novel

□Episode5(1)
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 グレシア、大丈夫だ。お前なら…必ず幸せになれる。お前は強い。





 今のお前が少しでも明るい気持ちになれるなら、なんでもしてやるさ。






 エド兄…マッシュ兄…二人とも…どこ…?






 小さい頃、エドガーとマッシュが二人でどこかへ遊びに行った後、遊んでもらいたくて後をついていったことがあった。
 案の定二人を見つけられなくてついでに迷子になって、知らない場所を延々さまよった挙句夜になって、疲れ果てて一人で泣く羽目になった。
 あの時の、探しても探しても二人が見つからない夢を、大人になった今でもたまに見ることがある。
 気が付くと、身動きが取れなくなっていた。
 足に絡んだ枷と、腕の枷から伸びる鎖が、細く光って見える。あの恐ろしく苦しい思いをした機械の音が、骨を通して聞こえる。
 身動きの取れない身体を押さえつけて笑う男に耐え切れず、必死に藻掻いて身体を反転させると、瓦礫の向こうに見慣れた人たちの死体が見えた。そして、至近距離で自分を抱きしめて事切れている男が。

「あああああぁぁッ!!」

 叫んでガバッと勢い良く体を起こす。全身汗でびっしょり濡れていた。泣き濡れた顔に手を当てて肩で息をしていると、頭上から声が降ってくる。
「…大丈夫か?」
 酷く心配そうな顔でエドガーが自分を見下ろしていた。
「……エド兄…?」
 枯れたような声が出た。水差しからグラスに水を注いで、エドガーが手渡してくれた。
「グレシア…。ここが、どこかわかるか?」
 受け取った水を飲んで、エドガーに礼を言いながら空になったグラスを返す。
 ここがどこか…。ああ…そうか。
 そうだった。
 グレシアが、顔を拭ってから乾いた声で答えた。
「…向こうの世界……。今の私は…特異点…か」
 ベッドサイドの椅子に座ってエドガーが頷く。
「どうやら、そちらの世界もこちらと同じように崩壊したようだな…」
「世界が…崩壊した…?」
「ああ。世界中が引き裂かれた。ケフカによって…」
「どういう…事? エド兄、魔大陸で何があった?」
 簡素なベッドの上で上半身を起こしているグレシアに、エドガーが意外そうに訊いた。
「お前は…行かなかったのか?」
「……………」
 黙ってしまったグレシアにエドガーが淡々と魔大陸での出来事を教えてくれた。
「…それじゃ…皇帝は…」
「あの怪我で魔大陸の上から突き落とされたんだ。まず助からんだろう」
 …なんとなく。なんとなくだったが、それだけはこちらの世界とあちらの世界では違っているような気がした。
 元の世界で皇帝を殺したのはおそらくケフカではない。
「…エド兄。ごめん。もう二度とこっちに来ないって約束したのに……」
 暗い顔で俯いているグレシアに苦笑してエドガーが言った。
「世界ごと崩壊したんだ。いくらお前が頑張ったってきっとどうにもならない状況だったんだろう。仕方がないさ。俺だって生きていたのは奇跡に近い。他のみんなは無事だったかどうか…」
「エド兄」
「なんだ?」
 そっと顔を上げて、グレシアが訊いた。
「帝国のレオ将軍っていたでしょ? あの人、こっちの世界ではどうしてる?」
 別に、何かを期待したわけではなかった。
 ただ、訊いてみたかっただけだ。
「…ああ。サマサの村で、ケフカに殺されたとティナたちから聞いた。ちょうど俺とマッシュがベクタから脱出した頃だ」
「え………?」
 …ということは…あの時…。
 そう…だったんだ…。あの時、グレシアが助けなければ彼はあそこで死んでいた…。
 硬直したままのグレシアにエドガーが訊いた。
「もしかして、そちらでは生きているのか?」
「………。……いや。…もう死んだ…もう…どこにもいないんだ…」
 空虚な目をしているグレシアに、エドガーが立ち上がって窓の外を眺めながら言った。
「どちらの世界も状況は同じか…。ここはサウスフィガロの宿だった建物だ。唯一窓が割れなかった部屋を俺が使わせてもらっている。今は生き残った人々を集めて俺がまとめて、この街を拠点にライフラインの確保と情報収集を同時に進めているような状況だ」
「……そっか…。なら向こうのエド兄も同じようにしてるはず…。私は…帰らなきゃ…」
 気持ちのこもらない声。
 エドガーが固い声で言った。
「…お前、この短期間に一体何があった?」
「…………」
「寝ている間に自分が何を叫んでいたか、自分でわかるか?」
「…ッ!!」
 思わず顔を歪めて俯いてしまったグレシアに、エドガーが近くの椅子に再び座ってグレシアの顔を見ながら言った。
「いくらなんでも尋常じゃない。一体誰に何をされた? …いや、言いたくなければ言わなくていい。だが、俺は今のお前を元の世界に帰すつもりはない」
「……え…?」
「さっきのお前の話だと向こうの俺はまだ生きているらしいな。なら向こうの俺は一体何をしていた? 数年前、お前が帰るときに俺が言ったことを覚えているか? グレシア」

