novel

□Episode4(4)
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 僅か一日にして、サマサの村は通夜のような空気になった。幸い村人に死傷者は出なかったものの、畑や建物などの損害は大きく、しかも村中に帝国兵の死体やら壊れた魔導アーマーやらが転がっている。レオががっくりと項垂れて村人に詫びたが、返ってくる声はなかった。
 今すぐ帝国に戻って皇帝に事の真偽を確認すると言い張るレオをロックとセリスが二人がかりで必死に止めて、説得する。
「無理よッ! 皇帝はあなたが思っているような人じゃないッ! ケフカが何故グレシアを殺さずにわざわざ攫ったのか、わからないの…ッ?!」
 絶句してしまったレオに、ロックが更に言った。
「セリスの言う通りだよ。ガストラはずっと前からグレシアをネタにフィガロを脅迫してたんだ」
「そんな……」
「何も知らされてなかったのか…?」
 セリスが静かにロックに言った。
「昔から…レオ将軍はまっすぐな人だから…皇帝は汚れ仕事や裏の話は一切聞かせないようにしていたわ。そういう仕事は、私たち別の将軍の仕事だった…」
「…………嘘だ…」
 乾いた言葉がレオの口から洩れる。
 かけてやる言葉を失って立ち尽くしているロックとセリスに、ティナが言った。
「…マッシュ達は大丈夫かしら…? ベクタは今頃どうなって…」
「その心配はないみたいだぜ」
 ロックが空を見上げながら言う。
 セリスとティナがつられるように空を見上げると、かなたに飛空艇が見えた。
「ロック……」
 ティナが震える声でロックに訊いた。
「あのこと…エドガーさんに会っても、言わない…よね?」
 セリスが慌ててロックに言う。
「…言わなくていいわ。ロックだけじゃない。私たち全員の責任で黙っていればいいだけのことよ。グレシアは…わかってくれる」
 グレシアが最後に残した言葉。エドガーに伝えるべきか否か。
 セリスの脳裏に、昔一度だけ聞いたエドガーの冷たい言葉が蘇っていた。
『グレシア、もし帝国に乗り込んで何かあった時、私が国とお前のどちらを取るか、わかるな?』
 ロックは…ティナの質問には結局答えなかった。





