novel

□Episode4(9)
1ページ/2ページ




 ストっとグレシアの放ったダーツの矢が的に吸い込まれていく。
 セッツァーが朗々と言った。
「…相変わらずいい腕だ。安心したぜ」
 発進前の飛空艇でカイエンやストラゴスにも頭を下げて、スケッチブックで話した。二人とも、セッツァーと同様、グレシアの回復を喜んでくれた。…どうやら、ロックの提案で、ロックを除く男性陣は見舞いを控えようとみんなで決めてくれたらしい。そういえば、ロックですら部屋には一度も来なかった。
「んで、例の将軍さんとはどうなったんだ?」
 矢を投げているセッツァーにニヤニヤしながら訊かれて慌ててペンとスケッチブックを手に取ったグレシアに、セッツァーが一人で続ける。
「ああ、いちいち書かなくていい。アンタの顔を見りゃなんとなくわかる。…うまくいったようだな」
 苦笑して頷いているグレシアにセッツァーが楽しそうに笑う。
「そいつは何よりだ。…声の方は、その、もう治らねぇのか?」
 首を横に振って俯いているグレシアにセッツァーがいつもの口調で続けた。
「そうか…。んじゃ、賭けるか。俺たちが魔大陸から無事戻ってきたら、その時はまたあのいい声で歌ってくれ」
 驚いた顔でこちらを見てから何か書き始めたグレシアにセッツァーが続ける。
「ああ、礼なら別にいいぜ。俺はアンタのあの可愛い声がまた聴きたいだけで…」
 無駄に格好をつけているセッツァーにグレシアが書きあがったスケッチブックを掲げて見せる。
『その賭けは成立しない。私はみんなが戻ってこない方には賭けない』
「あのなぁ…。せっかく俺がカッコいいこと言おうとしてんのに…」
 しかし、セッツァーを無視して更に何か書いてセッツァーに渡すグレシア。
『それに賭けの報酬も用意できない。色々頑張ったけど、どうにもならなかった。どうすれば治るか、わからない』
 見せられたスケッチブックを返して、珍しく真面目な声でセッツァーは言った。
「…勝負する前から投げるってか? お前、もう少し骨のある女じゃなかったか?」
 無言で俯いているグレシアに、セッツァーが舌打ちして言った。
「仕方ねぇな…。スペシャルサービスだ。よく聞いとけ」
 顔を上げたグレシアに、セッツァーが真面目な声のまま続けた。

「今考えている事の逆が正解だ。でもそれは大きなミステイク」

 しばらく呆然とした後、無言で苦笑してからグレシアがスケッチブックの最初のページを見せてくれた。
『ありがとう!』
 男は朗々と言った。
「どういたしまして」





 グレシアが飛空艇で挨拶を済ませて護衛についてきてくれたロックとセリスと三人で城に戻ると、レオと何か話していたティナが三人に駆け寄ってきて感動した顔で説明してくれた。
「騎士の愛って…すごい…」
 最初は訳が分からなかった三人だったが、よくよく話を聞いてみると、レオが自身の剣にかけてグレシアを守り抜くと誓ったため、同じ騎士としてエドガーがそれを騎士の誓いとして聞き届け、一旦勝負を預けておいてくれたらしい。ロックが半分呆れた声で呟いた。
「だから、いつの時代だよあいつら…」
 同じようなテンションでセリスが言う。
「…まぁ、古い騎士道では特に女性への献身が大事にされるけど、いまどき実際にやってる人は見たことがないわね。…エドガーさん以外は」
「大丈夫なのかよ、その騎士のなんとかってやつは…」
 呟いたロックに、セリスが返した。
「一応、騎士道において女性への献身というのは、相手への崇拝が基本らしいわ。たとえ相手の女性が別の男性と付き合っていても結婚しても、その人を守り、奉仕を行い、尽くし続ける…当然肉体的な関係はタブー。精神的な崇拝こそが騎士道的愛…て、習ったことはあるわ」
 ロックとグレシアが悟りを開きそうな目でセリスを見ていた。
「そ…そりゃあ…ティナが感動するはずだ…」
 乾いた声で言うロックに、片手で顔を覆うセリス。グレシアがスケッチブックを二人に見せた。

