novel

□Episode3(5)
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 モンクの朝は早い。
 夜明けとともに起き、外で鍛錬を始める。
 いつものようにマッシュとガウと三人で朝の日課をこなしていたグレシアが見えないようにこっそりあくびをかみ殺した。
「…眠そうだな」
 半分笑いながらマッシュに訊かれて、慌ててグレシアが眠そうな顔を無理やりシャキッとさせて大きな声で返す。
「ぜ、全然ッ! 夜更かしなんてしてないでありますッ! 師匠ッ!!」
 今度こそマッシュが大きな声を上げて笑う。
「軍隊じゃねぇんだから…。ったく…夜更かしするなとは言わねぇけどよ。調子が落ちてる時は怪我しないように気をつけろよ」
「押忍ッ!!」
 三人でコーリンゲンの町を回って牛乳を配達する。流石はマッシュというか、随分と古典的な修行だ。最後に依頼を受けた店に戻って、店主がサービスしてくれた牛乳を三人で飲み干した。

「んじゃ、ここからは組手だッ!」
「おーッ!」
「がうーッ!」





「で、今にも倒れそうなほど眠い…と」
 楽しそうに笑っているエドガーと二人、昼間から宿の部屋で話す。
「エ…エド兄…今何時…?」
「…二時」
「嗚呼…あと…七時間…か」
 ベッドにどさっと倒れ込んだ妹のそばに腰かけて、エドガーが小さな声で言う。
「寝てもいいぞ? しばらくここにいてやる」
「…いや。だ、大丈夫。エド兄、城から連絡はあった?」
 例のベクタまでの交通手段の件だ。
 小さな声でエドガーが返した。
「船の件はまだだ。ただ、通常報告の方で面白いものがあったぞ」
「……珍しいな。エド兄がそんなに楽しそうに仕事の話をするなんて」
「はっはっは。これはいつもの執務とは少し違うさ。ジドールの南にオペラ劇場があるのは知ってるだろ?」
「覚えてる。前に連れてってくれたとこだ」
 身体を横にしてエドガーを見上げながら話すグレシアの髪をそっと撫でてエドガーは続けた。
「ああ。懐かしいな。あの劇場宛に脅迫が入ったらしい」
「劇場に脅迫…? 目的は? お金?」
「笑うなよ? それが、脅迫文に書かれていたのは…」

『おたくのマリア。ヨメさんにするから、さらいに行くぜ。さすらいのギャンブラー』

 二人分の楽しそうな笑い声が響く。仲良く二人で爆笑してしまってから、エドガーが続けた。
「諜報部からの報告によると、このさすらいのギャンブラーを名乗っている男が、あのセッツァーだそうだ」
 思わずベッドに両腕をついてガバッと上半身を起こしてグレシアが叫ぶ。
「世界に一台しかない飛空艇を持っているっていう…あのセッツァー?! 冗談だろ? こんな子供みたいな脅迫文を送ってくる男が…」
「……そう、だな。俺も最初はなりすましを疑ったが…事実らしい」
「エド兄、これってやっぱ本気なのかな…? 本気でオペラ女優を誘拐すると思う?」
「どうだろうな。脅迫文があまりにもお粗末…ああ、いや、シンプルすぎてどこまで本気かはわからん」
 至近距離でグレシアが真顔になってエドガーに言った。
「…捕まえたら、飛空艇…だよな? これ」
「まぁ、少なくともセッツァーは誘拐予告の脅迫状を劇場に送り付けているからな。誘拐の現場を押さえれば現行犯逮捕も可能だ。どさくさに紛れて飛空艇の押収もできなくはないだろう」
「ついでにエド兄の権限で司法取引してセッツァーを仲間に引き込んで飛空艇の操縦をしてもらえば…」
 あくどい顔になっているグレシアに、エドガーが下目遣いに薄く笑う。
「だが、人気オペラ女優を囮に使う気か? 劇場が許可してくれるとは思えん。おそらく騒ぎが収まるまで、公演自体が中止だろう」
「…もったいないな」
「ああ、実にもったいない」
 まったく同じ表情で唸る兄妹。





 しかし、夜になって二人で出かけていたロックとセリスが宿に帰ってくると、事態は思わぬ展開を迎えることになった。
「でさ、その人が言うにはセリスはオペラ女優のマリアに瓜二つらしいんだ」
 偶然、コーリンゲンの町に買い出しに来ていた劇団のスタッフと出会って、セリスが見間違えられたらしい。マッシュが感心した顔でロックに言った。
「へぇ…。確かにセリスはすっげぇ美人だもんな。そっくりの女優がいるってのも頷けるぜ」
 だろだろ? と、嬉しそうに話すロック。
 たまたまその場にいたエドガーとグレシアの声が重なった。
「それだ…ッ!」
 大きな声で同時に叫んだ二人に全員の視線が集まる。グレシアの短い説明が終わると同時に、ロックが言った。
「そうか…ッ! マリアをセリスとあらかじめすり替えておいて、セリスに囮になってもらえば…ッ」
「飛空艇で空から帝国に乗り込めるでござる」
 盛り上がる一同をよそに、真っ赤になったセリスが怒鳴る。
「そ、そんなッ! 私は元帝国将軍よ。そんなチャラチャラしたことできるわけがないでしょッ!!」
 数秒間。全員の無言の視線がセリスに集まる。
「………」
 次の瞬間、セリスが部屋に飛び込んで中から乱暴に鍵をかける音が響く。
「あー…あー…ラララー。らー…あ、うん。マ〜ァ〜リィ〜ア〜〜」
 中から聞こえてくる声に笑いだす一行。
「結構やる気だぜ? セリスは」
 ニヤニヤと笑っているロックに、セリスの部屋の戸を叩きながら大きな声で呼びかけるグレシア。
「セリスーッ!! セリスはマリアになるんだから、歌うならド〜ラ〜クゥ〜だよーッ!!」
 ほんのワンフレーズだったが、ロックが口笛を鳴らす。
「さっすが本業。上手いな」
 次の瞬間、ガチャッとドアが開いて、中から出てきた腕に乱暴に捕まってグレシアが部屋の中に引きずり込まれる。そして、再びカギのかかる音が響いた。
「ラララー」
「……ラララー」
 中から聞こえてくる二人分の歌声に更に笑い出す一同。
「早速準備だッ! セリスを大女優にしたてるぞッ!」
 ロックの掛け声に、おーッ! と返ってくる男たちの声。




 
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