novel

□Episode5(5)
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「…随分、変わったみたいだな」
 久しぶりのエドガーの私室で二人で紅茶を飲む。
 モグとウーマロにも部屋を用意してもらって、久しぶりに城で夕飯を食べた。
「色々あった…。でも…もう大丈夫。もうどこにも行かない」
 微笑んでいるグレシアの横に座ってから、エドガーが小さくつぶやいた。
「……そうか」
 エドガーに軽くもたれて笑っているグレシアの髪をそっと撫でる。
「この髪は…自分で染めたのか?」
 エドガーの方を見ずに首を横に振ってから、グレシアが小さな声で言った。
「エド兄が染めてくれたんだよ? …向こうの」
「ほう。俺の仕業か。なら叱れないな」
 くすくす笑いながらグレシアが言った。
「元に戻した方がいい?」
「…お前がそれでいいなら、俺が後でやってやるよ」
 静かな会話を続けて、エドガーがタイミングを見計らったように訊いた。

「何故、帰ってきた?」

 やっと自由を手にしたのに。
 長年彼女を縛っていた父と兄の期待も、王族としての義務もしがらみも、もう何もかも棄ててよかったのに。もう充分なだけの男性並みの働きを彼女は今までしてきた。外の世界より過酷なこの世界の女性の中でも、稀にみるほどの過酷な経験もした。もう外で好きに自分の人生を生きてもいいはずだ。女性は…城にいる限り自分の意志ではまず生きられない。
「エド兄」
「ん?」
「今日は、一緒に寝たい」
 話したいことが、たくさんあるんだ。
 グレシアが自分からそんなことを言い出したのが珍しくて、驚いた顔でこちらを見ているエドガーに続ける。
「今まで心配かけてごめん。もう、エド兄に寂しい思いはさせない」
「……グレシア…」
 目を丸くしているエドガーに彼女は言った。
「私はここで…自分の意志で生きるよ。その為に帰ってきた」
「そう…か。…ありがとう」
 少し見なかったうちに…大きくなっていた。なのにどれだけ変わっても、成長しても、エドガーを一人にしないでいてくれる。
 それはまるで、今までの自分が全て肯定されたような…幸せで不思議な錯覚だった。
 

 その日、エドガーは向こうの世界の彼がそうしてくれたように、深夜まで話を聞いてくれて、グレシアを抱いて眠ってくれた。





「…それで、マッシュ兄とセリスはなんでコーリンゲンに?」
 翌朝、シャワーを浴びて昨夜エドガーに染め直してもらって元の色に戻った髪を乾かす。紅茶を飲みながらエドガーが言った。
「実は昨日、コーリンゲンでセッツァーの目撃情報が入った」
「……ッ!!」
「二人で探しに行くそうだ」
「エド兄が行かなかったのは…」
 ほんの少し嬉しそうに訊いてくるグレシアに苦笑してエドガーが答える。
「ああ。どこかの家出娘が帰ってきたとき、家に家族が待ってないとな」
 微笑んで礼を言うグレシアに笑ってから、エドガーが続けた。
「それにしても、まさかモーグリと雪男連れで帰ってくるとは思わなかった」
 しかも連れて帰ってきた理由が、グレシアが歌っていたら歌を気に入って彼らがついてきたから…と。なんというファンタスティックビーストな展開なんだ…。苦笑しているエドガーに楽しそうに笑ってグレシアが言う。
「悪い。旅の間は先のこととか全然考えてなかった。…うちで飼ってもいい? お兄ちゃん」
「いいだろう。ちゃんとお前が世話をするならな」
 お互い妙に芝居がかった声で会話をして思いっきり笑う。
 またこんな風に笑って過ごせる朝が来たことを、父と向こうの世界に感謝しながら。





「ペットじゃないクポ〜〜〜〜ッ!!!」
 叫んでいるモグにエドガーと二人で笑って、グレシアが言った。
「まぁ、私の友達ってことで。しばらくうちにいなよ。飽きたら…またナルシェに戻ってもいい。ここの人たちには仲良くしてくれるよう言っておくから」
「? グレシアはどこかへ行くクポ?」
 グレシアが軽く頷く。
「行方不明だった友達が見つかったかもしれないんだ。これからコーリンゲンまで会いに行くところ」
「モグも行くクポーッ!」
「ウーッ!」
 盛り上がる二匹に肩をすくめて苦笑する兄妹。…賑やかな旅になりそうだ。





「セッツァー…?」
 昼間の薄暗い酒場にセリスの細い声が飛ぶ。
 酒瓶を片手にぐったりと椅子に腰かけている銀髪の男がチラッとセリスとマッシュの方を見て、何の反応もせずに再び片手に握ったままの酒瓶を口につけた。
「…………」
 しかし、空だったらしい。
 テーブルの上に何本か散らばった空瓶の中に握った空瓶を転がして、新しい酒瓶を手に取る。
 そのままスッと酒瓶が手の中から空に昇って行って上を見上げると、マッシュの苦い顔が目に入った。
「…生きていたか」
 面白くもなさそうに言って新しい酒瓶を目で探すが、テーブルの上に転がっているのは空瓶ばかり。どうやらマッシュに取り上げられた瓶が最後の一本だったらしい。
「もうやめとけ。身体壊すぞ」
 マッシュの固い声に思いっきりため息をついてセッツァーは叫んだ。
「マスターッ! 酒が切れちまった」
 カウンターの中の気の弱そうな男が酒を用意するかどうかマッシュとセッツァーを交互に見比べて真剣に悩み始める。…見た目だけで言えば、おそらくどちらを怒らせても命はないだろう。
 セリスが間に入ってセッツァーに言った。
「セッツァー。私たちと一緒に行きましょう。ケフカを倒すの!」
「………無理だ…。俺はもう何もやる気がしねぇ…」
 酒臭さにセリスが顔をしかめる。マッシュが代わりに訊いた。
「飛空艇を失ったショックか…?」
「飛べねぇギャンブラーはただの酒飲みさ」
 自嘲気味に笑うセッツァーにセリスが食い下がる。
「世界が引き裂かれる前に、あなたは私達と必死に戦ってくれたじゃない…。あんなつらい戦いに……」
「でももう俺は…夢をなくしちまった」
 濁った瞳で気力なく話すセッツァーにセリスが何か言いかけた瞬間だった。

「今考えている事の逆が正解だ。でもそれは大きなミステイク」

「……ッ!?!」
 頭上から降ってきた凛とした声に思わずバッとセッツァーが階段の上を見上げると、グレシアとエドガーが何故かモーグリと雪男連れで立っていた。
 階段の上からグレシアが余裕のある表情で笑いながら続ける。
「アンタが教えてくれた言葉だ。セッツァー」
「…チッ。…グレシアか…。随分と大人の風格が出てきたじゃねぇか……」
「セッツァー。アンタそんなに骨のない男だったか? 歌えない吟遊詩人でもできることはあったんだ。飛べないギャンブラーにだって夢は見られるだろ?」
 真剣な顔で言ってくるグレシアにセッツァーが苦笑する。
「…口まで達者になりやがって……」
 セリスが強い口調で言った。
「こんな世界だからこそ、もう一度夢を追わなければならないんじゃない? 世界をとりもどす夢を…ッ!」

 ゆっくりと立ち上がって出口へ向かうセッツァーにセリスが慌てて背後から声をかける。
 男は背中で言った。

「心配しなさんな。酒を抜くんだよ。今のまんまじゃ恥ずかしくってお前らの面もまともに見らんねぇ…」





 
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