novel

□Episode5(3)
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「…やばい。エド兄」
「ああ、まずい」
 夜。二人きりの部屋で同時に息をつく。
 顔を見合わせて…その後エドガーが言った。
「では、同時に言うか」
「わかった。せーの」

「マッシュ兄がこの町にいる」
「セリスがこの町にいる」

 …………。お互いしばらく無言で見つめ合う。
 直後、狭い部屋に爆笑が響いた。
「まいったな…。マッシュもセリスと一緒だったか。お前のことは気づいていたか?」
 グレシアがまだ軽く笑いながら言った。
「うん。完全に気づいてた。一応とぼけたら話を合わせて知らないふりしてくれたけど、気づいてるってアピールはしてきたから、事情がわかるまでは黙っててくれるって意味だと思う」
「そうか…。…あいつらしいな」
 ついでに言うと、困ったときはいつでも頼って来いという意味だろうな。本当にあいつらしい。胸中付け足してから、エドガーが苦笑して続けた。
「では、それに甘えてこちらは予定通り動くとしよう。セリスはまた声をかけてくるかもしれないが、その時はしらを切り通すしかないな」
「…私はこっちのセリスとは面識がないからまだやりやすいけど…。…セリスのことだから、エド兄のこと心配してくれてるんだろうな…。…こっそり事情を説明するわけにはいかないかな?」
 小声で呟いているグレシアに、エドガーが苦い顔で言った。
「セリスとマッシュには悪いが…皆の命がかかっている。失敗はできない」
 城にいる人々は血はつながっていなくても自分たちの家族だ。子供の頃から…否、父の代から皆で仕え、育ててくれた。一瞬、サマサの村で死んだ騎士たちの顔が頭をよぎって、グレシアが固い声で言った。
「…わかった。エド兄の言う通りだ。私ももうこれ以上家族を亡くしたくない」
 頷いて、窓の外を見ながらエドガーが口の中だけで呟いた。
「…待ってろよ……」
 …助けに行く。





 翌日。すっかりエドガーに懐いた盗賊たちがぺこぺこしながら二人をサウスフィガロの洞窟に案内してくれた。
 …あるいはただ単に回転のこぎりが怖かっただけかもしれないが。
「よ〜しよしよし…カメちゃ〜ん、エサだよ〜」
 洞窟内の巨大な湖の中から出てきた巨大亀に餌をやる盗賊その一。その間に次々亀の背中に乗っていく盗賊たち。一緒に乗りながらエドガーが割と本気で呟いた。
「やるな」
 下でまだ亀に餌をやっていた盗賊が亀の上を見上げて嬉しそうに笑う。
「ボス、俺、昔亀飼ってたんっすよ」
 ほぼ演技抜きでグレシアが呟いた。
「あ…あり得ない…。お前一体どんな亀飼ってたんだ…」
「いやぁ〜それほどでもないっす」
 照れながら亀に乗ろうとした盗賊に、エドガーが意味深な声で言った。
「…餌の残りはそこに置いて行ってやれ」
「へ?」
「早くしろよ。待たせんじゃねぇ」
 意味が分からなくて目を点にしている盗賊にグレシアが低い声で言ってやると、慌てて持っていた餌を全部地面に置いて亀に乗りながら盗賊が叫んだ。
「す、すいやせん姐御ッ!! ボス! エサはちゃんと言われたとおりに…ッ!!」
 ぺこぺこ頭を下げている盗賊とエドガーたちを乗せてゆっくりと亀が湖を泳いで渡っていく。
 その姿が見えなくなるころ、岩陰から出てきたセリスとマッシュが地面に置かれた餌を見て苦笑した。
「…一応、俺達にも来いって言ってるん…だよな? これ」
 変な顔で半分笑っているマッシュに、くすくす笑いながらセリスが返した。
「やっぱりエドガーさんよね?」
 マッシュが苦笑したまま黙って肩をすくめる。餌の残りを食べに亀がゆっくりとこちらに戻ってくる姿が見えていた。





