novel

□Episode5(7)
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 その日は、命日だった。


 あの日、世界の崩壊と共に死んだ、みんなの。
 多くの命が散っていった日。



 晴天の昼下がり。フィガロ中が静まり返る中、エドガーのよく通る朗々とした声が響き続ける。
 城の人間も、近くの町の者も、多くの人間たちが見守る中、儀式は静かに続いていた。
 すすり泣く者も何人も出る中、硬い表情でエドガーが追悼の話を終え、儀式の言葉に入る。
 王族席にいる者たちは、グレシアを含め皆、神妙な顔をしていた。仲間たちは一般の席で、いつもと違うエドガーの姿をただ静かに眺めていた。
 やがて、エドガーの声が終わる。
「…安らかに眠るがいい。母なる大地は汝らがふるさとなり……。黙祷!」
 エドガーの号令が静寂の中に響き渡った。
 エドガーと背後で列をなしている騎士たちが一斉に剣を身体の前でまっすぐ上に掲げたまま、同じ動作でその場に跪いて目を閉じる。
 集まった人々が一斉に祈りを捧げ、静寂が場を支配する。
 父の法要以来の喪服を着たグレシアも祈った。
 サマサの村で死んだ村人たちが…家族だった騎士たちが…そして、レオが。犠牲になったすべての人々が安らかに眠れるように。





 騎士たちの墓はフィガロに建てられていた。花を添えた墓の前でグレシアがもう一度祈る。
 生の花はまだ貴重品で手に入らないから、造花だったが。
 あの時、一緒に死ぬべきだったと以前なら考えたかもしれない。だが、今なら言える。
 どれほど苦しくても、精いっぱい自分の意志で残りの人生を生きてみせる。
 皆が生きたくても生きられなかった時間を。





 部屋に戻って服を着替えて片付けていると、扉が音もなくスッと開いた。よく見ると、ドアの陰からそっとモグがこちらを覗いている。
「どうかした?」
 手招きしてから笑顔で訊くと、珍しく元気のない様子でトボトボと部屋に入ってきて、パタン…と閉まるドアの音の直後にグレシアの前でモグは言った。
「フカフカさせてやるクポ」
「何? いきなり…」
 笑っているグレシアにモグが言った。
「今日のグレシア…すごく悲しそうだったクポ」
「…………」
 少し考えてから、思い切ってモグを持ち上げてベッドに腰かけて膝の上に乗せる。
 …見かけより重い。
「よいしょ…っと」
 黙ってされるがままになった後、モグは言った。
「さぁ、好きなだけフカフカするクポ」
「モグ」
「どうしたクポ?」
「私だけじゃないよ。みんな、悲しい」
 モグを背後から抱きしめてゆっくり撫でてやる。
「……本当はボクも今日悲しかったクポ」
「他のモーグリ族はみんな、死んじゃったって言ってたな…」
「これ、死んじゃったモルルがくれたお守りクポ」
「モルル?」
「ボクの彼女クポ」
「そう…か」
 一体…この世界にはあとどれだけ自分やモグのような思いをした者がいるのだろう。
 背後から抱きしめたまま黙ってずっとモグを優しく撫でていると、服の袖にぽたぽたと雫が落ちてきて、何故だか暖かい気持ちになってくる。
 傷の舐め合いを嫌う人間も多いけれど、寂しい者同士で共感しあって哀しみを乗り越えていくこと自体は、悪くないような気がする。
 不思議と、グレシア自身は今日涙は出なかった。
 明るい歌を口ずさみながら、モグを撫でる。
 誰かが言った。本当に悲しい歌はメジャーコードのメロディーで出来ている…と。
 グレシアが今口ずさんでいるこの緩やかな調子の歌が、実は鎮魂歌であることを知っている者は案外少ない。
 陽が沈むころ、泣き終わったモグが腕の中で言った。
「…ちょっと元気、でたクポ」
「良かった。夕飯、食べに行こうか?」
 今日はこのまま城で過ごす予定だから、夕飯は何もしなくても城の人が用意してくれている。
「フカフカしないクポ?」
「ん…そういえばしてなかったな…」
「お礼にフカフカさせてやるクポ」
「それじゃあ……お言葉に甘えて…」
 そっと手触りのいいモグの身体を揉みながらぐっと抱きしめてみる。
 思わず声が漏れた。
「こ…これは……」
 グレシアが恍惚とした表情でモグの身体をどんどん撫でながら全身で抱きしめていく。
「…………落ち着く…」
 うっとりと呟く。なんという安心感。子供の頃から抱いて寝ていた親友−−−ばあやに作ってもらったぬいぐるみ−−−に勝るとも劣らない。これから城以外で寝るときはずっと添い寝してほしいくらいだ。
「ち、ちょ……グレシア…い…いくらなんでも…やりすぎ…く…クポ…。こ、腰が…くだけ……あ、そ、そこ…気持ちいいクポ〜…だ…だめクポ…もうやめ……ッ」
「ああ……最高……」
「だ…誰か…助けてクポ〜〜〜ッ!!」





 グレシアの部屋から千鳥足で出てきたモグに、エドガーが背後から声をかける。
「…大丈夫か? 昼間から酒でも飲んでいたのか?」
「……も、もうグレシアには一生…フカフカさせてやらないクポ……」
「ふ…ふかふか?」
「…………魔性…クポ……」
 呟いてよろよろと歩きながら行ってしまったモグを見送って、グレシアの部屋のドアをノックする。
「グレシア、入っていいか?」
 カチャ…と申し訳なさそうにドアを開けてくれたグレシアが訊く。
「ああ…ごめん。夕食の時間に遅れた?」
 慌てて時計を見ようとしているグレシアに少し安心してエドガーが言った。
「いや、まだ時間前だ」
「なら…なんで…」
 今日は忙しいだろうに。わざわざ時間を空けて毎日会っているグレシアの顔を見に来てくれるなんて。少し驚いているグレシアに、エドガーは部屋に入ってドアを閉めてから、正直に答えた。
「…少し、元気がなかった気がした」
「……そんなに、顔に出てた?」
 さすがに少し反省すべきか。今日は追悼式典の日だから、湿っぽい顔は隠さなくても問題ないかと思っていたが。
「式典の後ずっと部屋に籠っていたと聞いたが…モグが一緒だったのか?」
 珍しく少し戸惑いながら訊いてくるエドガーに、小さく笑って答える。
「うん…。モグも恋人を亡くしたらしい。あの日に…」
「………そうか」
 モグは…ではなく。モグも…か。
 胸中呟いて、エドガーが微笑む。
「…今日は、夕食はここで一緒に食べようか」
「え…?」
「仕事が片付かないからグレシアに手伝ってもらうとでも適当に言って持ってこさせよう」
 言うが早いか部屋から出ようとしているエドガーに慌てて訊く。
「いいの? というか、仕事は?」
 扉の前で振り返って、エドガーは堂々と言い放った。
「もう片付けたさ。今日は残りの時間はお前と過ごす」
「あ、あのさ…エド兄」
「…ん?」
 グレシアがこんな言い方をするのは珍しい。少し驚いて聞き返したエドガーをさらに驚かせる一言を彼女は放った。
「…わがまま言っていい?」
「聞こうか」
「マッシュ兄も…呼んでいい?」
 自分の兄と食事をしたいということが…わがまま、か。
 ふっと息をついてエドガーが笑う。
「俺が呼んでこよう。それから…」
「何?」
「俺にわがままを言いたいときはいちいち断らなくていい。…昔みたいに普通に言え」
 …大人になるというのも、考え物だ。





 
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