novel

□Episode4(1)
1ページ/2ページ





 順調に航海が進むアーマー運搬船の上で、レオとグレシアが話していた。
「この天候なら、明日には大三角島に着けるだろう。ところで、その…グレシア王女、昨日のことなのだが」
「何?」
 苦笑しながらグレシアが訊き返す。
 説得の末、敬語はなんとかやめてもらえたものの、王女呼ばわりだけはやめてもらえなかった。結局、グレシアもレオ将軍と呼んでいる。
「いや、不躾に誘ったことを…謝ろうかと。俺としたことが、あのような軟派な真似をしてしまったこと、後悔している」
 この言葉をどこかの兄上に聞かせてやりたいものだ…と、胸中呟いているグレシアにレオは続けた。
「今日普通に俺と話をしてくれて正直少し安心した」
 いつもの固い表情を崩して少し恥ずかしそうに笑っているレオに、グレシアが笑顔で言った。
「いや、無礼だったのは私の方だ。レオ将軍は何も気にしなくていい。それより、この船は帝国の…」
「名の通り、魔導アーマーを運搬するときに主に使われている船だ。動力は…」
 話している二人から少し離れたところで見守っているロックの背後で声がした。
「ロック…昨日は…私…」
 セリスの声にロックが振り向かずに硬い声で返す。
「悪いな。仕事中だ」
「仕事?」
「グレシアの護衛。流石に帝国の将軍と二人っきりにさせとくわけにはいかないからな」
「そう…」
 セリスが黙って目を伏せていると、ロックが動いた。
「あ………」
「…悪い。そこにいられると集中できねぇ」
 背中で言ってそのまま去っていってしまったロックに何も言えず、ただただセリスは床ばかり眺めていた。





 珍しく楽しそうに笑うレオの声が響く。
「それで魔導アーマーに乗ったことがあるのか」
「ああ。戦闘するわけじゃなければあれに乗るのは楽しかったよ。勝手に奪って乗ってしまって言うのは悪いけど」
「いや、実は俺もあれに乗るのは好きでね。たまに兵に無理を言って訓練と称して乗らせてもらっている」
 いつの間にか、グレシアとレオの会話に笑い声が絶えなくなっていた。元々戦場で何度か戦った仲だ。それも相手をお互い将として尊敬しあっていたから、妙な警戒さえしなければ打ち解けるのは早かった。レオは若くして常勝の将軍として実力で出世しただけあって頭の回転も速く、かつ何よりすべてのことにかけて正直で誠実な男だった。流石に互いの国の内部情報は何も話せなかったが、話しても問題のない戦術のこと、世界のこと、果ては趣味に至るまで、何でも話せた。
「…音楽鑑賞?」
「ああ。意外だったか?」
 笑っているレオに苦笑してグレシアが言った。
「…少し。なら、もしかして私のことは…」
「風の噂には聞いていた。フィガロの歌姫。だが、流石に帝国将軍の俺がノコノコとフィガロまでコンサートに行くわけにもいかん」
 声を上げて笑いながらグレシアが返す。
「事実上はどうあれ、一応同盟国だったんだから、来てくれてもよかったのに」
 なんなら、次回は招待しようか? と笑っているグレシアにレオが楽しそうに笑って返す。
「次回…というと、君の兄上の即位十周年記念コンサートかな?」
「……あ、ああ。やるの…かな。やるかもな。エド兄なら…」
 …やるとしても五年前の衣装は絶対に着ないつもりだが。
「それは楽しそうだ。君が招待してくれるなら、是非参加したいな。…世界が平和になった後で」
「ああ…。そういえば、国に家族はいるのか?」
「両親は既に他界した。国に待ってくれている恋人がいるわけでもない。気楽な身分だ」
「そうか…女性からは好かれそうだが…意外だ」
 悪意なく本気で不思議そうな顔をしているグレシアに、少し笑ってからレオが答えた。
「何度か好意を寄せられたことはあるが、断らせてもらった」
「好みじゃなかったとか?」
「いや、俺のようないつ戦場で死ぬとも限らない人間が結婚して家族を作ってしまって良いものかと、気になってしまってな」
「け、結婚…ッ?!」
 遊びで付き合うという感覚はどうやらこの男にはないらしい。エドガーを見て育ったグレシアには考えられないことだった。声をひっくり返してしまっているグレシアに、頷いてさも当然のようにレオは続けた。
「俺は女性と付き合うとは、相手の人生まで考え、必ず幸せにするという責任と覚悟を持つことだと思っている。それを考えると、戦場に立つうちはやはり………ん? どうした?」
 テーブルの上にがっくりと突っ伏しているグレシアをレオが訝しがっていると、やがて、グレシアの肩が静かに震え始めた。
「グレシア王女?」
 ガバッと顔を上げて口元に手を当てて楽しそうに笑ってから、グレシアは嬉しそうな声ではっきりと言った。
「いや、レオ将軍。あなたは誠実な人だ。失礼。私の周りに今まであなたのような男性がいなかったものだから…つい」
「………」
 グレシアの笑顔に見惚れてしまっているレオには全く気付かずに、グレシアは一人で続けた。
「でも、それを聞いてあなたには是非素敵な人を見つけて幸せになってもらいたいと思えたよ」
「何故だ?」
「もしそんな人ができたら、たとえどんな苦しい戦場にいてもあなたは絶対に死なないはずだから」
 絶句しているレオに彼女はとどめを刺した。
「あなたのような男性は貴重だ。せっかく私にもいい友人が増えたんだ。…あなたには生きていて欲しい」
 その笑顔が今まで見てきたどんな女性よりも美しくて。生きている女性を初めて見たような、そんな気さえした。その後はもう、何を話したかさえ覚えていない。男にとってそれは、夢のようにあっという間に過ぎた時間だった。






 
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