novel

□Episode3(6)
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 星の少ない夜空を飛空艇が飛ぶ。
 雲の多い日だった。
「兄貴…」
 二人きりの個室のテーブルで、グラスに酒を注ぎながらマッシュが苦笑する。
 窓の外を眺めていたエドガーが呟いた。
「…わかってる。さっきの件だろ?」
 わかっていると言いながら一度もこちらを見ようとしないエドガーの背中に、椅子に座っているマッシュが言った。
「いや、その話はもういい。…ただ、俺にも新しい宝物ができたってだけの話だ」
「…そうか」
 ようやく対面に腰かけてくれたエドガーのグラスにも酒を注いでやる。少し溶けかけていた氷が気持ちのいい音を立ててグラスの中で転がった。
「で、このまま飛んで明日にはベクタか…」
「ああ。といっても俺たちはここで待機だ」
「兄貴、心配なら俺が行ってもいいぜ?」
 魔導研究所に入るメンバーを決めた時、実はマッシュがずっとエドガーの方を睨んでいたことは知っていた。
「行くのがグレシアでもお前でも俺にとっては同じことだ」
「俺はむしろ兄貴が自分で行くって言いだすんじゃないかと思ってたけどな」
「…思っていたさ」
「へ…?」
 思わず間の抜けた声を出して固まるマッシュ。窓の方を見ながら拗ねた声でエドガーが言った。
「……グレシアに先を越されただけだ」
 マッシュの大きな笑い声が飛空艇に響き渡る。涙目になりながらかなり長い間笑ってからマッシュは言った。
「あれもいっそコインで決めりゃよかったな」
「その手があったか…ッ!」
 叫ぶエドガーにさらに笑い出すマッシュ。
「ったく。兄貴のその顔をみんなに見せてやりたいぜ」
 絶対に身内以外には見せない顔だ。
「…既に酷い顔を見せてしまったがな。…あの時は」
 あの冷たい顔は、エドガー自身でさえ嫌いだ。
「………ま、大丈夫だろ。なんかあった時の為に…俺がいる。もう兄貴一人で全部悩んで選択して決めなくていい」
 もう一つ。身内にしか見せない顔でエドガーが笑った。





 マッシュの笑い声が別の部屋から壁越しに聞こえてきて、セッツァーが顔をしかめる。
「…集中できないな」
 言いながら投げたダーツの矢は綺麗にトリプルの60点へと吸い込まれていく。
「て、言いながら外さないのがな…」
 交代してグレシアが立って小さな矢を構える。
「ふ…当たり前だ」
 息をついて顔を上げると、グレシアの放った矢が三本ともリズミカルに同じ場所へ吸い込まれていく。
「これでは勝負がつかんな」
 余裕の表情でセッツァーが笑う。これでいったい何ゲーム目だったか。何ゲームやっても両者の点数は同じだった。
「…いや、私はそろそろ我慢の限界だ。セッツァー、あんた強いよ。…私だってチェスとダーツじゃ負けたことないのに」
「フィガロでは、だろ?」
 笑っている男に、読めない表情で笑い返してグレシアがコインを投げた。
「ああ。世界は広いな。…今日は私の負けでいい」
 グレシアが投げたギルをぱしっと片手で受け取ったセッツァーが、部屋を出ようとしているグレシアの背中に言った。
「あんた、どっちかって言うと女に惚れられるタイプの女だろ?」
「…なんだそれ?」
 怪訝そうな顔で振り向いたグレシアにセッツァーが格好をつけて言い放った。
「どうだ? 今度はギルじゃなく俺の女になるかどうかを賭けて勝負しないか?」
 キラン。背景に薔薇が咲いている男に、半眼の女が淡々と言い返す。
「………私が勝ったらお前が裸で砂漠を十周してくれるならやってもいい」
 パタン…と、ドアの閉まる乾いた音だけが響いた。





