novel

□Episode5(2)
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 翌日。エドガーが朝食を食べながら言った。
「それで、帰ると言っていたが具体的にはどうするつもりだ?」
 いつもの小さなテーブルの対面で、背もたれのない簡素な椅子に座ったグレシアが答える。
「多分、今回の私がいつまで経っても自動的に向こうの世界に戻されないのは、向こうの世界の私がいた場所が海に沈んじゃってるからなんだと思う」
「…サマサの村か。生き残りが別の場所で再び村を作ったらしいが…。あの村に派遣していた騎士たちには申し訳なかったな…」
 どうやら、グレシアが護衛として連れていった連中はこちらの世界でも同じ運命だったらしい。
 悲しそうな目を閉じて振り切ってから、グレシアが真剣な目で言った。
「一つだけ、自力で向こうに戻れる方法がある」
「フィガロ城の地下の隠し部屋か…!」
 頷いたグレシアにエドガーが険しい顔で返す。
「しかし…フィガロ城はまだ……」
「エド兄。事故だ。地下で動けなくなってる。こちらの世界の城の非常用酸素が向こうの世界と同じなら、あとひと月ももたないはずだ…。救出を考えた方がいい」
「…一応今までも情報収集はしていた。今サウスフィガロにいる人間にも、あの日フィガロ城に働きに行ったまま家族が戻らず心配している者が多くいる」
「それでも…情報はなかったって事…だよな」
 黙ってしまったエドガーの顔を見て、グレシアも返す言葉をなくす。唯一手に入った情報は当日のフィガロ城の潜航予定表だけで、予定ルートのどこで事故にあっているかは手がかりがない。
「…一つだけ、噂レベルだが情報がなくはない」
「どんな情報?」
「路地裏の小さな酒場で、フィガロ城の地下牢から脱出してきたと言っていた盗賊が数人目撃されている」
「……ッ!! それじゃ…」
 思わず反応しかかったグレシアを止めてエドガーが続けた。
「かなり酔っていたらしい上に、町に星の数ほどいるゴロツキの言葉だ。どこまで本当か…」
 しばらく考えた後、グレシアがまっすぐな目でエドガーを見て言った。
「…私、探してみるよ。その連中」
「どうやって探す? まさかしらみつぶしに当たるつもりじゃないだろうな?」
 立ち上がってテキパキと食器を片付けながらグレシアが言う。
「そのまさかだよ。聞き込みは捜査の基本でしょ? 私、ロックと一緒にこういう仕事結構やってたから。変装したり演技したりするのも慣れてる」
 しばらく黙って食器を片付けているグレシアを眺めていたが、やがてエドガーがはっきりと言った。
「わかった」
「ん?」
 振り返ったグレシアに、立ち上がってエドガーが続ける。
「俺もお前と一緒にその連中を探そう。街の復興の方はもう俺がいなくても他の連中だけで回していけるところまで既に回復している。流石に今までトップに立っていた俺が突然いなくなるのは問題だから影武者は立てるが、とにかく今日からはフィガロ城の救出に全力を尽くす」
 言い切ってすぐに部屋を出て行こうとするエドガーにグレシアが慌てて言った。
「そ、それはわかるけど、エド兄、こういう仕事したことある? その…言いたくないけどエド兄は目立ちすぎてあんまり向いてないような気が…」
 ふと動きを止めて、エドガーが呟く。
「……そうか…。なら、そこも何か手を考えるとしよう。とにかく時間がない。何かわかったらすぐに知らせてくれ」
 今度こそ言い残して出て行ってしまったエドガーに、グレシアが食器を洗いながら小さく息をつく。何か…嫌な予感がする。





 グレシアの予感は的中した。
 夜、いつものように部屋に戻って洗面所を覗くと、とんでもないものが目に入ってきた。
「エ…エド兄ッ?!」
 素っ頓狂な声を上げているグレシアに、エドガーが振り向かずに言った。
「ああ、おかえり。夕飯もうできてるぞ」
「あ…ありがとう…。ところで…その…」
 道具を片付けているエドガーに、グレシアが訊く。

「その髪は…?」

「はっはっは。お前が目立つと言うから、染めてみた。どうだ? これなら俺だとわからないだろう」
「………あ、ああ…う、うーん…と」
 エドガーの綺麗だった金髪が暗い色に染まっていた。しかし、染めたところでエドガーはエドガーなわけで…。
 温めなおしてくれた夕飯を二人で食べながら、改めてエドガーの髪をまじまじと見る。
 ……見慣れない。というか、似合わない。
「そんなに変か?」
「…いや。エド兄の努力はおかしくない。うん…。よし、決めた」
 一時間後。
 今度はエドガーが素っ頓狂な声を上げた。
「なんでお前まで染めるッ?!」
 洗面所でエドガーが使った染料の残りを使って髪を染め始めたグレシアが振り向かずに言う。
「ついでに髪型も変えようかな。ロックみたいにバンダナしてみるか…」
「え…? あ、ああ…。いや、俺が先に始めたことだ。何も言うまい」
 くすっと笑ってグレシアが言う。
「エド兄〜手伝って!」
 思わずつられるように砕けた顔で笑ってエドガーが背後から櫛を片手にグレシアの髪に指を入れる。
 やがて、綺麗に染まった暗い色の髪の鏡の中の自分を見ながら、グレシアが呟いた。
「うわ…ホントだ…。本当に…なんだか私じゃないみたい」
 だろ? と背後から言ってくるエドガーに付き物が落ちたような顔で軽く笑って頷いてから、グレシアが言った。
「いいね。今までの自分が嘘みたいだ…すごくいい」
「名前も決めた。名乗るときは俺はジェフで通す」
 声高に笑ってグレシアが言った。
「それなら私はヴィアかな?」
「お、そうくるか…」
 嬉しそうに言ったエドガーに含み笑いでグレシアが言う。
「…ヴィア姐は私の歌の師匠だ」
「ほう。…道理で」
 少し切ない顔で笑ってから、元の表情に戻ってエドガーは続けた。
「この部屋は明日引き払う。もうこの宿も本稼働しているからな。俺達がいつまでも部屋を一つ占領しているわけにもいかん」
「引っ越すの…?」
 エドガーがあくどい笑顔で人差し指を振った。
「裏稼業らしく、新しいアジトを作るのさ」





 二人が引っ越した三週間後。奇しくも同じ宿に一組の男女が宿泊した。
「…サウスフィガロは、ダメージが少なかったみたいね」
 金髪の女性に、同じく金髪の男が答える。
「いや、そうでもねぇよ…。そういやセリスはこの一年間意識がなかったんだったな。元は壊滅しかかってた町を、復興したんだ。噂で聞いただけだが、一年前に世界が崩壊した後、サウスフィガロで人を集めて町を作り直した人間がいるらしい」
 楽しそうに笑っている男に、セリスが訊いた。
「マッシュ…その人ってまさか…」
「フィガロ国王を名乗ってたそうだ。まぁ…十中八九、兄貴本人だな」
 国王の名のもとに人々を集めて、崩壊した秩序を回復させた人間。…一人しかいない。
「それじゃ、この町の代表者に会わせてもらえばエドガーさんに会える…」
「そうだな。町の様子を見る限り、そろそろ兄貴の手がなくても問題ない頃合いだろう。今なら誘ったら一緒に来てくれるんじゃねぇか?」
 嬉しそうに返事をするセリスに笑いかけて、マッシュが景気のいい声で叫んだ。
「んじゃ、夕飯がてらもうちょい町で情報収集してくっか」





 
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