 ベクタから脱出してきたエドガーとマッシュを含む、飛空艇に残っていたメンバーと合流する。エドガーの手配により、サマサの村にはフィガロから物資と人手が送られることになった。飛空艇の中で、エドガーは無表情にロック達の話を聞いていた。
「悪い。…近くにいたのにあいつを守れなかった俺の責任だ」
 ロックの言葉に、それは違う、あの場にいた私たちにも責任が…と庇い続けるセリスやティナをやんわり止めて、エドガーは言った。
「…誰の責任でもない。これは俺の責任だ」
 そう。これは俺の責任だ。
 胸中で反芻して、エドガーが息をつく。
 …考えが甘かった。和平交渉後にグレシア自身も口にしていたことだったが、エドガーもそれに関しては同じだ。マッシュの言う通り、和平交渉前にグレシアをどこかへ逃がすべきだった。和平交渉が済んでしまえば開戦前の状況に戻ってしまう。今思えば幻獣問題の解決方法も和平交渉前から彼らを魔石にしてしまうつもりでいたのだろう。和平交渉はそれを隠すためのミスリードだった。味方のレオ将軍を切り捨ててまで打ったガストラの戦略。ケフカの突発的な暴走のように見せかけてはいるが、エドガーの考えでは今のところガストラはケフカを完璧に自分のコントロール下に置いている。その証拠にケフカの暴走は毎回必ずガストラにとって都合のいいように起きて、そして帝国に全く害がない。本当に暴走しているならケフカの性格上、彼は帝国だろうが敵国だろうが関係なく破壊しているはずだ。そもそもケフカがコントロールできない人材だと一ミリでも疑ったらガストラはその時点で即座にケフカを処分しているだろう。あの男は不穏分子を自分の傍で生かしておくような生易しい人間ではない。そしてグレシアの誘拐も魔石を大量に入手できるタイミングまで待った上でケフカを使い、その間エドガーをベクタに合法的に拘束した。…やられた。完全に読み負けた…。やはりあの父親と互角だったガストラ皇帝と若い自分が張り合うには…力が足りなかったのか…。どちらにしても…グレシアには可哀そうなことをしてしまった…。
 考えていることを顔には出さずに目を閉じているエドガーに、ロックが静かに口を開く。
「それと、最後にグレシアがエドガーに伝えてくれって言い残したことが…」
「ロックッ!!!」
 セリスの叱責が飛ぶ。間髪入れずにティナも叫んでいた。
「言っちゃダメッ!!」
 ずっと今まで腕を組んで目を閉じて黙っていたマッシュが静かに言った。
「…そこまで言っちまったんだ。言えよ、ロック」
 エドガーが無表情にロックを見つめていた。
 エドガーの目をまっすぐ見て、ロックが続ける。
「見捨ててくれってさ」
「………………」
 マッシュが長く長く息をつく。
 エドガーは何も言わなかった。
 セリスが小さな声で呟く。
「なんで…わざわざ伝えるの…? ロック…」
「……伝えてくれって…あいつが俺に頼んだからだよ」
「…………ッ!」
 セリスは、何も言わなかった。
 ずっと何も言わないエドガーに、ティナが縋りつくように言う。
「…ねぇ…見捨てない…よね?」
「………………」
「お願い…ッ! グレシアはなんにも悪いことしてないッ!! 逃げてる幻獣を助けようとしてくれただけなのッ。お願い…助けて………なんにも…悪いことしてないの…」
 アルブルグで話した時、グレシアはティナに言っていた。怖かったんだ…と。
 きっと今も…震えてる。
 彼女が愛していると口にした兄に彼女が見捨てられるところを…ティナは見たくなかった。
「ティナ。ありがとう。…だが俺は、グレシアに落ち度があったかなかったかで判断を変えるつもりはない」
 ティナに話すエドガーは、いつものティナやセリスに話しかける時の優しい口調と目だった。
「…………」
 国か妹か。その重すぎる問いが若い王に突き付けられる日が来てしまったのだろうか…。
 否。今はまだ、その局面ではない。
 少なくとも…今はまだ。
 絶句してしまったティナだけでなく、誰も何も言えない中、マッシュが静かに呟いた。
「…やっぱ説教だな。悪い癖だ」
 エドガーに言われるのが怖くて、先に自分から言いだそうとする。本当に…悪い癖だ。
 首をかしげている一行に、エドガーの声が響いた。
「すまんな…グレシア」

「お前の頼みは、聞いてやれそうにない」

 今はまだ、妹も国もどちらも守れる。今はまだ。
 ふっと軽く笑ってマッシュがエドガーに言い放つ。
「最初からそのつもりだったんなら周りを冷や冷やさせてから言うなよ、兄貴。ティナが泣きかかってんだろ」
「な、泣いてないもんッ!!」
 涙目で言うティナに苦笑して謝ってから、エドガーが固い声で全員に言った。
「大至急国に連絡して、情報収集にあたらせる。救出の目処が立つまでこちらは動けないが…」
「何か気になるのか?」
 朗々と訊いてきたセッツァーに、重い声でエドガーが言った。
「俺が今一番恐れていることは、あの子が生き延びることをあきらめて、自死してしまう可能性だ」
「……ッ。さっきまでの話といい…王族ってのはいったいどうなってやがるッ?! ユスリのネタにされるくらいなら自殺するってかッ?!」
 極めてまともなことを叫んでいるセッツァーに、ロックが低い声で言った。
「………あいつなら…やりかねねぇ…ッ」
「なんとか思いとどまってくれればいいが…」
 苦い顔で呟いているエドガーに、マッシュがはっきりと言った。
「いや、それはねぇよ。兄貴」
 ゆっくりと顔を上げたエドガーに、カイエンが言った。
「うむ。拙者も…そう思うでござる。グレシア殿は、マッシュ殿やエドガー殿を残して自害するような真似はすまい」
『仮に私が死んで、父が食事も喉を通らないほど悲しんでいるさまを見たら、どれほどバツの悪い思いをするか…。それはなんとなく、わかります』
 過去にそう言ったグレシアのあの顔は、今でも忘れられない。
 あとは無事を…祈りながら救出できる時が来るのを待つよりほか、なかった。






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次ページ、かなり重い話になります。
性的虐待シーンを含むので、苦手な方はパスしてください。
直接的な性描写はないので18禁ではないです。
が、気分が悪くなる可能性があるのでお気を付けください。
読まなくても話の展開は大丈夫です。


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