novel

□Episode4(5)
1ページ/2ページ





 あれから2週間ほど。
 グレシアの救出の目処はたっていない。
 フィガロの諜報部隊は血眼で動いているし、和平条約を盾にエドガーも何度か帝国と正規のルートで交渉を試みては見たものの、何かと理由をつけて先に伸ばされている。
 エドガーも必死だったから彼にしてはあり得ないくらい帝国側に利がある交渉を持ちかけているにもかかわらず、それでも無視されている。…それはつまり、帝国はもはやフィガロを支配するのにエドガーとの小競り合いが必要なくなったということか、もしくはグレシアを利用して何かしようとしているか。
 前者であれば、侵略準備中だからフィガロの防衛を固めなければまずい。後者であればすぐさま軍を動かして半壊したベクタを強襲してでもグレシアの救出に乗り出さなければまずい。
 両方の可能性を考えて準備に当たらせているが、どちらにせよ大量の幻獣を魔石として手に入れた今の帝国が相手では慎重にならざるを得ない。そして、時間をかけるほど日増しにグレシアの生存率は下がっていく。それでも彼女より国を守ることを優先して考えなければならなかった。昔、彼女に言った事は…決して脅しではない。人前ではいつも通り振舞っていたが、今すぐ助けに行けない国王という存在である自分が、兄でいられない自分がどうしようもなく苦しかった。





 そんな中、サマサの村はどうにか日常が戻りつつあった。
 ケフカに魔石にされた幻獣たちの件や、グレシアの件の目の当たりにしたストラゴスが帝国打倒に協力したいと言って仲間に加わり、何故かリルムまでついて行くと言い出した。
「だめじゃ」
 の、一言でリルムを置いて行こうとしたストラゴスだったが、似顔絵書くぞの一言ですぐにその言葉を撤回した。
「どうしたの? 色男」
 見上げてくるリルムに、しゃがんで目線を合わせてからエドガーが訊いた。
「君、いくつだい?」
「10歳よ?」
「……そうか」
 流石に犯罪か。胸中呟いているエドガーに、リルムが訊いた。
「ねぇ、エド兄ってアンタ? 色男」
「ん…。とりあえず、色男じゃなくて俺の名前はエドガーだ」
「じゃやっぱアンタがエド兄じゃん。さっさとグレシアを助けにいこーよ!」
「…………」
 絶句してしまったエドガーにリルムが続ける。
「グレシアといっぱい遊ぶ約束したんだから。絵の上手な描き方教えてあげるんだ。リルムが先生してあげるの。あとね、パンケーキ作ってもらってね…」
「うん……それから?」
 切ない表情で聞いているエドガーにリルムが延々と続ける。
 その様子を遠目に見ながらロックがセリスに呟いた。
「やっぱ今のやり方じゃダメだ…。情報が入るのが遅すぎる」
「焦っちゃだめよ…ロック。あれだけ大量の魔石を一度に手に入れた…。今の帝国は危険すぎるわ」
「そう…だな。焦って俺達がミイラ取りになっちゃ笑えねぇよな…」
 苦笑しているロックに、セリスは笑わなかった。
「ロック。もし…もしも、帝国に乗り込んででも情報が必要になったら…私に言って」
「セリス…」
「私にできるところまでなら…なんとかやってみる。あなたの為なら…私……」
「………ッ」
 無言でセリスを抱きしめたロックにセリスもそれ以上は何も言わなかった。





