、立ち去りながら極々小さな声で背を向けたまま彼は言った。
『……………家族を大切にするやつは、嫌いじゃない』





「…なるほど。飲み込まなかったのが幸いしたか…。食事もドマで作ったものを食べていなかったおかげで助かったな」
 城の様子を一通り見て戻ってきたシャドウと話しながら城を出る。グレシアがシャドウに言った。
「ありがとう。薬の件、マッシュ兄から聞いた」
「…礼は自分の兄に言うんだな。それに、助かったのはお前が賢かったからだ。俺に礼を言われる筋合いはない」
 少し苦笑して頷いてからグレシアが見ると、マッシュも同じような顔で苦笑して肩をすくめていた。どうやらシャドウはいつもこうらしい。
 しかし、ドマでカイエンと話してから意識を失っていただけ…となると、先ほどのサウスフィガロでの出来事は夢だったのか、それとも。だがそれより今は目の前の現実だった。
「カイエンさんを見かけなかった? 彼も騒ぎが起きた時点では何も口にしていなかった。朝に城に戻ってきたばかりだったから食事もまだだったはずだ」
「なら、その人も助かった可能性が高いな。シャドウ、城の様子を見た時に会わなかったか?」
 マッシュが訊くと、シャドウは淡々と答えた。
「…ああ、見かけた。女性と子供が倒れていた部屋で一人で放心していたから放っておいたが…」
 シャドウがそこまで言った瞬間だった。
 ものすごい勢いで城から出てきたカイエンが三人の間を突っ切って走っていく。
 その形相の凄まじさと気迫に絶句する三人。全力疾走で走り去っていくカイエンの行く先に気づいたグレシアが叫んだ。
「まずい…ッ、あの先は……帝国軍基地だッ!」
「……そうか」
 一人で納得しているシャドウにマッシュが叫ぶ。
「そうかじゃないだろッ!! 追いかけるぞッ!」
 頷いてグレシアが駆け出す。
「カイエンさん、完全に我を忘れてる。あのままじゃ殺されるッ!」
 少し走ったところでマッシュが背後を振り返って同じ場所で立ったままの男に叫んだ。
「シャドウッ!!!」
 舌打ちしてからめんどくさそうに走り出した男の背後から、ぴったりと張り付いていたドーベルマンがついていく。
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