novel

□Episode4(6)
1ページ/2ページ





 深夜。幻獣に破壊された復興中の帝国の首都、ベクタの下町の細い路地裏で、二人の男女が壁にもたれて息をひそめていた。
 少し呼吸の荒い男に、泣き顔を拭って女が小声で呼びかけた。
「…ロック…」
 ロックは少し顔を歪めただけで何も言わなかった。
 セリスがそっとロックの頭に手を回して抱いてやる。乱暴にセリスの身体を抱きしめ返してきたロックに、セリスが小さな声で続けた。
「……飛空艇に戻りましょう…セッツァーが、心配してるわ」
「………ッ」
 喉を詰まらせて何も言えないロックの身体をそっと抱きしめる。抱き合っている二人の足元には…ロックに八つ裂きにされた帝国兵の死体が転がっていた。





 約束した時間よりかなり遅れて戻ってきた二人の顔を見て、セッツァーは何も訊かずに黙って飛空艇を発進させてくれた。
「……悪い。セッツァー」
「なんだよ、急に」
 上空の風が妙に気持ちいい。
 不気味なほど落ち着いた表情で、ロックは言った。
「…情報、聞き出せなかった」
「…………お前…」
「せっかく飛空艇出してもらったのに悪かったな…」
 棒読みだった。天井を仰いでセッツァーが珍しく真面目な声で言った。
「…………。俺はともかく、エドガーとマッシュにはちゃんと伝えてや…」
 遮るようにロックが固い声で繰り返した。
「何も」
「…………」
「何も伝えることなんてねぇよ。今夜俺たちは…何も聞かなかった」
「……ッ」
 セッツァーがセリスの方を向くと、セリスが黙って首を横に振った。
 セッツァーが静かに言った。
「一つだけ教えろ」
「なんだ?」
 顔を上げたロックに、セッツァーが訊く。
「グレシアは無事なのか?」
 セリスが言った。
「…生きてるわ」
「………」
 それ以上、会話はなかった。





 結婚式そのものは政略結婚であることを国中が理解しているため形式だけのものだったが、それでも国内の景気は上がる。
 良く晴れた日。賑わっている復興中の町を見下ろしながら、飛空艇の上でレオが言った。
「…できれば、町に被害は」
 マッシュが隣で頷く。
「わかってる。兄貴の話じゃ式場と周囲の軍だけで済みそうだ。先にいっとくが、皇帝は…」
「こちらも承知している。もう…主君だとは思っていない。助命を乞うつもりも…ない」
 結局、ロックのとりなしもあって、レオはフィガロ側の戦力の一角として救出作戦に参加することになった。
 大勢のフィガロの騎士や兵が乗っている中、ただ静かに上空の風が吹き抜けていく。
 マッシュが言った。
「兄貴は騎士だ。俺はその道には進まなかったが、それでもガキの頃から騎士道精神は叩き込まれてきた」
「………」
「ドマのカイエンは知ってるだろ? 俺はあいつと旅をして武士道ってのを教えてもらった。そいつは俺の知ってる騎士道とよく似てるんだが、ちょいと違うところがある」
「それは?」
「剣を捧げる相手だ。武士は主君と名誉に剣を捧げるらしいが、騎士は…」
「…神と正義に剣を捧げる」
 がっはっは。と、気持ちのいい声で笑い飛ばしてマッシュは言った。
「ちなみに、格闘家精神の基本は未熟な己を日々鍛えることだ。心技体全てな。…この前は悪かった。あの程度で感情的になっちまうようじゃ俺もまだまだだ。修行不足だった…」
「兄…あ、いえ…マッシュ殿…ッ! 俺は…」
 楽しそうな笑い声が上がって、マッシュが言った。
「ま、そっちの話はグレシアが戻ってきた後にしようや。俺も兄貴と同じで、自分より弱い男に妹をやる気はないんでな」
 顔こそ笑っていたものの、目は真剣だった。マッシュの目を見て、レオが精悍な顔で返す。
「……ッ! …承知した。俺も騎士だ。覚悟は口数ではなく実力で示そう」
「今日は期待してるぜ。…アンタが剣を捧げる正義にな」
 その瞬間、操縦桿を握っているセッツァーが叫んだ。
「今だッ! 飛んでくれッ!! これ以上は寄せられねぇッ!」
 セッツァーに礼を言って飛空艇から全員で一斉に飛び降りて式場に乗り込む。
 マッシュが静かに息を吸って吐いた。大丈夫。感情的にはなっていない。感情に任せて振るう拳は暴力だ。それは…格闘家にとって最大のタブー。だからこそ彼らは技と体のみならず、心も常に鍛え続ける。マッシュの拳はもはや普通の人間とは違う。自分が拳を振るうということの意味の重さを常に彼は知っていた。それでも怒るべき時、拳を振るわなければならない時というのものは存在する。
 それがすなわち…。
「……悪と戦う時だ」
 向かってきた数人の兵を一瞬で殴り飛ばして彼はつぶやいた。今日は、久しぶりに派手に暴れられそうだった。





「飛空艇組が突入したか…」
 エドガーの背後でロックが景気良く言った。
「それじゃ、もう少しでこっちも突入だな」
 兵の死体が大量に転がっている広い廊下で、息をしているのは彼ら三人だけだった。
 防音性の高い分厚いドアの向こうからは儀式の音は聞こえない。
 セリスが慎重にエドガーの顔を見ながら話す。
「手筈通り、乱戦になったら私たちが囮になるわ。失敗したふりをして敵を引き付けて逃げる。エドガーさんは…」
 エドガーが落ち着いた顔で頷いた。
「…二人の後から乱戦に紛れて見つからないように突入する。飛空艇組が近くまで来てくれるはずだ。そこまでなんとか逃げきってくれ」
「心配すんなってッ。この世界一のトレジャーハンター、ロック様の逃げ足の速さを舐めんなよ?」
「ロック、…いや、いい。セリスも、気をつけてな」
 今朝から不気味なほど桁違いに明るいロックにエドガーが何か言いかけてやめる。セリスが小さな声で言った。
「グレシアを助けたら、操りの輪はできるだけ早く外してあげて。軍の極秘事項だけど、あれは装着者の感情と記憶を徐々に奪っていく。グレシアはまだ何日も経ってないから今ならまだすぐに元に戻るはずよ」
「……わかった」
 ロックが小さな小さな声で呟いた。
「…大丈夫だ。グレシアは強ぇ…。俺の親友は…こんなことで負ける奴じゃねぇ」
「……そうだな」
 飛空艇組が徐々に近づいてくるのを感じて三人で目を合わせてから、二人が先に勢いよく扉を蹴破って儀式に乱入する。
 神々しいオルガンの音色が、一瞬にして阿鼻叫喚の声へと変わった。






 
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