『私も感動した』





 見送ってくれたグレシアを城に残して、飛空艇で魔大陸へと向かう。
 すっかり定着した作戦会議室でエドガーがスッとそこまでの明るい色を消し去った顔で言った。
「このメンバーで魔大陸に乗り込む。これが帝国との最後の戦いになる」
 気合いの入った顔でロックが叫んだ。
「俺たちの手で平和を取り戻すッ!」
「おうッ! 俺の力で帝国をねじ伏せるッ!」
 同じく気合の入った顔で笑ってロックと肩を組んでいるマッシュに軽く笑って頷いた後、エドガーは続けた。
「…皇帝はグレシアから一番大切なものを奪った。その落とし前を…つける」
 静かな目でエドガーを見つめながら、カイエンが言う。
「拙者も、帝国だけは許せないでござる」
「私も帝国の将軍だった…。でも、悪は悪」
 セリスの横でティナが小さな声で呟く。
「大丈夫よ。きっと平和な未来はすぐそこに……」
 穏やかな目でエドガーが言った。
「平和になったら…みんなで祝勝会でもしよう」
「もちろん、グレシアも呼んでね」
 付け加えてくれたリルムに礼を言って、みんなに作戦を説明していく。
 終わった後で、ストラゴスがエドガーを呼び止めて言った。
「もし帝国を倒して戻ったら、わしにもグレシアの具合を見せてもらえんか? いい知恵があるかはわからんが、何か力になれるかもしれんゾイ。わしの知り合いにもあたってみよう。あの子はまだ若い。諦めるには早すぎるわい」
「ありがたい…。グレシアもきっと喜ぶだろう」
 暖かい顔で微笑んでいるエドガーに、ストラゴスが静かに語りだした。
「ありがたいのはわしの方じゃよ。グレシアはリルムを火事から救い、ずっとリルムの遊び相手をしてリルムの為にケーキを焼いてくれた。…それを、あの時目の前にいて救えなかったのはわしも同罪じゃゾイ…」
「…………」
「今朝もサマサの村を壊したことをわしに詫びて、わしらが魔大陸に行く間になんとしてでも元通りに復興してみせると書いて笑ってくれて…あの子が壊したわけでもあるまいに」
 ふっと笑ってエドガーが言った。
「その話は私もグレシアから聞いている。大方、城に籠っているのが嫌だったんだろう。自分の護衛の騎士まで復興の人手として使うつもりのようだ。まったく…」
 苦笑しているエドガーに柔らかく微笑んで、ストラゴスは言った。
「良い妹さんをお持ちですな」
「…ああ。私には、勿体ないくらいだ」
 本当に恵まれた。弟にも、妹にも、仲間にも。
 あとは、すべきことをする。
 窓の外に流れる雲のはるか先で、帝国の空軍が群れを成していた。





 随分と復興が進んだサマサの村で、畑を耕していたレオがフィガロの騎士に勧められて少し木の下で休む。
「お前さん、随分と村人たちと話せるようになってきたんじゃないか?」
 年配の騎士に気さくに話しかけられて戸惑っていたのも最初の頃だけ。フィガロの騎士がみんなやたらと気のいい連中なのもエドガーの効力なのだろうか。レオがいつもの口調で答えた。
「…元々この村がこうなったのは俺の責任だからな。どれほど蔑まれても償いはするつもりだったが…。ここの村人たちは優しいな」
 ははは。と笑い声が上がる。
「そりゃ、こんだけ毎日汗水たらしてきつい畑仕事をやってる騎士を蔑む奴はいねぇよ。まったく…グレシア姫も粋なことを考えてくださる」
「…ッ?! まさか、俺の為に?」
「さぁ…どうだかなぁ。ま、俺達まで人手として使うあたりはなかなかうちの姫様らしくていいと思うが」
「その…彼女はもう姫ではないのでは? 正しくはグレシア王女とお呼びするのが…」
 ははははは。と、再び大きな笑い声をあげて騎士は言った。
「不敬罪に抵触するのを承知で言わせてもらうと、エドガー様もマッシュ様もグレシア様も俺達から見りゃお小さい頃からよく知ってる自分の子供みたいなもんだ。流石にエドガー様はもう殿下とは呼べないが、俺たちにとってグレシア姫はいつまで経っても姫様なのさ」
 なるほど。胸中レオが小さく息をつく。
 エドガーが信頼して直々にグレシアの護衛に指定するような騎士たちだ。腕は立つだろうと思っていたが、どうやらそれ以外の部分に関してもグレシアが不自由な思いをしないように気を配っているようだ。
 日が暮れるまで働いて、空いた時間でグレシアの書いてくれた手紙を読む。
 夕食後に、彼女に呼ばれて部屋で手紙の返事代わりに話をする。グレシアの頼みで、レオが一人で色々な話を彼女に聞かせた。
 最初はレオも手紙を書くべきかと訊いたが、グレシアに断られた。書いたものを読むのも直接聞くのも同じだと言って。グレシアが眠くなるまで話を聞かせて、部屋から出ると部屋の前で護衛している騎士たちが毎回ニヤニヤしながら親指を立ててくれる。みんな暖かい。フィガロの騎士たちも、サマサの村人たちも。
 レオにとってこんなに穏やかな日々を過ごすのは…子供の時以来だ。
 日中、村中を調べて復興の為の資材運用計画を作って、フィガロから持ってきた食料で毎日レオや他の騎士たちの食事を作ってくれて、彼らの服を洗濯をして、村の人たちとスケッチブックで話して笑っているグレシアを肉体労働の合間に眺めながら…ずっとこんな日々が続けばいいと思った。




 
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