novel

□Episode3(9)
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 ベクタの南にあるアルブルグの港で、ガストラが手配してくれたアーマー運搬船で大三角島に向かうことになっていた。幻獣たちはこの島のどこかに飛び去ったところを目撃されたのを最後に、姿を現さなくなっている。
 飛空艇で待機しているセッツァーやカイエン、ガウに状況を報告して、ロックとティナとグレシアが三人でアルブルグに向かう。
 ベクタでまだ仕事が残っているエドガーを一人で残していくわけにはいかず、マッシュはエドガーの護衛のためにベクタに残った。
 アルブルグで合流したレオ将軍は、評判通りの人柄だった。
「将軍レオでございます。よろしく」
「フィガロのグレシアです」
「あなたが……ッ?!」
 目に見えて取り乱してしまっているレオにグレシアが驚いて目を丸くする。
「え…ええ。まぁ…」
「い、いえ。失礼しました。まさかあの砂漠の狐がこんな可憐な…い、いやッ! これはとんだ失礼を…ッ」
 真っ赤になって慌てているレオに、グレシアの背後でロックが小さな声でティナに囁く。
「…大丈夫なのか? あいつ」
「…う、うーん…」
 苦笑しながらグレシアが返す。
「私もまさか帝国のレオ将軍と作戦行動を共にする日がこようとは思いませんでした。…お互い戦場では色々ありましたが、今こうして戦場以外の場で顔を合わせることができたことを嬉しく思います」
 エドガーそっくりの営業スマイルだった。ロックが心の中で半眼になっているとも知らず、まだ紅潮した顔のままレオが返した。
「俺も…あ、いえ、私もあなたと…グレシア王女とこうした形でお会いできて…こ、光栄であります」
 ダメだこりゃ。ロックが胸中で呟いた瞬間だった。
「では、私の同行者を紹介します。私と同行するのは帝国の将軍一人と街で雇った男が一人…」
 見覚えのある黒ずくめが出てきて、低い声で呟いた。
「………シャドウだ」
「よろしく」
 何食わぬ顔で挨拶するグレシアの顔を一瞥した後、シャドウはさっさとどこかへ消えて行った。そして、その後から出てきた人間も…見覚えのある人物だった。
「彼女はセリス将軍。帝国でも評判の良将です」
 レオの言葉が半分以上耳に入っていなかった。ロックが思わず切ない顔で叫ぶ。
「セリス……ッ」
「…………」
 セリスはロックを見なかった。
 思わず顔を伏せてしまったロックに、レオが訊く。
「どうかしたのか?」
「いえ……」
 なんとかロックがそれだけ返すと、レオがロックに言った。
「出港は明日だ。君達のために宿をとっておいた。今日はゆっくり休んでくれ」
 そしてグレシアの方を振り返って一言。
「グレシア王女…その…もしよろしければ…今夜、夕食でも…」





 レオがとってくれた宿の部屋でどさっとベッドに倒れ込んでグレシアが嬉しそうに呟いた。
「セリス…元気そうでよかった」
「ああ…。そうだな」
 対面のベッドに腰かけてロックが続ける。
「………やっぱ…無視されても仕方ねぇよな…俺」
「旅の間ずっとってことはないんじゃない? ちゃんと話せる機会もあるよ。きっと」
 苦笑して言ったグレシアに頷いてティナがロックに言った。
「ロックならきっと…大丈夫」
 少し珍しい表情で笑って二人に礼を言ってから、ロックが訊いた。
「ところでグレシア。夕飯、ホントにあいつと食うのか?」
 グレシアの笑い声がした。
「そこまで馬鹿じゃないよ。『またの機会に』させてもらった」
「どうして? レオ将軍、グレシアのこと気に入ってたみたいだけど…」
 グレシアが寝そべっているベッドに腰かけているティナに、グレシアがごろっと身体を反転させてティナの顔を見上げて笑いながら言う。
「違うって。噂じゃ裏表のない良将だったけど、実際そうでもなかったって話だと思う。証拠があるわけじゃないけど、私に言い寄ってきてる時点で黒確定だと思うよ」
 ロックが真顔で返した。
「…ホントにそう思うのか?」
「どういう意味?」
 本当にわかっていない顔で訊き返しているグレシアに、ロックが真剣な顔で続けた。
「お前にしちゃ推理が強引すぎるだろって言ってんだ。なんっつーか…そりゃ俺はエドガーやお前みたく理屈で完璧に説明すんのは無理だけど、あいつ、嘘ついてる感じじゃなかったぜ? なんか…本気でお前に惚れてるみたいだった…」
 しかし、グレシアは暗い眼で言った。
「…世の中には、本気で惚れてるような言葉を平然と吐く嘘つきだって…いるんだよ。愛してるなんて、誰だって簡単に言える」
「愛……」
 呟いたティナの言葉は聞こえなかったのか、ロックが強い口調で返した。
「本当に愛してる相手にしか言わないやつだっているッ! お前だってそうだろ? そりゃ俺だってお前が男を警戒すんのは当然だと思うよ。この状況で相手が帝国の将軍じゃそりゃ怪しく見えても仕方ねぇ…ッ。あれ? 何言いたかったんだっけ? 俺。…ああ、そうだッ! でもレオが本気でお前に一目惚れしてる可能性だって普通にあるだろ? その時点で黒確定なんてお前ちょっとおかしいぞ? あいつだって人間なんだ。…誰かに惚れることがあったって普通だ…それ疑われるなんて…見てて気持ちのいいもんじゃねぇ…」
「………ッ! ………ごめん。失言だった…。ちょっと、頭冷やしてくる」
 言い捨てて出て行ってしまったグレシアを見送ってから、ティナがロックに言った。
「ロック…。グレシア、傷ついてた」
「…悪ぃ。つい相手がグレシアだとお前やセリスと違って男相手みたくきつい言い方しちまう…。ティナは知らないと思うけど、昔、あいつに言い寄ってきた男に酷いのがいてさ。酷い目にあったせいでまだ愛情とかそういうの、素直に信じられねぇんだ。…ティナ。グレシアについて行ってやってくれないか? 今あいつを一人にしとくのはまずい。ホントは俺が行きたいけど…今はちょっと気まずい…」
「……うん。わかった」
 パタン…と、ティナが出て行ってドアの閉まる音が響いて、一人残されたロックがベッドに仰向けに倒れ込む。そもそも、レオを疑ったグレシアを責める資格なんて今の自分にあったのだろうか。
「セリス……」
 ただ人を一途に愛して信じていたくても、それがどれだけ難しいことか。
 セリスに一言愛しているとだけ伝えられれば、どれほど楽になれるか。
 たったそれだけのことが、ひどく遠いことのように感じられた。





 
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