novel

□Episode4(8)
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 厨房でケーキを焼いているグレシアの背後から、そっと顔を出したロックが声をかけた。
「よ、よう。…久しぶり」
 我ながら何を言っているんだと思いながらロックが気まずい顔でグレシアを見ていると、グレシアが手元の紙を拾い上げてロックに見えるように片手に持って思いっきり笑う。
『助けてくれてありがとう。心配かけてごめんなさい』
 以前、ティナたちに見せた紙だった。
 ロックが肩をすくめて言った。
「なんだよそれ…。そんなん持ち歩いてんのか? 礼なんていらねぇよ。それより、寝てなくていいのか?」
『もう大丈夫』
 また前から用意していた紙を見せられてロックが呆れた声を出す。
「あのなぁ…。そんな紙見せられても全然嬉しかねぇんだよ…」
 ずかずかと歩いてくるロックにグレシアが慌ててペンを探していると、近くまで来てからグレシアに触れずにロックは言った。
「…マジでもう会えねぇかと思った」
 頭の上に『?!』が浮かんでいるグレシアに真剣な顔のままロックは続けた。
「いいか? 一度しか言わねぇからよーく聞けよ?」
 こくこくこくこく。頷いているグレシアに、ロックは続けた。
「…もう、無理すんな」
 絶句しているグレシアにロックが一人で続ける。
「見てられねぇんだよ…。辛すぎて声も出ねぇってのに明るく振舞って平気なふりして。…お前も、エドガーもマッシュもッ! お前らなぁ…ああ、悪い。もう少し優しいこと言いに来たつもりだったのにお前が相手だとついきつい言い方しちまって…」
 次の瞬間、グレシアがさっと紙を上げる。
『ちょっと待って』
「え?」
 トトトトト…と、軽い足取りでオーブンをそっと覗いて中の様子を確認してからグレシアがロックの方を向いてぐっと親指を立てて見せた。オーブンからケーキを出しているグレシアに苦笑して言ってやる。
「……あのなぁ…。…まぁ、仕方ねぇか。邪魔したの俺だし。何が言いたかったんだっけなぁ…。なぁ…グレシア…。俺さぁ、男だから今のお前の気持ちとか想像もつかねぇし、お前が平気な顔で押し通すってんなら俺もいつもみたく一緒になって笑ってやりたいけど…。それしちまったらなんか…俺までお前に甘えてるみたいで…そしたら親友じゃいられなくなりそうで…」
 グレシアはケーキを作り続けていた。ただその顔は、先ほどまでと違って笑ってはいなかった。
「お前、強いからさ。今回みたいなことでもたやすく乗り越えられんのかもしれねぇけど。たまには俺にも…愚痴とか泣き言とか…言いたいこと、言えよ」
 ピタ…と、動きが止まったグレシアに慌てて言う。
「い、いや、今喋れねぇのはわかってるぜ? そういうことじゃなくてだな、その…あんま…一人で落ち込むなって話だよ。兄貴に聞かれたくねぇ泣き言でも俺なら内緒でいつでも聞いてやっから。また前みたいにさ、呼び出しの皿、私用で使ったっていいから…だから…」
 聞きながら、グレシアが紙に何か書いていた。ロックは続けた。
「キツイ時くらい頼れよ。親友なんだろ? 俺たち」
 返ってくる声はなかった。代わりに、ペンを走らせる音が響く。ロックが紙を覗くと、グレシアが少しだけ書いていた手をずらして見せてくれた。
『ありがとう。今のロックに嘘はつきたくないから正直に言う。私は強くない。兄貴たちにもいつも泣き言ばかり言って甘えてばかりいる。ロックにも、いつも甘えているのは私の方だ。だから』
 その続きはまだだった。しばらく待ってやると、グレシアが書いていた紙を手渡してきた。
『だから今回もまた、いつもみたいに手を貸してほしい。まず私がいなかった間のことを教えて欲しい。ロック、私のことはどこまで調べた? いくらなんでもお前のさっきの話は大げさすぎる。何か知ってるんじゃないか? それと、昼間セリスの様子も少しおかしかった。二人で何かあった?』
 ふっと苦笑がこみあげてきて、ロックが笑う。本当に…彼女は強い。
「………。…ほんっと…お前らしすぎて笑えるぜ…。わかったよ…俺もお前に嘘はつかねぇ。ホントのこと言うよ」





