novel

□Episode2(6)
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 腹が膨れてようやく機関車にたどり着いた。
 制御室で説明書きを見ながら、グレシアが淡々と操作を済ませていく。
 機械は苦手でどうせ中では役に立てないからと、外を見張ってくれているカイエンと、何も言わずに外で待機することを決め込んでいるシャドウに背を向けるように中を向いて、マッシュが静かに言った。
「…列車を止めちまっても、お前は大丈夫なのか?」
 まぁ、今更だけどよ。と、小声で付け加えるマッシュに操作盤から目を離さずにグレシアが言った。
「わからない。ひょっとするといなくなるかもしれないけど…心配しないで」
 マッシュの顔を見てから、グレシアは笑顔で言った。
「…きっとまた会える」
「そうか…」
 苦い笑顔で不器用に笑ってくれたマッシュにそっと抱きついて、グレシアは小さな声で言った。
「今日はありがとう、兄貴。短い時間だったけど、楽しかった」
「ああ…俺も楽しかった。ありがとよ。…またな、グレシア」
 惜しむような切ない声と共にきつく抱きしめ返してくれたマッシュの腕は、元の世界の彼と同じだった。抱きしめてもらった時の感覚が元の世界と全く同じであることについてはエドガーの時も感じたことだったが。本当に…このままこの世界と元の世界を行き来していたらいつか区別がつかなくなってしまいそうだ。
 振り切るように体を放して、最後のスイッチを押す。
 ブレーキのかかる轟音と、同時に、踏ん張っていないと倒れ込んでしまいそうなほどの反動が襲ってくる。
 やがて、音と反動が収まると同時に、列車はゆっくりと止まった。





 反動に耐えるために壁にしがみついていたグレシアがそっと顔を上げると、制御室は自分一人になっていた。どうやら列車は無事に止まったらしい。マッシュがいなくなった制御室を見ながら、少し息をついて外に出る。
 機関車の外にいたはずのカイエン達もいない。
 さて…ここはどちらの世界だろうか。
 そんなことを考えながらグレシアが止まっている機関車から飛び降りると、マッシュの大きな声がした。
「グレシア…ッ!? どこにいたんだお前…ッ?! 列車に乗った後突然消えたから心配してたんだぞ…?!」
 …どうやら答えは出たようだ。
 そしてやはり、あちらの世界へ行く時は体ごと飛ばされてしまうらしい。
「魔列車を倒したら出てきた…ってぇことは、やっぱり魔列車の影響か?」
 真剣な顔で訊いてくるマッシュに、少しあくどい笑顔で答える。
「ずっと一緒にいたんだけどなぁ…」
「怖いこと言うなよお前…。幽霊じゃねぇんだから」
 その言い草を思いっきり笑い飛ばした後、笑顔で言ってやる。
「心配かけてごめん。兄貴」
「なんだよ、珍しい呼び方して。…まぁ、悪くねぇけど」
 思わず変な顔で笑ってしまったマッシュにグレシアが笑顔のまま返す。
「なんなら、エド兄がいない時はずっとそう呼んであげようか?」
 はっはっは。と笑い飛ばしてからぐしゃぐしゃとグレシアの頭を撫でてマッシュは言った。
「お前も言うようになったな。んじゃ、たまにそうしてくれよ。いつもの呼び方も気に入ってんだからさ」
 マッシュの掌の下からなんとか顔を出してグレシアが小さく笑った。
「ん……、そうする。ところで、カイエンさんは?」
「…………」
 しばらく黙った後、遠くにあるプラットホームの方を見てから、マッシュは珍しい表情で言った。
「…しばらく、そっとしておけ」
 森の中に、再び列車が走りだす音と不気味な汽笛が響き渡っていた。





 足元に広がる断崖絶壁と大きな滝。
 これが…噂の。
「バレンの滝か…」
 呟いたグレシアに、マッシュが言った。
「お前、確か泳げたよな?」
 頷いてグレシアが訊き返す。
「コーリンゲンの海でよくエド兄と泳いでたから。マッシュ兄は?」
 身体が弱かったころのマッシュと海で遊んだ記憶はほとんどない。マッシュが泳いでいたことはあったかどうか…。
 しかし、逞しくなった兄は堂々と言い放った。
「今の俺にそれを聞くか?」
 思わず苦笑して返す。
「…そうでした。カイエンさんは?」
「ドマの山河で鍛えた身。拙者も問題ないでござる」
 確認し終えると、マッシュが躊躇わずにあっさりと滝に飛び込んでいく。続いてカイエンが腰の刀を外して背中にしっかりと括り付けてから飛び込んで行った。その最中にグレシアも愛用の折り畳み式の機械弓と矢筒を背中に括り付けて、そっと二人が飛び込んだ滝を眺める。
 この大きさと高さの滝なら問題はないはずだが…。一応、ポケットの中の石を出して確認してみる。
 今のところ、光ってはいない。
 なら、危険だと判定されて向こうの世界に飛ばされる心配はないと思うが…。
 初めて行ったときは本来の特異点としての現象だった。
 おそらく、その時に特異点になった影響でここ最近の奇妙な出来事が起きている。そのトリガーとなっているのがこの石。ドマの時が避難、魔列車の時が事故、ときたら、この次に来るものは…。…あまり考えないようにしよう。
 そっとポケットに石をしまい込んでしっかりとポケットの口を閉める。
 そして、軽く助走をつけて思いっきり滝に飛び込んだ。
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