novel

□Episode5(8)
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 足りていなかった家具や消耗品などをフィガロで調達して飛空艇に詰め込む。
 一応城の人たちも手伝ってくれたものの、一番活躍したのは間違いなくウーマロだった。
 自分より大きなベッドを素手で軽々持ち上げてドスドス走っていく姿はもはや手品の域だ。
「ま、ボクの子分ならこのくらいは当然クポ」
 と、足を組んで椅子に座っていただけのモグが偉そうに言う。
 一日がかりでようやく生活できるようになった部屋をそれぞれ片付けて、一番広い中央の部屋に置いた大きなテーブルを半分ほど使って七人でわいわい言いながら夕飯を食べる。
 食べ終わってセリスとグレシアが二人で食器を片付けている中、セッツァーが訊いた。
「それで、何か情報はあったのか?」
「仲間の情報はまだなかったが…グレシアの言っていたフェニックスの話なら諜報部員に既に知っている者が何人かいた」
 エドガーの言葉に驚いてマッシュが訊く。
「有名な話だったのか?」
「らしいな。だが、そこそこ有名にもかかわらず、未だその秘宝を手にしたものは誰もいない。というのも、ツェンの町の北の海底火山の洞窟の奥深くの噴火口に眠っているという話だったからだ」
 セッツァーが苦い顔で呟いた。
「…道理であのロックがそんな情報仕入れていながら動いてなかったはずだぜ…。あいつ、情報聞いたら即行かねぇと気が済まねぇタチだろ?」
 軽く苦笑してエドガーが続けた。
「ああ。流石のロックも帝国領の海底火山洞窟までは行けなかったんだろう。ところが、一年前に世界が崩壊して事情が変わった」
「まさか…」
「そのまさかだ。当時海底にあった火山が地殻変動により地上に現れた。これが昨日城で受け取った現在の最新世界地図だ」
 テーブルに広げた地図をセッツァーとマッシュが横からのぞき込む。まだ白い部分も何か所か残っているものの、流石というべきか主な町や大陸はほぼ全て正確に記載されていた。
「この火山…旧帝国領と陸続きじゃねぇか。周囲がぐるっと高い山脈に囲まれてて…その内部は未調査か。まぁ、十中八九火山だろうが…」
 苦い顔で話すマッシュにセッツァーが笑った。
「歩いていけるなら確実に乗り込んでるだろうぜ。ロックなら」
 なんという無茶苦茶な。もし彼がこの山と火山の洞窟にたった一人で一年がかりで挑んでいたとしたら…。
 ふぅ…と、息をついてエドガーが小さな声で言った。
「この飛空艇なら…山を越えて直接火山の洞窟に乗り込める」
 背後からセリスの声がした。
「ロックに、追いつけるのね」
「行ってみる価値はあると思うが…現時点で火山の情報は何もない。厳しい道のりになるぞ」
 エドガーの言葉が重い。
 情報のない場所ほど危険な場所はない。
 情報のない魔物に不意打ちで遭遇して冒険者パーティが全滅するのはよく聞く話だ。事前の対策と入念な準備が、一つしかない皆の命を守る文字通りの命綱。それはここにいる全員がよくわかっている。
 ロックが本当にいるとも限らない。
 とはいえ、ロックがいなくてもフェニックスの魔石を入手できるのは大きい。
 グレシアが小さな声で言った。
「…でももし本当にロックが一人でここに潜ってるとしたら…助けがいるかもしれない」
「ああ。無論、行かないわけにもいくまい。…ミイラ取りがミイラにならないようによく準備をしてから突入しよう。それと、今回はフィガロの騎士団にも応援を要請する」
 いつになく慎重なエドガーの声にマッシュが苦い顔で頭を掻きながら笑う。
「だな。今まで海底に沈んでた未調査の火山に王族三人でノコノコと出かけて行って行方不明になったんじゃ、ばあやに叱られるどころじゃ済まねぇ」





