novel

□Episode3(2)
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「グレシア…ッ!!」
 驚いているロックに四人分の紅茶をいれながら笑顔で返してやる。
「お邪魔してま〜す」
「お邪魔してます…て、お前いったいどうやって…ッ」
「…向こうのロックが協力してくれたおかげ…かな」
 小さな声で言ってやると、肩をすくめてロックがソファの適当な位置に腰かける。
「いつまでもそんなとこに立ってないで座ったら? …兄貴」
 ニヤニヤしながら言われて、ドアの前で立ち尽くしていたマッシュがバツが悪そうに頭を掻く。楽しそうに笑っているエドガーが座った二人に説明を始めて、紅茶を配り終えたグレシアがエドガーの横に座って話す。
「…魔列車も考えようによっては死にかけてたみたいなもんだし、この石を持っていれば私は向こうで何かあった時にいつでもこっちに逃げてこられるのかもしれない。けど……それはやっぱり駄目だと思う」
「なんでだよ?! 俺たちに迷惑かけるから〜とかまた言い出すんじゃねぇだろうな?」
 …読まれている。ロックの言い草に苦笑してから、グレシアは言った。
「それもなくはない。だけど、ごめん。やっぱりこういうのって卑怯だと思う。自分だけ死なない保証のある人間が、戦場に立つべきじゃない。みんなが命懸けで戦ってる時に、保険をかけて戦うような人間は仲間にいる資格がない」
「…っの…石頭…」
 苦々しくロックが呟く。
 マッシュが真剣な顔で言った。
「俺はわかる気がするぜ。グレシアの言ってること。しっかし…やっぱお前も兄貴の妹だな。変なところで損な性格してやがる…」
 軽く笑っているマッシュに呼応するように苦笑してからエドガーが口を開いた。
「…俺よりむしろ、親父にそっくりだ。見た目は母上によく似ているみたいだが」
 グレシアの顔をしばらく眺めてから、エドガーはきっぱりと言い放った。
「賛成しかねる」
「エド兄…ッ」
 エドガーがこういう言い方をするときは、何があっても考えを曲げないことをグレシアは良く知っていた。まっすぐな目でエドガーは続けた。
「生き延びる可能性を一つでも増やして戦場に立つのは当たり前の行為だ。身を守るのは卑怯ではない。それがどんな方法であれ、使えるものがあるのなら使うべきだ」
「……ッ」
 やはり世界は違えどエドガーはエドガーだ。一筋縄ではいかない。しかし、グレシアも引くわけにはいかなかった。
「これは盾や鎧で普通に身を守るのとはわけが違う…。こんな反則じみたやり方…ッ」
 ロックが苦い顔で二人のやり取りを聞いていた。マッシュは目を閉じて腕を組んでいた。静かな空間にエドガーの声が響く。
「グレシア。はっきり言うが、お前、それがなければこの前ドマで死んでいたんじゃないのか?」
「………ッ!!! それ…は…ッ」
「それでもお前はそこで自分も死ぬべきだったと言うのかもしれないな。ドマで他の者がそうなったように。だが、俺はその考えには同意できない。理由はわかるな?」
 あの時の…ドマで目が覚めた時のマッシュの顔は忘れられない。数年前、暗殺されかかった後に目が覚めた時のエドガーの顔も。
「………」
 完敗だった。やはりエドガーには勝てない。うつむいて黙っているグレシアに、マッシュが静かに言った。
「元の世界の兄貴や俺にも、もうこの事は相談したのか?」
 黙って首を横に振るグレシアに優しい声でマッシュが続ける。
「まぁ、訊かなくてもわかる。多分、今の兄貴と同じ答えが返ってくるぜ。なぁ、グレシア。フェアに戦いたいって気持ちは俺も立派だと思うよ。俺だって似たような考えだ。でもな、お前のこと思ってくれてる兄貴の言うことは、聞いた方がいい」
「………」
 ロックが静かに言った。
「お前、向こうじゃ結構やばい立場なんだろ? そっちでも帝国と開戦してるだろうからフィガロが弱い立場で交渉させられることはもうねぇと思うけど、俺も、お前がその石を持っててくれた方が安心できる」
 しばらく黙ってから、グレシアが小さな声で言った。
「……ありがとう。三人の気持ちは嬉しい。けど、そんな覚悟じゃどうしたって私は戦えそうにない…。私もはっきり言うよ。エド兄。たとえ行き来ができたとしても…最終的に私は自分が育った向こうの世界を選ぶ。こっちの世界のみんなに世話になったとしても…私はこっちで生きていくわけにはいかない」
 マッシュが静かにつぶやいた。
「…水くせぇな」
「マッシュ」
 エドガーにたしなめるように言われてマッシュが軽く笑って肩をすくめる。会話の流れがよくわかっていないグレシアに、エドガーが静かに言った。
「そんな当たり前のことはここにいる全員が初めからわかっている。だが、だからといってお前は他人じゃない」
「………」
「なら訊くが、お前が数年前俺を助けてくれたのは何故だ? 俺が死んでも、そっちの世界の俺に影響はないだろう?」
「それは…ッ! ……エド兄だから…どこの世界だって…エド兄が死ぬのは嫌だ…」
「…俺も同じ気持ちだ。お前があっちの世界で幸せになってくれれば、ただそれでいい」
 ロックが軽い口調で笑いながら言った。
「ま、俺もお前のこと嫌いじゃねぇしな」
「いいんじゃねぇか? 向こうの世界で生きていくんだろ? なら、こっちに来るような事態にならなきゃいいだけだ」
「……マッシュ兄…」
 呟いたグレシアにマッシュが言った。
「死ぬなよ。グレシア。向こうで生きるって言いきった以上、もう二度とこっちくんじゃねぇぞ? 死ぬ覚悟で戦うんじゃねぇ。何が何でも死なねぇ覚悟で戦え」
「………わかった……兄貴…」
 腕で顔をぬぐってから、顔を上げて言いきったグレシアの頭をぐしゃぐしゃと撫でてから、マッシュは言った。
「最後にまた会えて嬉しかったぜ。あん時は悪かったな。幽霊呼ばわりしちまって」
 言葉とは裏腹にひどく楽しそうに笑っているマッシュに、苦笑して返してやる。
「マッシュ兄のそういうとこ、昔から結構好きだったよ。私」
「そうか? そういわれると…」
「マッシュ…俺はそうは言わないからな」
 苦々しく笑っているエドガーに言われてマッシュが声を上げて笑い始める。
 エドガーがグレシアに言った。
「生き延びろ。死ぬ覚悟で戦うより、重い覚悟になるぞ。お前がこちらに戻ってこなければ、俺もマッシュも安心してお前の無事を信じていられる」
「エドガー。…俺も、なんだけど」
 ロックの声に声を上げて笑ってから、グレシアが明るい顔で言い放った。
「ありがとう。三人のためにも…もう、こっちにはこない…。本当にありがとう…」
 残りの時間、三人と前回できなかった話をたくさんして、笑う。あんな重い話をした後とは思えないほど、楽しかった。
 帰り際、抱きしめてくれたエドガーとマッシュに別れを告げて、ロックに笑顔でハイタッチして、城の地下から元の世界に戻る。元の地下の何もない空間で、グレシアは静かに息をついた。
 きっとこの隠し部屋に来ることももう二度とないだろう。
 これからは、この石を見るたびに今日のことを思い出すんだろうと思いながら、石を大切にしまう。

 クリスタルは、ただ静かにその光をたたえていた。




 
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