novel

□Episode2(8)
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「あまり気にしないでくれ。本人は挨拶のつもりなんだ」
 笑顔で柔らかく話しかけてきたグレシアに、セリスが冷たい声で応じる。
「…砂漠の狐か」
 軽く息をついて真顔に戻ってからグレシアは言った。
「セリス将軍。あなたが私を狐と呼ぶなら、私もあなたを将軍と呼ばざるを得ない。だが今は、お互い肩書きのない一人の人間としてリターナーにいると思っているが、違うか?」
 相変わらず良く舌の動く狐だ。この口八丁手八丁の小賢しい軍師に何度帝国は煮え湯を飲まされてきたか。フィガロと正面をきって戦ったことは一度もなかったが、別の国と戦った時、裏で狐が暗躍していたことは将軍クラスなら誰でも知っている。証拠がないだけだ。追求しようとするたびにのらりくらりとかわされる。
 以前、エドガーと交渉してうまくしてやられた外交官があの男はお山の狸のように人を化かすのが得意な男だと表現していたが、この狐とて似たようなレベルだ。ただ城に堂々と腰を据えているか、陰でひっそりと暗躍しているかの違いであってどちらも人を化かすのに長けていることには違いない。
「では、グレシア王女。言っておくが私は慣れ合うつも…」
「呼ぶときは、グレシアと。言っただろう? 今は肩書きのない一人の人間だ。セリス」
 遮られた上に、なれ合うつもりはないと言っているのにこの呼び捨てである。完全にペースを持っていかれたまま、セリスが何とか言った。
「…グレシア。お前の兄といい…何故フィガロの人間は先日まで敵将だった人間とこうも分け隔てなく話せる? 先ほどのドマの将のような反応が普通だと思うが?」
 声を上げて笑ってからグレシアは言った。
「私はともかく、エド兄のアレはフィガロの標準じゃない。まぁ、それは別にいいとして。私はセリスに個人的な恨みは特にないからな。過去に戦場で命の取り合いをしたことと、今の状況を結びつけるものではないと思ってるよ。ただ、強いて言うならひとつ訊きたいことがある」
「なんだ?」
「何故、軍に志願した? 道具で無理やり操られていたティナはともかく、セリスは自分の意志で戦っていた。違うか?」
「…志願はしていない。私は幼い頃に、人工的に魔法の力をうえこまれた、帝国の人造魔導士だ」
「……ッ?!」
 一瞬にして凍り付いた顔になったグレシアに、セリスは続けた。
「元々は孤児だったらしい。軍に入る前の記憶はないが」
「…悪かった。…無神経なことを訊いた」
 低い声で謝っているグレシアの重い表情をしばらく眺めた後、セリスはほんの少し柔らかい口調で言った。
「謝る必要はない。私の為に、そんな悲しそうな顔をする必要もない。…だが、一応礼は言っておく。グレシア」
「セリス…」
「それに初めはどうであれ、結局私は自分の意志で戦っていた。そして自分の意志で帝国を抜けた。…私とお前の立場はもしかすると似ているのかもしれない。お前も生まれた時から自分の意志と関係なく立場を決められていた。もともと軍にも志願はしていないのだろう?」
 先ほどまでの重い表情を少し変えて、グレシアは真面目な顔で言った。
「それは違う。…確かに生まれは不自由だったかもしれないが、望めば自由はあった。父も兄も、それを許してくれる人だった。でも私は自分の意志で志願してこの道を選んだ」
「何故…?」
 軽く息をついてからグレシアは笑って言った。
「今までいろんな人からいろんなものを貰いっぱなしの人生だったからな。残りの人生、それを返して生きていくのも悪くないって…そう思っただけだ」
 切なく笑っているグレシアをしばらく黙った見つめた後、セリスは小さな声で言った。
「…あなたを狐と呼んだ非礼を詫びよう。グレシア、あなたの話が聞けて良かった。…共に戦えることを嬉しく思う」
「ああ。私もセリスとは馬が合いそうだ。今度、二人でゆっくりお茶でも飲もう。…て、これじゃさっきのエド兄と同じか」
 声を上げて笑っているグレシアに、軽く笑ってセリスが返す。
「残念だがあちらは遠慮させてもらおう。あの挨拶にはついていけん」
 今度こそ口元に手を当てて爆笑し始めてしまったグレシアに、つられるようにセリスが軽く笑う。不思議な気分だった。少なくとも帝国軍にいたころは、こんな風に笑う人に出会ったことはなかった。





「つまり、バナン様が谷の上に移動させた氷づけの幻獣を…」
 ぽん。と、地図を指さしてグレシアが続けた。
「このポイントで死守する」
「…広いな」
 真剣な顔で呟いたロックに、グレシアが笑顔で返した。
「そうでもない。あの谷なら視界が悪くて空襲される危険はないから、山を登ってくるルートだけを守れればいい」
「隊を分けて封鎖するのか?」
 淡々と話すセリス。カイエンは離れた場所で黙って目を閉じて腕を組んで聞いていた。軽く首を横に振ってからグレシアが言った。
「…人手が足りない。泥臭いやり方だけど、道を塞ごう。その…魔法、か。見たことがないからわからないけど、使えそうか? 無理なら機械で…」
「やる。…できると思う」
 力強く頷くティナに、軽く微笑んでグレシアは続けた。
「ありがとう。ならそこはティナに頼むよ。一本だけ、一番通りやすそうなルートをあえて一つ残す」
「そこにトラップだな」
 楽しそうに言うロックに同じような顔でグレシアが笑う。
「…頼む。でも、多分トラップで稼げる時間は短いと思うから、その後は…」
 エドガーが愛用の機械を出して楽しそうに笑う。
「ではその後は私の追加トラップで…」
「却下」
「本気にするな。………少し言ってみただけだろう」
「…半分本気だったくせに」
 半笑いのグレシアに、声を上げて笑ってからエドガーが言った。
「まぁ、グレシアに言われるまでもなく俺もこの寒さで設置式の機械トラップがまともに作動するとは思っていないさ。では、その後の足止め部隊は俺とグレシアとロックと…」
「…私」
 ティナの声に、ロックが明るく言い放つ。
「怪我すんなよ?」
「危なくなったらロックを弾除けとして使っていいってさ」
 楽しそうに笑うグレシアに、ロックが好戦的な笑顔で言い返す。
「お前は弾除けなしで頑張れよ、グレシア。俺が守ってやれるのは二人までだ」
 ニヤニヤ笑いながらエドガーが会話に割って入ってくる。
「ほう。ということはもう一人は誰かな?」
「要するに二股か…酷い男だな」
 エドガーと同じようなあくどい表情でグレシアにも言われてロックの怒鳴り声と複数人の笑い声が上がった。



 
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