 世界中を驚かせるニュースが真っ青な顔をしたフィガロの諜報員によってエドガーの元にもたらされたのは、その日の夜のことだった。
「結婚式だぁ…ッ?! 今更どの面下げて言ってんだそれッ?!」
 皆で夕飯を食べたサマサの民家で叫んでいるマッシュに、エドガーが硬い表情で続けた。
「面の皮の厚さは俺もいい勝負だがな。まさかグレシアと本気で結婚式をするとは…」
 一体どこまで馬鹿にすれば気が済む? 内心怒り狂っているエドガーにセッツァーが言った。
「いや、おかしいだろッ! 本人が嫌がってんのに結婚式なんかできるわけねぇ」
 ロックが低い声で答えた。
「…昔、ティナが帝国にいたころ道具で操られていたらしいんだ。多分、グレシアも…」
 ハッとした表情でティナが呟いた。
「操りの輪…」
 頷いてから、エドガーが続けた。
「帝国内では操りの輪の存在は有名らしい。だからこそ、周りからの反発を恐れてグレシアにそれを使うことはないと思っていた…」
 マッシュが続けた。
「…なるほど。そんな道具があるのをみんなが知ってるんじゃ、誰だって自分に使われる可能性を考えちまう。よっぽどの理由でもない限り使わないってことにしとかねぇと信頼ゼロになるな」
 少し息をついてから、エドガーが続けた。
「そのよっぽどの理由というのが…今回はある」
「また皇帝お得意の…作り話かしら?」
 硬い声で訊いてきたセリスに、エドガーが苦い顔で返した。
「…多分な。元々グレシアは誘拐ではなく、サマサの村で反乱を起こしたレオ将軍からの保護という名目で帝国にいたわけだが、手厚くもてなしたにもかかわらず、皇帝の暗殺を謀ったらしい」
 全員が息を飲んだ。エドガーが続ける。
「未遂で現行犯逮捕らしいが、その場で取り押さえた複数人の証言もあるそうだ。……どこまで本当かわからないが、話によると罵詈雑言を浴びせて喚きながら暴れたらしい」
 語るエドガーの表情が痛々しい。セッツァーが呆れた顔で呟いた。
「それ…本当にグレシアかよ…。別人じゃねぇのか…?」
 全員似たような感想だったようで、信じられないような顔で皆が見つめる中、エドガーが続けた。
「とにかく、帝国内ではそれが事実として扱われている。おかげでその情報が流れてから、帝国内ではフィガロへのバッシングが酷い。グレシアが暗殺犯にもかかわらず処刑を免れたのは皇帝の恩赦だが、その代わりに…」
「危険な犯罪者だから操りの輪で意思を縛って政略結婚に利用するって話でみんな納得してるわけか。さいっあくだな」
 吐き捨てたセッツァーに、ロックが怒鳴る。
「全部でっち上げだッ!! じゃなきゃ嵌められたんだッ!! あの慎重なグレシアが…この状況で暗殺なんかやるわけねぇだろ…ッ! しかもそんな滅茶苦茶なやり方で……」
 マッシュが静かに呟いた。
「…あいつを知らない人間はそう思わねぇよ…。事実、皇帝は親父の仇だからな。そのくらいやったっておかしくねぇと思われるだろうよ」
「お前…ッ! 何冷静に喋ってんだよッ!! 自分の妹が暗殺犯にされた挙句道具で廃人にされて無理やり結婚させられかかってんだぞッ?!」
 怒鳴りまくるロックをマッシュが一瞥する。
 その目を見た瞬間、硬直して何も言えなくなってしまったロックから視線を外して、マッシュがエドガーに言った。
「で? 兄貴。当然俺たちの席はあるんだろうな? 特等の親族席がよ?」
 普段のマッシュからは考えられないほど、殺気じみた声だった。
「…招待はされていない。ふふ…なかなかいい度胸だと思わないか? グレシアと結婚するのにフィガロの許可は必要ない…と」
「殴り込み決定だな」
 楽しそうに笑うマッシュの目が全く笑っていない。同じく全く笑っていない目でエドガーが楽しそうに言った。
「流石のじいや達も満場一致で今回の帝国の行いは断固として許すわけにはいかないと言ってくれた。グレシアだけでなく、フィガロ国そのものがコケにされたわけだからな。皆、頭にきたんだろう。じいや達の報告だと、フィガロ国内では帝国内とは逆にグレシアの救出と真相の解明を望む声が上がっているそうだ。つまり、俺たちは国を挙げて堂々と妹の結婚式をぶち壊しに行ける」
「そいつぁいい。兄貴、グレシアを助ける役は譲るぜ。その代わり…」
「ああ。皇帝はお前の好きにしていい。どのみち条約は破棄だ。ただし殺すなよ? グレシアに何をしたか全て吐かせてから俺の手で首をはねてやる。…今度こそ誰にも邪魔はさせん」
 肌がびりびりするほどの殺気を放ちながら楽しそうに笑い合って会話しているこの兄弟が、不気味なほどに怖い。怖すぎて誰も何も言えない中、ロックがそっと抜け出していった。





「ロック…」
 慌てて追いかけたセリスが呟く。振り返らずにロックが言った。
「あいつが…グレシアがそんなことするわけがねぇ…。絶対何かある」
「みんな、それはわかってるわ。グレシアがどんな性格か、仲間で知らない人はいないもの」
「けど! 帝国内じゃそれで通されてんだろッ?! 酷すぎんだろ……帝国内にもあいつのファンは多かったのに…」
「……有名人だから余計に噂が広がりやすかったのね…。でも、きっとみんなが信じたわけじゃない。おかしいと思っている人だっているはずよ」
 しかし、ロックは納得しなかった。
「さっきエドガーが、証言した奴が何人かいるって言ってたよな?」
「…皇帝暗殺未遂の?」
 頷いて彼は続けた。
「なぁ、セリス。なんとかして証言したって奴らを探せねぇか? 一人でもいい。締め上げて本当のこと吐かせねぇとこのままじゃ納得できねぇ…ッ」
「ロック…。気持ちは…わかるわ。でも、エドガーさんでさえ、はっきりと否定はしなかった。マッシュもああ言ってたし…二人とも、絶対にあり得ないとは言い切れないと思ってるんじゃないかしら……?」
「んなわけ……! 遠くから弓で気づかれずに暗殺できる奴が喚きながら暴れて現行犯で取り押さえられたって話のどこがあり得ないとは言い切れないんだよ……! あり得ねぇに決まってんだろッ! 俺は絶対信じねぇ……ッ!!」
「ロック……」
 しばらくロックを見つめた後、決心した顔でセリスが言った。
「わかったわ。私もグレシアがあんな風に言われるのは悔しい。それにもしうまくいけば、皇帝の悪行を帝国のみんなにも知ってもらえるかもしれない。……やりましょう」
 意思を固めた眼で見つめ合って頷く。民家から大きな音がしたのは、その直後のことだった。



 
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