 盗賊たちの言っていたことは本当だった。
 湖を渡って洞窟の細い道を抜けていくと、フィガロ城の地下牢に出た。
「…機関室を」
 小声で言ったエドガーに頷いてグレシアが素早く機関室へ走る。
「ボスッ! ここが例の宝のある部屋っすッ!!」
「わかった」
 宝に夢中でグレシアがいなくなったことに気づいていない盗賊たちの目を引くように堂々と歩いてエドガーが彼らの見ている前で扉を開錠していく。
 重い金属音を立てて扉が開いた瞬間だった。
 グレシアの悲鳴が聞こえてきて、全員で一斉に走り出す。
「大丈夫かッ?!」
 機関室にエドガーが駆け込むと、いつもの見慣れたエンジンルームを巨大な触手のようなものが支配していた。生き物なのか植物なのかもわからない。細長く白い触手が床から天井まで部屋全体を埋め尽くし、意志を持っているようにそれぞれが絡み合って揺らいでいた。
「……ッ!!」
 捕まって床の上でもがいていたグレシアの触手を剣を抜いて斬ってやりながら、背後の盗賊たちに叫ぶ。
「こいつの相手は俺がやるッ! その間にお前たちは…」
「ボスッ! 危険ですぜッ!!」
「いいからさっさといけッ!! 死にたいかッ?!」
 慌てて機関室から出ていく盗賊たちを見送るのもそこそこに、腕の中でエドガーに縋りついてガタガタと震えているグレシアに小声で声をかける。
「どうした?」
「エ…エ…エド兄…」
 半分泣きそうになりながらグレシアが必死に口を動かす。
「私…これ…知ってる…」
「まさか…向こうでこの触手を見たことがあるのかッ?!」
 コクコクコクコク…何度も頷くグレシアに、エドガーが何か訊こうとした瞬間だった。何本かの触手がエドガーに向かって飛んできて、とっさにエドガーがグレシアを抱いたまま背後に飛ぶ。先ほどまでエドガーがいた空間に飛んできた触手をバッサリと斬って、セリスが叫んだ。
「エドガーさんッ!!」
 叫んだセリスにまっすぐ伸びてくる複数の触手が風の刃に切断されて宙を舞う。
「兄貴ッ! なんなんだこれッ!?」
 真空波を放ちながら飛び込んできたマッシュにエドガーが答えようとした時だった。エドガーの腕の中からなんとか立ち上がったグレシアが言った。
「こ、これ…大ミミズなんだ…。子供の頃…潜航中の城でかくれんぼしてた時に空いてた地下牢に隠れてたら襲われて…それ以来…トラウマに……………」
 まだ目じりに涙がたまったまま、真っ青な顔で話すグレシアにエドガーが慎重に訊いた。
「…辛い話を思い出させてすまないが、その時は一体どうやって倒した?」
「あの時はまだこんなに大きくなかったんだ…」
 全身に触手が絡まって苦しさと気持ち悪さに泣き喚いて助けを呼んでいたところを、一緒に遊んでいたエドガーとマッシュが慌てて駆け付けてくれた。しかし、当時はまだエドガーとマッシュでさえ十歳になるかならないかで、二人がかりで触手を剣でなんとか切断してグレシアを引っ張り出すようにしてやっとの思いで救出してくれた。その後、騒ぎを聞いて駆け付けてきた騎士たちによって大ミミズは退治され、ミミズの侵入経路となった地下牢の穴は徹底的に修復され塞がれることとなった。
 話を聞いてマッシュがしみじみと呟いた。
「…つまり、その時お前が襲われなかったらミミズはこのサイズまで巨大化してたって事か…」
 エドガーが何か言おうとした瞬間だった。
 セリスの悲鳴が室内に響く。
「セリスッ!!」
「ごめんなさいッ! 足が…ッ」
 地面を這ってきた触手に足を取られ、体が勢いよく宙に浮く。とっさにセリスの身体を掴んだマッシュが踏ん張っているうちにエドガーが剣でセリスの身体に絡みついている触手を斬った。
「兄貴…。結構厄介だぜ、こいつぁ…」
 どさっと倒れ込んできたセリスを受け止めてやりながらマッシュが苦笑する。魔法で戦うにも、この後すぐに城を浮上させなければならない状況でまさか機関室を火の海にするわけにもいかず、無論、エンジンごと凍らせるわけにもいかない。万が一にもエンジンにこれ以上ダメージを与えるわけにはいかないのだ。結局ちまちまと剣や真空波で斬っていくしかない。
 エドガーが同じような顔で苦笑して言った。
「…かくれんぼか…懐かしいな。潜航中は退屈だからよくやったが…。…地下牢は盲点だった」
 隠れておくべきだったなと呟いているエドガーをマッシュが豪快に笑い飛ばす。セリスの身体についていた触手を払ってやって、三人が覚悟を決めて戦おうとした時だった。
 グレシアが低い声で呟く。
「三人とも、耳塞いでて」
「グレシア…?」
 ごしごしと顔を拭って、毅然とした表情で彼女は言い放った。
「…トラウマは…自力で乗り越えるッ!!」





 
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