novel

□Episode4(7)
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 フィガロ城の建物の陰でロックがこっそり昼寝をしようとしていると、頭上から声がした。
「な〜に寝てんだ? 昼間っから」
 マッシュだった。道理でこの絶好の昼寝ポイントを知っているはずだ。おかげで、ここで寝ているのがバレたのはこれで三人目だ。
 太陽を遮って、頭上の建物の上から覗き込むようにこちらを見下ろしているマッシュに仰向けに寝そべったまま返す。
「聞いたろ? 今日は各自休暇だ休暇。お休みなの」
「おうッ! 知ってるぜッ! ならよ、俺と修行…」
 人懐っこい顔で笑うマッシュに全力の笑顔で断る。これであのエドガーと双子だと言うのだから信じられない。
「しねぇっつのッ。ガウはどうしたガウは」
「ん……まぁ、なんだ。今日は元気がねぇみたいだ」
 ストっとロックの隣に飛び降りて、マッシュがロックの隣に座る。
「…お前はこんなとこにいていいのかよ」
 ロックが寝そべったままマッシュの方を見ずに静かに訊く。少し暑い。
「グレシアならさっき起きたぜ」
「ホントか…ッ?!!」
 ガバッと起き上がって訊くロックに笑ってマッシュが頷く。
「しばらく兄貴と二人で話すってよ。まぁ、話すっていうか…なんつーか…」
 珍しく歯切れの悪いマッシュにロックが軽い口調で言う。
「なんだよ…。つか、みんなにも知らせに行こうぜ? あ、見舞いに行くのがしばらく無理とかって話ならみんなわかってくれると思うぜ?」
「その前にお前に訊きたいことがあってな」
「俺に?」
 軽い口調のまま、マッシュは訊いた。
「一回、夜中に飛空艇飛ばしてどこか行ってたろ?」
「…ああ。あれな。ベクタだよ。情報収集。空振りだったけど」
 淡々と話すロックにマッシュが訊いた。
「そう…か。空振りか。なら俺の勘違いだな…」
「何の話だよ?」
「いや、お前なら何か知ってんじゃないかと思ってな」
「だから何が?」
 あくまでとぼけるロックに、マッシュが淡々と言った。

