novel

□Episode4(3)
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 ストラゴスの家に甘い匂いが充満していた。
「すごいすごーいッ! リルムにも作り方教えて〜」
 すっかり元気になったリルムが目を覚ましたのが今朝のこと。
 たまたま手が空いていたセリスやティナやグレシアと遊びまくって、ついでにシャドウが連れていた犬とも遊びまくって、それでも足りなかったのか彼女は更にグレシアと遊び続けた。次はあれをして遊んで、その次はこれをして遊んでと言い続けるリルムにずっとグレシアは付き合ってくれた。あまりに優しすぎて、リルムがわざと怒らせるようなことを言っても全部笑って流してくれるグレシアについ意地の悪い気分になってきて、「リルム、お腹すいた。卵ふわふわのメイプルシロップのパンケーキが食べたいなぁ〜」と無茶苦茶なことを言ってみたら本当に作ってくれた。
「私も作り方教えてもらってもいい?」
 子供みたいな顔でグレシアに訊いてくるティナに笑って、何か言いたそうにこちらを見ていたセリスも誘って、リルムと一緒に四人で厨房に入って作り方を教えてやる。狭い厨房でわいわい言いながら女四人でケーキを作るのは本当に楽しかった。





 夜になって、大量に作ってしまったパンケーキを準備作業から戻ってきたみんなに振舞う。うまいうまいと連呼しながらセリスとティナの作ったパンケーキを食べまくるロックと、リルムの作ったパンケーキを感動して泣きながら食べているストラゴスの後ろで、そっとグレシアがテーブルに皿を置いた。
「…俺に?」
 驚いた顔をしているレオに、くすっと笑ってグレシアがレオの対面に座った。
「甘いものは好きだって前に船で言ってたから。私が作ったものでよければ」
 少し赤い顔でグレシアに礼を言って食べているレオに訊く。
「なぁ…ガストラ皇帝ってどんな人?」
 グレシアの顔を見てレオは少し誇らしげに答えた。
「俺が生まれた国を世界一強大な国家へと変えたお方だ。それまで帝国ではどんなに優れた実力を持っていても血筋が良くなければ決して出世はできなかったらしいが、あの方は平民の出自の俺を取り立ててくださった。それも、決して恩を着せることなく、実力にふさわしい扱いをしているだけだとおっしゃってな。一昔前までは平民が騎士として皇帝に仕えるなど、夢のまた夢だった。ガストラ皇帝は、俺に騎士としての名誉と誇りをくださったお方だ」
 レオの声に交じって、フォークとナイフの音が響く。グレシアがそっと笑って、言った。
「…そっか」
 次の瞬間、ぴたっとナイフを動かす手を止めて、レオが言った。
「すまない。うっかりしていた。君にとってはその…お父上の…仇だったな。…俺としたことが…」
 目に見えてうろたえているレオに苦笑して首を横に振ってから、グレシアが言った。
「私が訊いたことだから。帝国の人の素直な意見が聞けて良かった。…それに、私だって私の兄だって人は殺している。綺麗な手をした王なんていない。誰が誰の仇かなんて気にしてたら、戦争していた相手の国とは永久に分かり合えない」
「グレシア王女…」
「帝国にあなたのような人がいてくれてよかった。…和平を結んだとはいえ、この平和を維持できるかは今後にかかっていると思う。もし今後帝国とのことで困ることがあったらその時は…力になって欲しい。私たちには…あなたの助けがいる」
 こみあげてくるものを必死にこらえながら、帝国の騎士として男は努めて丁寧に答えた。
「…もちろんだ…ッ! ああ…俺にできることなら…ッ。俺が君を助けられるなら、どんなことだってしてみせる」
 君を愛している。…とは、まだ言えなかった。
 エドガーだったら間違いなく相手の女性を抱きしめて格好をつけて言ったであろうセリフを、こんなに近くにいるグレシアの手すら握ることなく不器用に力強く言い放つ。彼はそういう男だった。
 レオに嬉しそうに礼を言うグレシアの幸せそうな顔が、この男にとって今は最高の報酬。
 しばらく話して、立ち去り際のグレシアに、男は言った。

「ありがとう。その…こんなに上手いパンケーキを食べたのは…初めてだ。また…焼いてもらっても…?」

 振り向きざまのグレシアの笑顔は、今までで一番綺麗だった。





 翌朝、昨日遊んでいる間に準備してくれた備品をレオから受け取って、グレシア達はサマサの村を後にすることになった。
 幻獣の説得に帝国の人間が行くと話がややこしくなる…というので、レオやセリス、シャドウはサマサの村に残った。ついてきてくれることになったストラゴスと、グレシアとロックとティナの四人で幻獣の聖地と呼ばれる山へ向かう。ついて行きたがっていたリルムがシャドウの犬と夢中になって遊んでいるうちに一行はこっそり村を出た。
 だがしかし、置いて行かれたことに気づいたリルムはその後すぐに村を抜け出し、そして一行が山で、その昔幻獣を生み出したと言われる三闘神の像を見ているときに像の裏からこっそりのぞいていたところをグレシアに見つかり、ストラゴスにこっぴどく叱られた後、グレシアに付き添われて下山することになってしまった。
 結局、ストラゴスとロックとティナの三人で登頂し、山頂付近から入れる洞窟の奥に隠れていた幻獣たちとの対話に成功する。
 彼らは、自分たちが人間界に出てきたことで突如暴走しはじめた力をコントロールできず、町を破壊してしまったことを心底後悔しているようだった。
 話はスムーズに進んで、帝国の人間に詫びたいと言う幻獣たちを連れて、三人が下山する。
 異変に気付いたのは、遠目に村を確認できた時だった。
「…あれって…煙…」
 呟いたティナの横でロックが叫ぶ。
「おいおいおいおいまたかよッ!!!」
「急ぐゾイッ!!」
 叫んだストラゴスに続いて全員で駆け出す。
 この時、異変に気付きながらも幻獣たちを一緒に連れて行ってしまったことを、彼らは一生後悔することになる。





 
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