novel

□Episode3(8)
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 不時着した飛空艇の中で、エドガーが全員の顔を確認してから話し出した。
「…昨日、封魔壁から出た幻獣たちは仲間を取り戻すためにベクタの魔導研究所を強襲したらしい」
「でも、幻獣たちはもう…」
 苦い顔で言ったティナに頷いてから、エドガーが無表情に続けた。
「仲間を皆殺しにされたと知った彼らは、ベクタの町を破壊した」
「……………」
 全員の顔色がなかった。
 敵国とはいえ、罪のない一般人が犠牲になったことを喜ぶ人間はここにはいない。
 一切の感情を顔に出さずにエドガーは淡々と続けた。
「……先ほど、ガストラ帝国からフィガロへ正式な和平交渉依頼が入った」
「…じいや達は?」
 エドガーと同じ無表情に訊いたグレシアの顔を見ずに、虚空を眺めてエドガーが答える。
「当然、肯定的な反応だったさ。…元々戦力差ではこちらが不利な状態で始めた戦争だ。血を流さずに終戦できるなら肯定しないはずがない」
 ロックが小さな声で訊いた。
「ということは…?」
 全員がエドガーの返事を待っていた。
 エドガーは低い声で言った。
「…俺は俺の意思に関係なくフィガロ国王として交渉の席につかなければならない。今の状況で俺が一人でじいや達に抵抗しても無駄だ」
 ティナが少し明るい声で言った。
「…でも、戦争が終わるのはいいこと…なんでしょ? 帝国はもう戦わないってこと…よね?」
「だ、だよな? 今のこの状況なら帝国とフィガロは平等以上の条件で和平を結べるかもしれねぇし。いい話なんじゃ…ねぇのか?」
 不思議な空気の重さをはねのける様にロックがティナをフォローする。が、エドガーとグレシアはもちろん、マッシュでさえ表情は硬かった。
「兄貴……。俺が一緒に抵抗してもダメか?」
 マッシュの顔を見てからエドガーが言う。
「…前に話した通り、十年前にお前が放棄した身分はこの前城に戻った時に俺の権限で復権させた。お前には黙っていたが、元々、除籍はしていない。今はお前の意思でいつでも権力の行使そのものは可能だ。…だが、それでも抵抗は無意味だ。今回は向こうの言い分に筋が通っている」
「現時点では、だろ? ドマがどうなったかみんなに教えてやりゃ少しは考えが…」
「変わるとは思えんな。マッシュ、お前はじいや達の頭の固さを舐めている。大体、開戦を決めた時ですら…」
 まだ何か話しているマッシュとエドガーを無表情に見ていたグレシアに、セッツァーが訊いた。
「なぁ、グレシア。説明してくれないか? 俺にはどうもその手の話はよくわからん。一体お前の兄貴達は何を話しているんだ?」
 他のメンバーも同じような顔でグレシアを見ていた。彼女は少し表情をいつもの柔らかさに戻して話し始めた。
「…ごめん、ちゃんとわかるように話さないとな。結論から言うと、私も兄貴達も、帝国が本気で和平を考えてるとは思ってないんだ。今までが今までだし、仮に帝国が幻獣から受けたダメージが建前じゃなく本当に深刻なものだったとしても、それを理由に和平交渉ってことはつまり、和平を結ぶふりをして一時停戦しておいて、国力が回復したところで侵攻再開って意味でしかない。戦況が有利なこの局面で帝国を完全に倒してしまわずに終戦しても結局本当の意味で戦争は終わらないし、戦略的にはむしろこちらの不利でしかない。そもそも、帝国との戦争に幻獣の力を借りようとしていたのは私たちだし、この展開は予想していなかったにせよ、この戦争にはこのまま勝ってしまわないとまずいんだ」
 頷きながら聞き入っていたセッツァーが再び訊いた。