 結局、何かあった時にいつでも飛空艇を発進させられるようにセッツァーと、暑いところに行ったら溶けるというよくわからない理由でモグとウーマロが飛空艇で待機することになり、エドガーを中心に彼が人選したフィガロの精鋭騎士達とマッシュとセリス、グレシアで部隊を組んで火山攻略を開始した。
 フィガロ王室にしかない貴重品、炎や熱から身を守る不思議な赤いジャケットが全員に支給され、更に、洞窟調査用の鳥まで導入された。
「流石に手際がいいな」
 感心して呟いたエドガーにリーダー格の騎士が笑顔で眉をひくつかせる。
「でしょう? なんなら、今後ずっと我らをお連れくださっても一向にかまわ…」
「お前たちが明日から全員綺麗なレディに生まれ変わってくれたら是非そうしよう」
 しかし、彼にはエドガーの冗談は通用しなかった。
「陛下…。今更ですが、敵国の軍隊と軍隊を連れていない一国の王が直接戦闘している戦争が一体どこの世界にあります?」
 しまった。始まってしまった。内心苦笑しながら、神妙な顔でエドガーが返す。
「……あ、ああ…。わかった。アシュレー、お前が正しい。私が悪かった。だが、今はもう戦争は終わって…」
「一年前、陛下の命令に逆らってでも魔大陸には我々が行くべきだったとどれほど後から後悔したことか…」
 瞬間、細い道の脇のマグマの中から高速で飛び出してきた魔物を死角だったにもかかわらず抜いた剣でバッサリと斬って、騎士は何事もなかったかのように小言を続けた。
「…まさかと思いますが、瓦礫の塔にも陛下御自身が行かれるおつもりで? しかも、我々を連れずに」
 話す傍から魔物が襲ってくるものの、次々と騎士たちに瞬殺されていく。絶対にエドガーはもちろん、マッシュにもグレシアにもセリスにも戦わせようとしない。…まさしく鉄壁の護衛だった。
「…………。…その件については、後程ゆっくり話し合おう」
 エドガーの声にリーダー格の騎士がため息をつく。この男、指揮力が高く本人も腕が立つ騎士で王室への忠誠心も強かったが、忠誠心が強すぎるのとエドガーを崇拝しすぎるあまり、顔を見ればすぐ護衛をさせろと言い出すのが唯一の欠点だ。それさえなければ素晴らしい部下なのに…。
 エドガーがそんなことを胸中呟いているとも知らず、アシュレーと呼ばれた騎士は手際よく部下たちに指示を出しながら進んでいく。
 セリスが小声で呟いた。
「…護衛、させてあげてもいいと思うけど……」
 エドガーが苦い顔で、それでも一応いつもの優しい笑顔で答えた。
「セリス…。君のような美しい騎士が俺の横で護衛してくれるなら俺は毎日でも連れ歩くよ。しかし……彼らは……」
 頭が痛そうに笑っているエドガーに、セリスが真面目な声で言った。
「エドガーさん。ホントは護衛が私でも何かと理由をつけて断るんじゃない?」
「ほう。そう思うか?」
 小さな小さな声で、セリスは続けた。
「…昔、城の中で当時まだ19歳だったグレシアの暗殺未遂事件があったって話…あれって本当なの?」
「…………」
「……王室のすぐ近くにいる城の騎士ですら、信用できる人間ばかりじゃないってこと…かしら…?」
 鋭い目でエドガーを見上げてくるセリスに、軽く息をついてエドガーが柔らかい口調で話し始めた。
「そうじゃない。…いや、そうだな。城に仕えて日が浅い人間は規則上どうしても遠くに配置せざるを得ないが…。俺はフィガロの人間は全て信用している。自分の立場も、理解はしている」
「なら…どうして?」
 セリスは以前、グレシアともこんな話をしたことがあった。コーリンゲンの宿でロックと三人で。
 あの時彼女は、城に籠っていなくて良かったと答えていたが。誘拐されて酷い暴行を受けている間、後悔はしなかったのだろうか。その気持ちは、セリスにはわからない。そして目の前のこの男は…おそらくグレシアの比ではないほどのリスクを抱えており、それこそ誘拐なんてされた日には後悔などでは済まない。
「…それが俺の責任だからさ」
「え…?」
 一瞬。ほんの一瞬だけ表情のない顔でボソッと呟いた後、いつもの笑顔に戻ってエドガーは続けた。
「人に戦わせておいて自分が高みの見物をするのが性に合わないのさ。セリスだって自分だけ安全なところに隠れている王に、お前は戦場に行って死んで来いと命令されるのは嫌だろう?」
「そ、それは…そうだけど」
 嗚呼、上手くはぐらかされてしまった気がする…。なのに、うまく切り返せない。こんな時グレシアなら…昔から鍛えられてきた彼女ならエドガーのこの口八丁に一体どうやって切り返すのだろう。
 そう思っていたらいつの間にか近くにいたグレシアの声がした。
「…珍しいな」
 ん? と思って同時にグレシアの方を見たエドガーとセリスに、彼女は笑顔で言い放った。
「エド兄がセリスをいじめてる」
 眼が笑っていないエドガーが笑顔のまま両手でグレシアのほっぺたをつねる。
「…羨ましいなら、いつでも言ってくれていいぞ?」
「ひはうひはう(ちがうちがう)」
 目の前では、いつぞやにゾゾの町でみたような楽しそうなじゃれ合いが続いていた。
 ……もしかすると、セリスが思っているよりずっと単純な兄妹なのかもしれない。
 くすっと笑って邪魔しないようにセリスが少し離れていったところで、グレシアが言った。
「……結構痛かった」
「ああ、悪かった」
 苦笑しているエドガーにグレシアがつねられた部分を撫でながら小声で言う。

「…あまり、背負い込みすぎない方がいい」

「…………」
「私も最近気づいた。昔からエド兄はなんでも一人で出来る人だと思い込んでたから、ずっと気が付かなかった」
「…何故、気づいた?」
「ケフカの裁きの光で護衛の騎士を全員目の前で殺されたから…かな。確か子供の頃、エド兄も似たようなことがあったはずだ」
 何の表情も浮かべずに、淡々とエドガーが話す。
「…逃げろと言われて…本当に彼らを見捨てて自分たちだけ逃げた」
 まだ六つの頃の話だ。エドガー自身に落ち度は何一つない。むしろ、あの場で一瞬でも逃げるのを躊躇っていたら彼らの死を文字通り無駄にするところだった。…城の皆は、躊躇せずに逃げた判断が正しかったと言ってくれた。
 しかし、父親は言った。
 彼らの死はお前の責任だと。
 今まで。一瞬たりとも忘れたことはない。

「いいんじゃない? そろそろ許してあげても」

 寂しそうに微笑んで行ってしまった妹の背中を無言で見送る。
「…ついに、言われちまったな」
 ポンっと背後から肩に片手を置かれてエドガーが苦笑した。
「……お前もだろ? マッシュ」
 背後から、苦い声がした。
「…………まぁ、な。あん時の親父の一言は…きつかったな…」
「ああ…」
 だが誰かが言わなければならなかった。でなければ二人は今頃…。その嫌な役を引き受けた父の優しさが、たまらなく苦い。






 
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