novel

□Episode3(5)
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 そして、その日はやってきた。
「た…頼むぞ? ホントに大丈夫なんだろうな? いくら見た目が似ているからって素人にオペラなんて…」
 当然の不安を並べ立てているダンチョーに、グレシアが堂々と言い放つ。
「この短い期間で私が教えられるすべてをセリスに教え込んだ…。大丈夫。彼女なら……やれるッ!!」
 更に隣にいたロックが続けた。
「セリスもすっげぇ頑張って毎日練習してきたんだ。しかもグレシアが師匠だぜッ?! 本物のオペラ女優も真っ青だって」
「う、うーむ…」





 まだ唸っているダンチョーとグレシアを残してロックが楽屋へ行くと、セリスが一人で台本をチェックしていた。
「お前…こんなに綺麗だったっけ…?」
 思わず漏らした声に、綺麗に着飾ったセリスが振り向く。シンプルな淡い色のドレスに、金糸の髪が映える。普段の将軍としての姿からは想像もつかないほど美麗なその姿は、何も知らない人間がどこかの姫君だと聞かされれば迷いなく信じてしまいそうなほど。
「ロック…」
 それはもはや将軍だったころの低い声ではなく、透き通るような女性の声だった。
「あ…いや、悪い。邪魔しちまって」
 背を向けたロックに、セリスが訊いた。
「ロック。何故あの時、私を助けてくれたの?」
「好きになった女に何もしてやれずに失ってしまうのは…もうごめんなだけさ」
 セリスが好きだとはっきり告白した男に、しかし女は流されなかった。

「あの人のかわりなの? …私は」

 コーリンゲンの町でロックと共に訪れた一軒家の地下室で見た、永久に生前の姿で保管されている女性の遺体。…昔の恋人だと聞いたが。
 揺れる瞳で自分を見つめているセリスに、ロックは背中で言った。

「……似合うぜ。そのリボン」





 ロックが客席に行くと、真っ先に目に入ったのは、並んで仲良く公演を見ている金髪の三人組。
「お? 何で皆歌ってるんだ?」
 絶賛天然モード発動中のマッシュの隣でがっくりと項垂れて絶句しているエドガーに、その横で肩を震わせて必死に笑いをこらえているグレシア。
 家族の団らんを邪魔する気にもなれず、近くに座っていたカイエンとガウの横の席に座る。
「セッツァー、ホントに来るかな?」
 ロックが小声で話しかけると、ガウを挟んで更にその横から、同じくらいの小声でカイエンが返した。
「…来なければ、明日からの公演もセリス殿が出なければならないでござる…。存外、根気のいる戦になるやもしれ…」
 カイエンが言い終えようとした瞬間だった。
 舞台袖から出てきたセリスがスポットライトを浴びて高らかに歌い始める。
「セリス…」
 呟いたロックの声が流れるような歌声に溶けて消えていく。セリスが本来持つ繊細さと優しさと力強さのこもった歌声が、劇場に響く。
 発声や歌い方などの基礎はグレシアが教えたものの、付け焼刃の修行で身に着けたため決して技術は高くなかった。それでも、それは聴く者の心に響く、暖かい歌声。
「セリス…すごいな」
 セリスの歌が終わると同時に頭上から声がしてロックが顔を上げると、グレシアが笑顔でロックの横に座った。
「お前のおかげだろ」
 苦笑して小声で言うロックに、グレシアが真面目な顔で微笑んで言った。
「…ロックのおかげだったりして」
「俺の? なんでだよ…?」
「あれは…恋してる顔だ」
「な…ッ、なんで俺がセリスに好きだって言ったこと知って…ッ」
 楽しそうにグレシアは続けた。
「ドラクゥに、かもしれないけど。心の底から演じきってる…とか」
 ニヤニヤしているグレシアに、かまをかけられたことを知ってロックが赤くなりながら小さな声で叫ぶ。
「お前…ッ。いつから気づいて…ッ」
 グレシアの小さな声がした。
「…ま、ティナのことが気にならないって言ったら嘘になるけど。友達として、ロックが前に進めそうなのは嬉しいよ。…おめでとう、ロック」
 笑っているグレシアにロックが赤い顔のままで恥ずかしそうに笑って返す。
「んだよ…、ったく。……さんきゅ。グレシア」
 嬉しそうに笑っているグレシアに、ロックが少し迷ってから小さな声で言った。
「グレシア…お前もいい加減さ…」
 前に進んでみたら、とはどうしても言えなかった。聞こえているのかいないのか、ロックから視線を外して空虚な目で舞台を見つめているグレシアにロックが言葉を失っていると、グレシアが小さな声で叫んだ。
「……きた…ッ」
「…ッ?!」
 舞踏会のシーンで舞台上に突然現れた銀髪の男が声高に叫ぶ。
「素晴らしいショーだったぜッ!」
 どこからともなく客たちの叫ぶ声がする。
「セッツァーだッ!!」
 途端にパニックになる客席。舞台上のセッツァーは芝居がかった声でセリスを抱いて続けた。
「約束通りマリアはもらっていくぜッ!」
「あーーれぇーーーー」
 わざとらしいセリスの叫び声が響いて、二人が空へと消えていく。
「追うぞッ!」
 エドガーの叫び声と共に、全員が劇場の外へと走り出した。





 セリスの手引きで手筈通り近くに着陸した飛空艇に忍び込み、セッツァーとの取引が始まった。初めはセリスがマリアでないと知って拗ねていたセッツァーだったが、セリスの根気強い説得によって、とんでもない賭けを持ち出した。
「よく見ればあんた。マリアよりも綺麗だな」
「え…?」
「決めたッ! あんたが……セリスが俺の女になる。だったら手を貸そう。…それが条件だ」
 怒鳴ったのはロックだった。
「待てッ!! そんな勝手なこと…ッ!」
「…わかったわ」
「セリスッ!!」
 叫んでいるロックを素通りして、セリスがエドガーに上目遣いで言った。
「…コインを、貸してもらってもいいかしら? あいにく、今手持ちがないの」
「…………」
 ほんの一瞬。無言でセリスの目を見下ろしてから、エドガーは諦めたような顔で懐に手を入れた。
「…使え。俺の宝物だ」
 エドガーから渡されたコインを持ってセリスがセッツァーに言った。
「このコインで勝負しましょう。もし表が出たら私達に協力する。裏が出たらあなたの女になるわ。いいでしょ? ね、ギャンブラーさん?」
 エドガーがそっと顔を背ける。

 セリスが高々とコインを投げた。





 


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