novel

□Episode2(4)
1ページ/2ページ




「…よく眠っているようだな」
 マッシュの腕の中で眠っているグレシアを見ながら、小さな声でシャドウが続けた。
「契約はここまでだ。俺はもう行かせてもらう」
「おいおい、こんな森の中で一人で大丈夫かよ。俺たちは砂漠育ちで星を見て移動すんの慣れてっけど、お前一人でちゃんと森から出られんのか?」
 グレシアを起こさないように座ったまま小声で訊いてくるマッシュに、ふん…と軽く鼻で笑ってシャドウは森の闇に消えていった。
「去る者にまで道の心配をするとは…マッシュ殿は優しいでござるな」
 今までずっと一人で少し離れていたところにいたカイエンが戻ってきたようだった。
「カイエンさんは、もう落ち着いたみたいだな」
「…グレシア殿のおかげで、随分気持ちが落ち着いたでござる。やはり人間、腹が減っていてはロクな考えを起こさぬものよ」
 優しい目でグレシアの寝顔を眺めながらカイエンは言った。
「いくさを語っていた時とはまるで別人でござるな。あの砂漠の狐がこれほど無防備な姿で眠るとは…」
 ほんの少し笑ってから、あまり声が大きくならないように気を付けながらマッシュは言った。
「俺にとってはそっちの方がよっぽど別人だけどな。ずっと噂に聞いてはいたが…」
 改めて自分の胸元に半分顔をうずめて眠っている妹を見る。カイエンの静かな声が聞こえてきた。
「拙者も少し話しただけだが、責任感の強い将だ。さぞドマの一件で気落ちしておったろうに、拙者を気遣わせてしまって…」
 軽く笑い飛ばしてマッシュは言った。
「カイエンさんだって似たようなもんだろ。自分が一番大変な時に、こうしてグレシアを気遣ってくれてんだから」
 ほんの少し微笑んでから、カイエンは静かに語りだした。
「先ほどのグレシア殿の言葉…。あれはおそらく、口先だけのものではござらぬ。あの時のグレシア殿の目は、まことの色をしておった。…何があったかは知らぬが、グレシア殿も相当の出来事を経験してきたのであろう」
「…………」
「…不思議なものよ。あの時グレシア殿の顔を見ていたら、拙者の妻や子が…あのような顔をしているさまを思い浮かべてしまったでござる。そうしたら…意地でも拙者は生きねばならぬと思えた」
 マッシュが静かにグレシアの髪を撫でてやる。安心しきった顔で本当によく眠っていた。…もしかすると、ここしばらくこんなに安心して寝られることなどなかったのかもしれない。しばらく無言の時間が続いて、不意にマッシュが言った。
「…あの甘えっこのグレシアがなぁ……」
 柔らかく微笑んでカイエンは言った。
「もう、一人前でござるよ。兄上殿」
「妹が知らない間に大人になっていく…か。嬉しいような、寂しいような」
 エドガーも同じようなことを感じているのだろうか。いや、自分と違ってエドガーは今までずっと近くで彼女の成長を見てきたのだ。色々と苦労もしてきたに違いない。
 眠っているグレシアの頬にそっと片手を触れる。エドガーだけではない。力をつける時間が必要だったとはいえ、グレシアにも…かなり寂しい思いをさせてしまった。…苦労もしただろう。
 マッシュの考えを読んだようにカイエンが呟いた。
「…これからは近くで見守ってやればいいと思うでござる。マッシュ殿の妹君は…まだ生きておられるのだから」
「カイエンさん…」
 たった一人になってしまった男を前に、かけてやれる言葉を失う。目の前の男はもう、成長する息子を見ることはない。最愛の妻を抱きしめてやることも。
 気が付くと、自然と涙が流れていた。
 静かに泣いていたマッシュにカイエンが小さな声で言った。
「…マッシュ殿は…本当に優しいでござるな」
 小さなカイエンの声が、夜の森に溶けて消えていく。

「かたじけない。拙者と…拙者の妻と子の為に、泣いてくれて」

 星が綺麗に瞬く。空気が透明な夜だった。





 翌日、三人で森の中を歩いていくと、何故か駅があった。
「プラットホームに列車ッ!? 未だに戦火に巻き込まれていないドマ鉄道が残っていたとは…」
 驚いているカイエンに、グレシアが呟く。
「…そう…かな? なんか、本で見たのとはちょっと見た目が違う気が…」
「生き残りがいるかもしれない。調べてみよう」
 真面目な顔で話すマッシュに頷いてから、グレシアが同じような表情で返した。
「そうだな。それに、うまくすれば足にも使えるかもしれない」
「ああ。どこかから列車に…お! ここから中に入れそうだ」
 中に入ろうとした二人を止めるようにカイエンが叫んだ。
「マッシュ殿ッ! グレシア殿ッ! 待つでござるッ!」
「え?」
 振り返ったグレシアにカイエンが何か言いかけた瞬間、マッシュが先にカイエンに言った。
「このまま外をうろついているだけじゃダメだ。中を調べてみなきゃ」
 マッシュの言葉を聞きながら、グレシアはポケットの中の石が少し暖かくなってきているのを感じた。
「マッシュ兄…待って。なんか…嫌な予感が…」
「心配するなって」
 言い放って勢いよくドアを開けて列車に乗り込む。仕方なくついて行ったグレシアと慌てて二人を追いかけてきたカイエンの背後で、ドアが閉まる。
「………」
 ごくわずかにゆっくりと動き出した列車の中で、カイエンは言った。
「出るでござるッ! これは魔列車ですぞッ!!」
「もう動いてるッ!」
 窓の外を見て叫んだグレシアにカイエンが叫び返した。
「早く出なければッ!」
 二人の背後で力ずくでドアを開けようとしたマッシュが言った。
「開かねえ…ッ!」
「…遅かったでござるか」
 苦い顔で呟くカイエンに、グレシアが淡々と言った。
「マッシュ兄が開けられない時点で力づくで開けるのは無理…か。カイエンさん、魔列車って…」
 息をついてから、カイエンが静かに口を開いた。


 
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