 セッツァーの話を聞いて腹を抱えて笑いながら、半分酔ったロックがひらひらと片手を振った。
「やめとけやめとけ。お前じゃグレシアは無理だって」
「他人にそう言われて退いていては男が廃る。なかなかいい女じゃないか」
「…だから、無理だっつの」
 珍しくかなり回っているのか、ほんのり赤い顔をしているロックにセッツァーが自分のグラスに酒を注ぎながら言った。
「さてはお前自身が昔ふられでもしたか?」
「…いや、俺そもそも同い年以上は無理だから」
「何…?」
「あいつと俺、同い年だからさ。グレシアがあと五年遅く生まれてくれてたらとっくに惚れてたと思うけど。ま、やっぱ理想は五つ以上年下だよなぁ…」
 酔った勢いで普段は口にしないことまで滑り出てしまっているロック。セッツァーが呆れた声で返した。
「なんてくだらねぇ理想だ。年齢なんかで女の価値が…」
 その続きを言う前に、部屋の入り口から声がした。
「年齢が、どうしたの?」
 ぶっとロックが飲んでいた酒を吹き出す。
「セリス…ッ、ね、寝たんじゃなかったのか?」
「…眠れなくて、少し夜風に当たろうかと思って」
「そ、そっか。身体冷やしすぎて風邪、ひくなよ」
 しかし、セリスはロックの隣の椅子に座って、ロックを挟んで向こう側に座っているセッツァーに訊いた。
「何の話だったの?」
 苦い顔をしているロックに軽く笑ってから、セッツァーは適当にはぐらかしてくれた。
「恋人の理想のタイプについて、だ。どうやら、この兄さんはあんたに惚れてるらしいな」
 とたんに真っ赤になってしまったセリスに、ロックが言った。
「悪いかよ。なぁセリス、ついさっきまでセリスを口説いてたくせに、同じ日の夜にグレシアまで口説こうとしたんだぜ、こいつ」
 くすっと笑ってセリスが言った。
「エドガーさんとどちらが上かしらね」
「で、グレシアは今はフリーなのか?」
 何故かロックに訊いてくる男にロックが怒鳴り返した。
「だから、諦めろってッ! グレシアは身長180センチ未満の男には興味ねぇんだよ。つまり、お前も俺も最初っからアウトってことッ!」
「え…?」
 目が点になるセリスとセッツァー。思わず周囲を確認してから小声でロックは続けた。
「俺がばらしたって言うなよ? 何故か昔から俳優とか歌手とかでそういう話になった時にあいつがカッコいいって言いだす男は全員180超えてんだよ。顔はバラバラだから多分関係ねぇ。ついでに言うと自分より馬鹿な男もまずアウトだ。現に昔あいつが付き合ってた男は身長180センチ半ばくらいのすげぇ頭の切れる奴だったしな」
 …ただし、サイコパスだったが。
 最後の部分は言わずにおいたロックに、セリスが小さな声で言った。
「…待って…もしかして、フィガロの前の王様って背が高かったんじゃない?」
「あ、ああ。そういやそうだな。セリス、知ってたのか?」
「いいえ。でも、わかるわ。だって、エドガーさんもマッシュもあの長身でしょ?」
 遺伝の可能性を考えれば当然の話だった。
 セリスは続けた。
「女の子はお父さんやお兄さんに似た人を好きになりやすいってよく聞くけど…」
 乾いた声でセッツァーが呟く。
「まさか…」
「……わっかり安…ッ」





 くしゅ…ッ。デッキで歌っていたグレシアがハープを片手にもう片方の手で口元を覆う。
 そっと背中から肩に毛布を掛けてやりながら、カイエンが穏やかな顔で笑った。
「少し、冷えてきたでござるな」
「ありがとう。そろそろ寝るか」
 笑い合いながら、二人が飛空艇の中へと消えていく。その背後から、雲が切れて細い月が飛空艇を照らしていた。




 
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