novel

□Episode5(4)
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 そう。そうだった。
 今の今まで忘れていた。
 元の世界に戻って、城の中を駆けてまっすぐ自分の部屋へと戻る。
 誰にも会わなかった。
 でもそんなことも何も考えずに、ただただあの時どこかにしまっておいた箱を夢中で探す。
 ほどなくして、机の引き出しの奥から発見した小箱を、開けた。
「…父さん……」
 思わず声が漏れた。
 あの石…だった。
 そう。今まで気が付かなかった。
 今まで持っていた石は向こうの世界の物。
 ならば存在するはずだったのに。
 何故か考えたことすらなかった。
 こちら側の世界のあの石の行方を。
 二つになった石をまとめて紐に通して首にかける。
 箱に入っていた小さな紙に書かれていた一言。

『自分の意志で、生きろ』

 ああ…そうだ。昔マッシュが言っていた。
 この石は、父が自分を守ってくれているんじゃないかと。
 予備の機械弓と楽器と服を引っ張り出して、新しい弦を張り直し、部屋を飛び出す。
 やはりこちらの世界ではフィガロ城は事故にはあわなかったようだ。いつもと変わらない城の中を駆け抜けて、城を飛び出す。
 身体が軽い。
 一年前この城で苦しんでいた自分が嘘のようだ。
 いつもと何も変わらないフィガロ。
 なのに。風も、砂も、空も、町も。

 そして、歌った。

 見慣れた町で声を張り上げて、力の限り歌い続けた。
 やがてフィガロを飛び出し、ニケアから世界へ。
 グレシアの心は限りなく透明だった。
 今まで何気なく享受していた世界の全てが、新しい。
 壊れた世界の空が、海が、森が、草が、木が、人が、町が、道が、動物たちが。
 ただそこにあるものすべてが、そこにあるという至福。
 彼女の歌声は世界中に響き渡った。
 崩壊した世界の中で、朝も昼も夜も、ただただ歌い続ける。
 途中、モブリズで戦えなくなったティナに出会った。今は子供たちの母として生きている彼女と話して、困った時はいつでも呼んで欲しいといい残してまた旅を続けた。
 獣が原で修行中のガウに出会った。
 お互い修行を積んでまた再会しようと笑い合って、別れた。
 新しいサマサの村で、レオの墓を建てた。
 骨が入っていない墓の前で、向こうまで届くように声を張り上げて歌った。
 何日も何日も、ただただ歌い続けて世界をめぐる。
 この素晴らしき世界を。





 世界中の人々がフィガロの歌姫の復活を噂し始めるころ、サウスフィガロの町を訪れたセリスとマッシュが、エドガーと再会していた。
「マッシュッ! 生きていたか」
「当たり前よッ! たとえ裂けた大地に、挟まれようとも、俺の力でこじ開けるッ!!!」
 師匠の受け売りを言い放つマッシュを嬉しそうに笑って軽く抱きしめた後、エドガーがセリスに言った。
「セリス…無事でよかった。今までどこに?」
「一年間、意識がなかったの…。起きてこの世界を見た時は、もうみんな死んでしまったかと思っていた…希望は絶たれてしまったと思っていた……けど…諦めちゃいけないわね。生きているかもしれない…ッ! みんなを探して…そして…」
 エドガーが朗々と言った。
「ああ。生きている限り希望はある。フィガロもようやくここまで復興してくれた」
「兄貴の力でここまで復興したんだろ? 風の噂に聞いてたぜ。フィガロの人間じゃないやつまで生き残った人間を集めてサウスフィガロとフィガロ城を中心に復興を進めてたんだろ。一年前、どこの村でも生きていける状態じゃなくなった時にフィガロへ行けば国王が助けてくれるって噂が広がってみんなここに集まったんだ」
 マッシュの話を驚いて聞いているセリスに苦笑してから、エドガーがマッシュに言った。
「…で、お前は修行に励んでいたわけか」
「おうッ!! 兄貴が復興した国を守るには、ケフカの野郎をぶっ倒さねぇといけねぇからなッ!!」
「ああ。その通りだ」
 力強く言ったエドガーに、セリスが嬉しそうに訊いた。
「それじゃあ…一緒に来てくれる?」
 頷いてエドガーが言い放つ。
「もちろんだ。もうフィガロは俺が常についていなくても皆だけでやっていけるだろう。あとは…ケフカを倒すだけだ」