 厨房にロックの声だけが響いていた。長い時間が経って、グレシアのケーキが完成するころ、グレシアが書き終えた紙をロックに手渡した。
『ありがとう。大体のことは把握した。ベクタまで乗り込んでくれたロックとセリスには感謝してもしきれない。二人が知っている通り、かなり酷い目にはあった。でも二人には悪いけど、このことは内密にして欲しい。これ以上みんなを傷つけたくない。レオの件がまさかそこまで大ごとになっているとは思わなかった。エド兄の方針の話はてっきり冗談か何かだとばかり思っていた。そんなに怒ってたってことは、かなりまずいな』
 珍しく本気で困ったような顔をしているグレシアに、ロックが小さな声で返す。
「俺もどっちかっていうとレオの肩もってやりたい気持ちだけど、エドガーの気持ちもわかるんだよな…。特にお前がされたこととか考えると余計に…な」
 目を点にしてグレシアが走り書きで紙に書く。
『それとレオとどう関係がある?!』
「あるに決まってんだろ…。お前がここまでボロボロにされて帰ってきて、俺がお前の兄貴だったら、なんで守ってくれなかったんだって泣いて怒鳴りながらレオのことぶん殴ってるぞ? 絶対…」
『…………』
「いや、沈黙は書かなくていいから。とにかく、男の世界ってのはそーゆーもんなの。わかんなくてもいいから知っとけ」
 渋い顔をしているグレシアに、ロックが呆れたような声で言う。
「多分エドガーだけじゃなくてマッシュもだろうな…」
 目を丸くしているグレシアにロックが真剣な顔で言う。
「…マッシュは周りのみんなが思ってるほど単純なお人好しじゃねぇよ。特にエドガーとお前のことになると怖ぇくらい真剣に頭使って物考えてる。俺よりお前が一番よく知ってんだろ? 奴はお前の為なら誰とでも本気で戦うさ。お前を守れねぇような自分より弱い男にお前を渡すわけがねぇ」
 返す言葉がない。
 グレシアが、苦く笑って肩をすくめた。





 医者や大臣との話をすべて終えて、エドガーが自分の私室でマッシュと二人で話していた。
 一応、マッシュが紅茶を淹れてくれたが、雰囲気はいつものように明るくはない。
「…これでもう帝国との和平の道は消えた。どちらかの国が完全に滅ぶまで戦争は終わらない」
 険しい顔で話すエドガーにマッシュが楽しそうに言う。
「…嬉しそうだな、兄貴」
 満足したように笑ってエドガーが答えた。
「よくわかってるじゃないか。流石だ」
 表情を戻して、エドガーは語り始めた。
「先ほど会議の席で話した魔大陸については明日の朝みんなにも話す。…この戦いで、最後だ」
「ガストラ魔導帝国の誕生…か。その魔大陸の…三闘神…だったか。そんなもんで新帝国を作って世界征服って、とうとう魔王じみてきたな。奴さん」
「魔王か…。確かにそうかもな。なら、魔王を倒して世界平和を勝ち取るとしよう。といっても、俺も正義の勇者というわけにはいかないが」
 何しろ持ち物がドリルと回転のこぎりである。マッシュが低い声で言った。
「…グレシアは?」
「既に本人と話をつけてある。今後、帝国との戦いには二度と参加させない。戦争が終わるまで外出時には護衛をつけさせる」
「それ…本当にあいつ納得したのか?」
 エドガーが少し息をついてから答えた。
「…納得しなければ俺は国王として命令してでも通すつもりだったが…。意外に素直だった。…今回の件は、余程こたえたらしいな」
「…そうか。気力だけならまだ残ってそうだが…まぁ、歌えねぇんじゃ納得せざるを得ねぇわな」
 歌えない吟遊詩人の戦力は半減では済まない。機械武器を使用できないエドガーのようなものだ。そのくらい、戦闘において吟遊詩人の歌のサポート力は強い。しかも、今の彼女は魔法も詠唱できない。
「それに…グレシアが見ている前で猟奇殺人はしたくない」
 ピカピカに磨かれたのこぎりの歯を恍惚とした目で眺めながらエドガーが呟く。
「…俺も、置いていくのは賛成だ。グレシアに皇帝を会わせたくねぇ」
「…………奴から話を聞く必要はなさそうだな」
 冷たい目で話すエドガーに、マッシュが同意する。
「ああ…。一部始終を見ていた奴からロックが話を聞けたらしい」
「ほう。…安心した。今回は前みたく事を有耶無耶にせずに済みそうだ」
 心の底から冷えるような冷たい声で話すエドガーに、マッシュが負けず劣らずの低い声で話す。
「聞くか? 地獄行ってもまだ足りねぇぜ?」
「……聞こう。お前が地獄に行く時は俺も一緒だ。どのみち、助けた時のあいつの身体の傷を見た時からわかってはいた。…俺たちが想像していたより、現実はずっと残酷だ」

 紅茶が、テーブルの上で冷たくなっていた。




 
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