novel

□Episode2(7)
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「そして仲間が増え〜たどり着いたは港町〜」
 ぽろろーん。グレシアの綺麗な歌声とハープの音色がニケアの町に響く。
「…なんで歌うんだよ」
「いや、最近忘れられてそうだからそろそろ本職を大事にしようかと思って…」
 マッシュと二人でよくわからない掛け合いをしながら久しぶりの町で店を回って薬や食料を買い足していく。
 買った荷物を全部持ってくれているマッシュと歩きながら、グレシアが小さな声で言う。
「すっかりカイエンに懐いたな。ガウ」
 がっはっは。と笑い飛ばしてマッシュが返した。
「心配しなくても、お前にも結構懐いてるだろ。いつもお前が可愛がってやってる時、あいつも結構嬉しそうだしな。それに、俺も弟ができたみたいで楽しいぜ。カイエンも…ま、ちょうど良かったのかもな」
「…息子さんが亡くなった直後だったからな」
 今日も二人が買い出しに出ている間、カイエンは一人でガウの相手をしてくれている。ニケアまでの道中で、カイエンは以前のようによく笑うようになった。マッシュやグレシアとも同年代の友人のように打ち解けて、さながら四人家族のようなにぎやかな旅が続いていた。
「でもあの子、あの歳で獣が原でたった一人で…今までどうやって…。狼に育てられた少年ってのは聞いたことがあるけど」
「モンスターに育てられた少年…なぁ。モンスターの群れに飛び込んで技を覚えてこられるんなら、俺たちの中で生活してりゃ人間らしい生活もすぐ身につきそうなもんなんだが…」
 それがどうしてなかなか、いつまでたっても野生児のまま。どうやらすぐに覚えられることとそうでないことがあるらしい。
「マッシュ兄。昨日、酒場のおばあさんが言ってたこと、どう思う?」
「……」
『レテ川下流の小屋に変なオヤジがいたろう? 十三年前にあの男の子供をとってやったんだよ。でも出産に立ち会ったのがまずかった。出産場面のすさまじさと母体の死で気が動転してのぉ。赤くそまった赤子を化け物と勘違いして捨ててしまったのさ。もう生きてはいないだろうね』
 しばらく黙っていたが、マッシュは明るい声で言い放った。
「今はそいつを考えても仕方ねぇ。とりあえず買い物も済んだ。宿に戻ろうぜ」
 確かにそうだ。同じような明るい顔で頷いて宿に戻る。
 その翌日、船でサウスフィガロに向かい、四人はナルシェを目指した。
 その長い道中。グレシアの持つ石は一度も光ることがなく、徐々に彼女もその存在を意識しなくなっていっていた。





 しかし、グレシアが特異点として行った向こうの世界ではロックとマッシュがナルシェに到着し、エドガーと合流したことでその情報が彼の耳にもようやく届こうとしていた。
「グレシアが…?」
 久しぶりに聞く名前に目を丸くしているエドガーにロックが続けた。
「ああ。俺も驚いたぜ。突然現れてさ。まぁ、朝になったらいなくなってたからあっちの世界に無事戻れたんだとは思うけど」
「…そうか。なら今回は、前のように死にかけていたわけではなさそうだな」
「多分な。向こうじゃドマにいたって言うから俺も焦ったけど」
 淡々と話すロックにエドガーが軽く叫ぶ。
「ドマ…?! さっきマッシュが…ッ」
「ああ。皆殺しにされてたって言ってたけどな。多分、あいつは大丈夫だ」
「…だといいが。しかし…何故ドマに」
 心配そうなエドガーに同じような顔でロックが言う。
「それがさ…そのことであいつ、ちょっと気になることを言ってたんだよ」
「なんだ?」
 ロックの説明をエドガーは黙って聞いていた。
「…で、向こうの世界のお前が、ドマにグレシアを援軍として送る代わりにそっちで保護してくれって要請したらしい。多分、できるだけフィガロから遠くに逃がしたかったんだろうな」
 冷静な顔でエドガーは言った。
「…最善策だな。その状況では俺はいずれ国か妹かを選択させられてしまう。そうなる前に手を打つなら…多分、俺でも同じことをしただろう。しかし…よりによってドマとはな…」
 本当に無事でいてくれるといいが。
 祈るような気持ちで目を閉じたエドガーに、マッシュの軽い声が背中から降ってきた。
「兄貴、誰の話だ?」
「…マッシュ。グレシアのことは…もう聞いているか?」
 すると、マッシュは嬉しそうな笑顔で言った。
「そうだったッ! 俺も兄貴に報告しようと思ってたんだよッ! グレシアって数年前に兄貴が公表した妹だろ? 俺、この前会ったんだよ」
 一瞬時が止まったようだった。
「な……ッ」
 エドガーとロックの声がぴったり重なった。
「なんだって…ッ!!!」
 がっはっは。と笑いながらマッシュは続けた。
「まーあ確かに驚くよなぁ。魔列車っていうところでよ、俺よりちょっと年下くらいの女の子が突然現れてグレシアって名乗ってたから俺が訊いてみたら本人だって認めたんだよ。俺もびっくりしたぜ。まさか死んだ妹の幽霊に会えるなんて…」
 笑顔で話しているマッシュにロックが硬い声で訊く。
「え…いや…マッシュ、えっと…幽霊って」
「だって、死んだんだろ? グレシアって二十五年前に」
「いやだから…さ、二十五年前に死んだ妹がなんで二十五歳の姿で目の前に現れたのか…とか、気にしないわけ…? お前…。少なくとも俺だったら死んだって情報が間違いで実は生きてたって可能性を疑うと思うぜ…? それ」
 たどたどしく訊いてくるロックを豪快に笑い飛ばしてマッシュは言った。
「ぜんっぜん気が付かなかったぜッ!」
 がっはっは。と笑い続けているマッシュの後ろで肩を落として絶句しているエドガーにロックが小声で言う。
「エ…エドガー。言いたかないけど、お前の弟って結構天然…」
「言わないでやってくれ…!」
 小声で必死に叫ぶエドガーにやや同情しつつロックは訊いた。
「お、おう。で、どうする? 特異点の説明、した方がいいか?」
「…ああ。頼む…俺は少し頭が痛い…」
 マッシュに説明してくれているロックの声を頭の片隅で聞きながら、エドガーは一人そっと息をついた。
 どうやら今のところ向こうの世界の彼女は無事のようだ。こちらの世界からでは何もしてやれないのが歯痒かったが、それは向こうの世界の自分自身に任せるしかない。今頃向こうの世界のナルシェで無事に合流できていればいいが。



 
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