『向こうの俺に言っておけ。もし今度…また同じことをしたら…。その時は絶対に元の世界には帰さん…ッ。グレシアは俺がもらう』

 そういえば、そんなことを言っていた。
 そして、明らかに目の前のエドガーは怒っている。黙っているグレシアにエドガーは続けた。
「世界が崩壊した日に行方不明…なら、諦めもつくだろう」
「エド兄…ちょっと…待ってよ…。向こうのエド兄は何も悪くない…」
 乾いた声で呟くグレシアに、エドガーが鋭い目で訊いた。
「…お前はどうしたい? 向こうで生きたいか?」
 思わずグレシアが返事に詰まる。
 ああ…そうだ。今回こちらに飛んでくる前。一瞬だったが……死にたいと思ってしまっていた。
「………それ…は……」
 青い顔で返事に詰まってしまったグレシアを抱きしめて、エドガーは耳元で言った。
「言わなくてもわかる。そんな死にたそうな顔で夢の中まで痛い苦しい助けてって泣きながら叫び続けて……。向こうでどれほど辛い目にあった? 死にたいと思ってもお前は必死に耐えて生き抜こうとしたんだろう? 俺たちとの約束を守って、向こうにいる俺やマッシュの為に。…もう充分だ。こんなになるまでよく頑張った…。向こうがそんなに辛いなら、こっちにいればいい。たとえそうしたとしても、誰もお前を責めはしない。この世界にも、お前の居場所はある。…俺がいる」
 いつもの、エドガーのあの優しい声だった。抱きしめてくれている腕が、暖かい。
「あ……ぁ…あ…」
 ボロボロ涙が溢れて止まらない。確かに元の世界でのここ最近の出来事はあまりにも辛すぎた。逃げたいと思ってナイフに手を伸ばしかけたことも事実だ。けれど。
「エド兄……ごめん…。少し…少しだけ…休ませて…」
「グレシア…」
「ごめん…なさい…。エド兄…お願い…。あとで、ちゃんと決めるから…待って…」
 泣きながらエドガーに縋りついて何度も謝るグレシアを暖かい目で見つめて言ってやる。
「ああ。返事はいつでもいい。だが、結論が出るまでは俺のそばにいろ」
 グレシアは、泣き濡れた目でエドガーを見上げて言った。
「……ありがとう」
 部屋に一つしかないベッドをグレシアに使うように言って、自分は毛布をかぶって椅子で寝ようとしたエドガーに、グレシアが小さな声で言った。
「エド兄は…ベッドで寝て。私が椅子使うから」
「それはないだろう。流石に…」
 思わず苦笑してしまったエドガーに、グレシアが首を横に振って続ける。
「…ベッドで横になるのが、怖くてさ。座ってた方が、まだ眠れそうな気がする」
「…………」
 暗い眼で語っているグレシアをひょいと抱き上げて、エドガーは言った。
「覚えてるか? グレシア」
「え? え? いや、ちょっと待って…なんで…」
 慌ててエドガーにしがみつくグレシアを抱いたまま、ベッドの上で壁に背を預けて、おろしたグレシアを抱きしめて毛布をかぶる。
「あ…」
 何がしたかったのかを理解したグレシアが、壁にもたれて座っているエドガーに素直に身体を預けた。
「…俺とお前が初めて会った時も、お前は今みたいな辛そうな顔をしていた」
「…そう…だった…?」
 エドガーにもたれているグレシアの髪をなでながら彼は続けた。
「この前最後に城で会った時は違っていたが…。初めて会った時は確か、恋人が原因で元の世界の俺と喧嘩したせいで、俺の顔を見てすぐに逃げていった」
 冗談みたいに言ってやると、グレシアの声が胸元から返ってきた。
「…うん。そうだった。……エド兄」
「んー…?」
「…実はね、今も好きな人がいるんだ」
「ほう。どんな人だ?」
「……彼と初めて話をしたのは、アルブルグでさ…」
「ああ」
 細い声が点々と、仄かな明かりのように暗い部屋の中で続いていく。
「…それでね、女性と交際するとは相手の人生まで考えて必ず幸せにするという責任をもつことだと考えている! とかなんとか言ってて…。思わず笑っちゃった」
 エドガーの軽く笑う声がした。
「だが、レディを扱う心得としては悪くないな」
「でしょ? それからね…」
「ああ…」
 優しく聞いてくれるエドガーの腕の中で、今はもういない想い人を語る。
 本当は…彼が生きている間に、向こうのエドガーにこうして聞いてもらいたかった。





 
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