「なら、交渉決裂でいいじゃねぇか。国王はエドガーなんだろ? エドガーがノーと言えば済む話じゃねぇのか?」
「…ことはそう単純じゃない。エド兄だって辛いんだよ。本当はフィガロのみんなは戦争なんて望んじゃいない。他の国が侵略されても、フィガロは帝国とは同盟関係だから安心だってみんな思っていたかったんだよ…。だから今回の戦争だってフィガロ城が帝国軍に攻撃されてようやく始まったくらいだ。それでも今回の開戦にみんなが反対しなかったのは、やっぱりみんな帝国が怖いから。帝国に支配された国がどうなったかみんなだって知らないわけじゃない。だからみんな自分たちの国を守るために攻めてきた帝国と戦おうって事でエド兄についてきてくれてるんだよ。そんな状況であの帝国と平等の条件で和平条約が締結できるなんて話を聞いたらどう思うと思う?」
 乾いた声でロックが言った。
「………和平条約バンザーイ…」
 ふぅ…と、息をついてグレシアが言った。
「今の時点で『それだと結局将来殺されるからみんな騙されちゃだめだよ』って王族三人で言ったところで国民も大臣達も納得しないどころか、逆に私たちを説得しようとしてくるよ、きっと」
 カイエンが静かに言った。
「さっきマッシュ殿が言っていた『ドマがどうなったか』という言葉は、そういう意味でござったか…」
「とにかく交渉の席につくしかない以上、最悪の場合まで想定して動かないとまずい」
「最悪の場合って…?」
 心配そうに聞いたティナに、グレシアが言葉を選ぶのに困っていると、エドガーの固い声が飛んできた。
「…最悪、交渉自体が罠で誰一人生きて帰れない可能性もある」
「…だな」
 エドガーと全く同じ表情で頷いた後、マッシュが続けた。
「とりあえず、グレシア。お前は国へ…」
「帰らないからな」
 即答だった。
「…………」
 苦笑してエドガーが言う。
「言って素直に帰ってくれるなら俺もそう言いたいさ。まぁ実際問題として、参謀としてグレシアがいてくれた方が俺は助かる」
「兄貴…」
 渋い顔でこちらを見ているマッシュにエドガーがいつもの笑顔で返した。
「護衛してくれる人間がいなければ命令してでも帰らせたさ。だろ?」
 肩をすくめて苦笑してるマッシュに、グレシアが納得していない顔で言った。
「いや、私じゃなくてエド兄の護衛してよ。国王なんだから」
 マッシュが何か言い返す前に、大きな声でロックが割り込んだ。
「ったくしゃーねぇな…ッ。んじゃ、俺ら全員でお前らの護衛すっから、その代わり交渉は任せたぜ? お前らの会話聞−てっと頭痛くなってきやがる…」
 ロックと同じような顔でセッツァーが言った。
「だな。ま、俺はブラックジャック号の修理に戻る。やばくなったら逃げて来いよ。飛ばせるようにしといてやる」





 それぞれ準備に散った後、飛空艇を修理しているセッツァーに背後からロックが訊いた。
「で、お前は一緒に行ってグレシアを守ってやらなくていいのか?」
「……もうとっくに諦めたよ。ハードルが高すぎる」
 苦笑してロックが壁に背を預けたまま腕を組んだ。
「確かにマッシュとエドガーを倒すのは骨が折れるってか、無理だよな普通。しかもその後で文通から始めろって何時代だよ…」
「たとえそこまでやったところで身長制限に引っかかるってんじゃ、理不尽にもほどがある」
 ロックの爆笑が狭い通路に木霊した。
「そりゃそうだ。…身長制限クリアしてグレシア並みに頭良くてあの二人を倒せる男…なぁ」
 そんな男が果たして世界にいるのだろうか。
 ロックの小さなつぶやきが薄暗い通路に響いた。

「グレシア…まじで一生エドガーの手元にいるかもな」





 
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