「グレシア、声が出なくなった」

「え………?」
 ロックが呆然とした表情で絶句する。
 今…なんと言った?
「兄貴が助けた時に一度本人か確かめるために起こして話したらしいんだが、その時は普通に喋ってたそうだ。けど、さっき目が覚めてから何か言おうとしたら、もう話せなくなってた」
「…嘘…だろ…?」
 声が震えていた。彼女の場合、声が出ないということはただ話せないというだけではない。
 歌えない…。あのグレシアが?
「嘘じゃねぇよ。だからお前に訊きたい。そうなった原因について何か知らないか?」
「…………。…本人か確かめるってどうやったんだ?」
「ん? ああ。なんか、昔の話をしてたらしいな。試しに兄貴が嘘ついてみたら、違うっつって正しい話をしてきたらしい」
「…なるほど。エドガーらしいやり方だな」
「…………」
 黙ってこちらを見ているマッシュに、ロックが小さな声で訊いた。
「なぁ、マッシュ」
「なんだ?」
「お前さ、グレシアが皇帝を暗殺しようとしたって話、どう思う?」
 マッシュは真剣な顔で答えた。
「どうもこうもねぇ。八割がたでっち上げかなんかだろうが、もしホントにやってたとしたら、褒めてやりたいくらいだぜ。ま、惜しむべくは未遂に終わっちまったってことだな。未遂じゃなきゃもっと褒めてやれたんだが」
 で、それがどうした? と訊いてくるマッシュに苦い顔でロックは言った。
「…ホントにやってた…らしい」
「ほう…。んで?」
 身内以外には滅多に見せない顔だった。普段のマッシュからは想像できないほど真剣な顔に、ロックが言葉に詰まる。この表情を見た覚えがほとんどないせいか、今まで一度も感じたことがなかったが…この顔は、こいつの顔はエドガーにそっくりだ。
 この威圧感…エドガーが、目の前にいて訊かれたくない事を訊かれているときと同じ…あの感じ。
 やっぱり双子だ。彼も…王の器を持って生まれている。
 だが、ロックも伊達にエドガーと長年付き合ってきたわけではない。ぐっと一度口を結んでから、軽く開いてはっきりと言った。
「悪い。マッシュ。やっぱ言えねぇ…。お前とエドガーには…」
 小さな声で何度も謝っているロックに、頭をかいてからマッシュが軽い口調で言った。
「やられてたとかだったら想像ついてるから隠さなくてもいいぞ」
「……な…ッ?!」
 目を丸くしているロックにマッシュは悲しそうな目で続けた。
「やっぱそういうことか」
「なん…でそんなこと…普通に想像できんだよ……お前……」
「……ロック。王宮ってのはな、外から見えてるような華やかな場所じゃねぇ。ホントはもっと汚くて…身内にすら信じられねぇような酷ぇことを企んだりやらかすような化け物みたいな連中が着飾って澄ました顔で住んでんだ。男に生まれてその中で生き延びるのも大変だが、女に生まれるのも別の意味で辛ぇ。女は生き延びるのは簡単だが、本人の意志ではまず生きられねぇ。自分を偉い生き物だと勘違いした男の中には、女を道具か玩具だと思ってる奴がどんだけいるか…。そんな世界で育ってきたんだ。帝国の皇帝に捕まったらどうなるかくらい、グレシアもわかってただろう。覚悟も…してたはずだ」
 セッツァーとロックは勘違いしていたが、あの時エドガーがグレシアの自死を危惧していたのは実は脅迫の材料にされるからという理由ではない。何故なら彼女が自死してしまってもそれを隠して脅迫することは可能だからだ。そう。エドガーもマッシュも、彼女が誘拐された時点である程度の予想はしていた。…外れてくれることを祈ってはいたが…無駄だった。もっとも、自死さえしなければ生き延びられるという点だけはマッシュの語った通り女性の利点であった。もし今回のケースがグレシアでなくマッシュだったら確実に拷問された後、殺されていただろう。どちらが良いのかは…わからないが。
 ロックの頭の中で、今までの出来事が走馬灯のように流れていた。もし…もしマッシュが今言ったことが本当なら……。グレシアは最初から全て覚悟の上でこの戦いに参加していた。いや、縁談騒ぎがあったのは開戦前……帝国との小競り合いはエドガーが即位する前から……ということは、その頃から…覚悟…していた? グレシアだけではない。エドガーもマッシュも…捕まればどうなるか、覚悟は…していたことになる。呆然としていたロックが我に返ったように叫んだ。
「なん…なんだよ…ッ! お前、なんで平気でそんなこと言えるんだよッ!」
 怒鳴っているロックに、マッシュが大きな声を出した。
「平気じゃねぇよッ!!」
「……ッ!!」
「俺は…平気じゃねぇ…。俺はずっと…こんなとこ嫌だって思ってた…ッ! 兄貴だってグレシアだって…ホントは…」
 大人しい性格と身体が弱かったおかげでエドガーに比べればはるかに生き延びやすかったとはいえ、無傷では済まなかった。いつでも盾になってくれたのは父親とエドガーだった。二人が盾になってくれていなければ…おそらくもっと…。
「マッシュ…」
 少し申し訳なさそうに視線を伏せたロックに、長く息をついてからマッシュは穏やかな声で語りだした。
「…昔親父が死んだときにな、グレシアを連れて、どこかに逃げて三人で暮らそうって兄貴に持ち掛けたことがある」
「………」
「どこかで普通の兄妹みたいにそれぞれ仕事して、家でそろって晩飯食って、笑って、そのうちみんな恋人とかできて、家族が増えてくみたいな…そういう普通の暮らしがしたかった…」
「お前……」
 湿っぽい顔をしているロックに、マッシュが笑って言った。
「ま、結果は御覧の通りだ。でも、俺も兄貴もグレシアも、まだ三人揃ってどうにか生きてる。だからさ…俺はまたみんなで笑って暮らせるようにしてぇんだよ。…場所がこの城だって構わねぇから」
 しばらく無言でマッシュを見つめた後、ロックが低い声で言った。
「………訊いたの…お前だからな…。後悔すんなよ……」
「しねぇよ」
 頷いてから、ロックはあの日聞いたことを話し出した。





 
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