 フィガロ城に三人で戻って、これからの方針を立てる。
 とりあえず、他の仲間を探すためにフィガロ城を動かしてコーリンゲンへ向かうことが決定した。
 夜。久しぶりのエドガーの私室で二人で紅茶を飲みながらマッシュが言った。
「変わらねぇな、この城は」
「あの日、フィガロ城は潜航中だった。それが幸いして城にダメージがなかったおかげで、城が浮上してきてからは復興もやりやすかった」
 穏やかな顔で話しているエドガーにマッシュが笑っていない目で語る。
「…変わらねぇ…か。一年前、十年ぶりに戻った時もそうだった。この城は変わらねぇのに…ここにはもう…親父もグレシアもいねぇ…。……ついに俺達だけになっちまったか…」
 表情を隠すように横を向いて天井を見上げているマッシュにエドガーが静かに言った。
「そう悲観するな。グレシアは死んだと決まったわけじゃない」
「あいつが生きていて兄貴のところに帰ってこない理由があるか?」
 この一年間、エドガーがフィガロを復興させていたことは世界中が知っている。グレシアがどこかで聞いていたら、必ず戻ってきているはずだ。…戻れる状態ならば。
「マッシュ。いつかグレシアが話していた特異点のことは覚えているか?」
「………ッ! そう…か……グレシアは…」
 驚いた顔でエドガーを凝視しているマッシュに、真剣な顔で頷いてエドガーは続けた。
「サマサの村はあの日全滅して、派遣した騎士を含め、村人の大半が犠牲になった。そのさなかでグレシアだけが向こうの世界に飛んだ可能性はある」
「…なるほど。死んだと決まったわけじゃない…ってのはそういうことか」
 軽く息をついてマッシュは続けた。
「道理で兄貴が落ち着いてるわけだ」
「そう見えるか? まぁ、確かに心配はしていない。グレシアなら……大丈夫だろう」
「…………そうか」
 お互い様子を見合うような会話をして、しばらく黙る。先に口を開いたのはマッシュだった。
「そうだな。案外向こうで元気にやってるかもな」
 軽い物言いで言い放った瞬間、エドガーが叫んだ。
「だがあの子は口がきけない……ッ!」
 叫んでしまってからハッとした表情になっているエドガーに、苦笑してマッシュが言った。
「……やっぱ心配してんじゃねぇか…」
 苦い顔で笑っているマッシュに、長く息をついてから、観念したような顔でエドガーがぽつぽつと語りだした。
「…当たり前だ…。仮に向こうに飛んだとして、その後どうなる…? 崩壊した世界で口もきけず、あいつを知っている人間もほとんどいない…」
 普段の彼女なら、きっとここまで心配はしなかった。だが1年前のあのボロボロだったグレシアが…口もきけず、必死に表情を作っていたが本心から笑った顔など一度も見せなかった彼女が…あんな状態のまま崩壊した異世界に放り出されているかもしれないと思えば、心配でないはずがない。ちゃんと食事はとれているのか。安心して眠れる場所はあるのか。苦しい思いを…してはいないか。せめて…無事でこちらに戻ってきてくれれば…。辛そうな顔で俯いているエドガーに、マッシュが言った。
「…兄貴、大丈夫か?」
 心配そうにこちらを見ているマッシュに、無理やり笑ってエドガーは言った。
「ああ。正直に言うと、今日お前が無事戻ってくれて、ホッとした。セリスも一年意識が戻らなくてもちゃんと生きていてくれた。グレシアや他の仲間のことは今後も諜報部に頼んで捜索を続ける。…大丈夫だ。きっと…」
 世界が崩壊した日からずっと行方不明。もしかするととっくにどこかで死んでいて二度と見つからないかもしれない。それでも、遺体を見るまで諦めなどつくはずもなかった。
 人前では心配している素振りすら見せず、ただ王として国を復興することだけに全力を尽くし続け、人からマッシュやグレシアについて訊かれても「ま、あいつらなら大丈夫だろう」とそっけなく言い切って笑い続けて。マッシュの顔を見てようやく本音を吐ければこんなもので。
 結局、その日はマッシュは子供の頃たまにそうしていたように、自室には戻らずにエドガーの部屋で過ごした。





 
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