novel

□Episode5(6)
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 その女は、世界最速の女だった。
「今、考えていることの逆が正解だ。でも、それは大きなミステイク」
 銀髪の男が呆れた顔で返す。
「…意味がわからん。ダリル、それじゃ結局どっちが正解なんだ?」
 リズミカルに舌を鳴らしながら顔の前で人差し指を振って、ダリルは答えた。
「あらゆることを疑ってかかれば…あらゆることが可能性となって見えてくるのさ。…セッツァー」
「要はテメェもよくわかってねぇだけだろうが。ったく…」
 呆れたように言い放つと、豪快に笑う女の声だけが返ってきた。

 それはまだ、その男が世界最速を夢見ていたころの話。





「…気ままなギャンブラー暮らしをしていた俺にも、若い頃は必死で打ち込める事があった…」
 セッツァーの案内で、彼の友人の巨大な墓の中を進む。
「若い頃って…お兄さん、今でも若いクポ」
「ウー…。おまえ、いくつだ」
 背後から聞こえてくるポップな声にセッツァーが黙りこくっていると、空気を読んだマッシュが静かに言った。
「…黙って聞いとけ。男が過去を語るときは何歳でも若い頃って言うんだよ」
「ふ…深いクポ…」
 しばらくしてから、気を取り直したセッツァーが話を続ける。
「ブラックジャック号を世界一速い船にして大空を翔る…そんな夢を追いかけていた」
 セリスが静かに訊いた。
「…ブラックジャック号は世界で唯一の飛空艇だった…。なら、昔から世界一速い船は…」
 セッツァーが首を横に振る。
「その頃は俺を夢にかり立てる女がいた。世界最速の船、ファルコン号を操る飛空挺乗りだ」
「ほう。初耳だな」
 女と聞いて興味を向けてきたエドガーに笑って言ってやる。
「俺たちの関係はそんなんじゃないさ。俺とヤツは…時には良きライバル、時には夢を語り合う親友だった。どちらが先に空を突き破り、満天の星空の中を航海できるかと……」
 だが、そんな日々は長くは続かなかった。





「今度のテスト飛行は危険かもしれない」
 珍しく深刻な顔で言いだすから何事かと思えば。見せられた改造設計書を片手にセッツァーが叫ぶ。
「…危険かもなんてもんじゃねぇ…ッ! こりゃ船の限界だぜ、ダリル。無茶だッ」
 しかし、女は引かなかった。
「私に何かあった時は、ファルコン号を頼む」
「ふざけんじゃねぇッ! あれをいただくのは俺が世界最速の男になった時だ」
「んじゃ、永遠に無理だね」
「…言ってろ。後で泣いて謝らせてやる」
 いつものように笑い合ってそれぞれの船に乗る。

「雲を抜け、世界で一番近く星空を見る女になるのよッ!」

 それが、女の最後の言葉だった。





「ダリルがファルコンと共に姿を消した時、俺の青春も終わった」
 グレシアが静かに言った。
「…勝ち逃げされた…か。死んだ奴には勝てないからな…」
 ふっと笑ってセッツァーが返した。
「まったくだ。遠くの土地で壊れたファルコンを見つけたのは、それから一年後だった……」
 それから彼はファルコン号を整備し、ダリルの墓を建て、船と共に眠らせてやった。
「だが…静かに眠ってるところを悪いな、ダリル。蘇らせる…もうひとつの翼をッ!!」
 地下深く、まるで眠るように置かれていた飛空艇。エドガーの感嘆が漏れた。
「これが…ファルコンか」
 背後でモグが小さな声で呟いた。
「す…すごいクポ。ど、どうやってここまで運んだクポ…?」
 完全にモグのつぶやきを無視してセッツァーが叫ぶ。
「羽を失っちゃあ、世界最速の男になれないからなッ! また夢を見させてもらうぜッ!!! ファルコンよ!」
 呼応するようにエドガーが叫ぶ。
「そう。俺達にもまだ夢はある。いや…夢を作り出せるッ!」
 開閉器を操作して天井を開ける。
 その上の階の天井も、更にその上の天井も、更にその上も…。何枚もの天井をゆっくりと開いていって、最後に地上が…空が見えた。
「行こう…ッ!!」

 墜ちた翼が、再び空へと舞い上がっていった。





 再び手に入れた空で、全員で甲板に出て話す。
「それじゃ…ティナは…」
 頷いて、グレシアが答えた。
「今は、孤児たちの世話をして静かに暮らしている。元気そうだったけど、戦う力がなくなったと言っていたから…定期的に様子を見に行った方がいいかもしれない」
「そうね…。困ったことが起きていないか聞いてあげるだけでも」
 安心したような目で微笑んでいるセリスにエドガーが同じような顔で微笑んで言った。
「ティナには戦うより平和に暮らす方が似合う。元々彼女を戦いに引き込んだのは俺だったが……せっかく幸せな生活が手に入ったんだ。援助は最低限に留めて、平穏な生活をあまり乱さないようにしよう」
 軽く頷いてから、グレシアがマッシュの方を向いて言った。
「そういえば、ガウにも会ったよ」
「ほう。…強くなってたか?」
 にやりと笑うマッシュに読めない顔でグレシアが返す。
「本人曰く、まだまだ修行中…だそうだ」
「がっはっは。なら、もうちょっとしたら迎えに行ってやるか」
 セリスが曇った顔でグレシアに訊く。
「…グレシア、ロックには…会わなかった?」
「会っていない。…けど、もしかすると…」
 そこで言葉を濁してしまったグレシアに、セッツァーが訊いた。
「おいおい、そこまで言って止まんなよ。心当たりがあんのか?」
 少し言いづらそうに、グレシアが口を開いた。
「…帝国との開戦前に最後にロックが調べていたフェニックスの話を聞いたことがある」
「店で売ってるフェニックスの尾のことか?」
「いや…あれはそういう名前だけど、実際にフェニックスから採ったわけじゃない。でも、ロックが言うにはフェニックスは実在したらしいんだ。…まぁ…、ロックは昔から次から次へとその手の話を調べていて、それが本当だった試しは一度しかないんだが…」
 …特異点の話だけである。
 グレシアは続けた。
「ただ、ちょっと引っかかることがあって、あの時ロックが言っていたのは…」
『はるか昔、フェニックスは自らを石にかえたという伝説があるんだ。その石が、魂を蘇らせる伝説の秘宝として世界のどこかに封印されてるらしい』
 ハッとした顔でエドガーが呟いた。
「まさか…魔石か?」
 頷いてグレシアが返す。
「ああ。当時は魔石のことなんて知りもしなかったけど、今なら…伝説のフェニックスが実際には幻獣で、力尽きて最後に魔石になった…と考えれば、筋が通る」
「なるほど。そう考えればかなり現実味のある話だ。ロックも同じことを考えたとしたら、当然、魔石の力を手に入れようとするだろう」
 セリスが切ない顔で呟いた。
「……ロック…」
 エドガーはあえてはっきり言わなかったが、何故ロックがその魔石を手に入れようとするのか…それが、彼女の心に暗い影を落としていた。




 
 
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