novel
□Episode5(9)
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『ロック! 今日のトレジャーハンティングは何なの?』
まだ15になったばかりのレイチェルが幼さの残った顔立ちでロックに訊いてくる。
いつも後ろからロックを頼りについてくる彼女をナイト気取りで守ってやっていたら、たかだか18歳の少年でも大きな男になった気になれた。
『もうすぐお前の…』
結婚指輪のかわりになるものを探すつもりだった。そして、彼女の両親に…。
「…俺はあいつを…守ってやれなかった…」
コーリンゲンの民家。二人しかいない家の中、向かいに座ったエドガーがそっと魔石をロックに渡した。
「魔石にヒビが入っている。おそらく、保管状態があまり良くなかったせいだろう」
「…試してみるよ。それで駄目なら、また次を探す。…探し続ける」
椅子に座ったまま、まっすぐ魔石を見つめて話すロックに、エドガーが無表情に言った。
「…それがお前の責任だからか?」
ふっと情けない笑い声が漏れた。
「お前と違って、俺はそこまで立派な男じゃねぇ」
エドガーは何も言い返さなかった。
テーブルの上で、紅茶が二つ、細い湯気を立てている。
ロックが続けた。
「なぁ、エドガー。恋をしたことはあるか?」
「…ああ。……あるさ」
「世界が急にパッと明るくなってさ。散々馬鹿ばっかやって無駄にカッコつけて、無鉄砲に生きてきて。…何も怖いものなんかなかった俺が…初めて死にたくねぇって本気で思った」
「………」
エドガーが切なく笑った後、目を閉じて天を見上げる。ロックが静かに続けた。
「俺はレイチェルを守ってやれなかった…真実をなくしてしまったんだ…」
「……真実、か」
「だから、それを取り戻すまで俺にとって本当の事は何もない…」
「…今、お前の目の前にいる俺はどうなんだ? ロック」
ははっと乾いた笑いが漏れた。
「ははは…そう。そうだよ。…お前は本物だよ。エドガー。マッシュもティナもグレシアもセッツァーも…セリスも……みんな…。俺はいつまで経ってもこんなだってのに、誰も待ってくれねぇ…。みんなが俺を…」
「ロック…」
エドガーの低い声が聞こえる。
「…………」
人には見せたことのない泣きそうな笑顔で俯いている男に、エドガーがそっと言った。
「…いいんじゃないか? そろそろ許してやっても」
「なんだって…?」
苦い顔を上げたロックに、エドガーが苦笑して続ける。
「…ただの受け売りだ。お前がどう思っているかは知らんが、セリスの愛は本物だ。お前が自分を許せなくてセリスを不幸にするのは勝手だが、俺にはお前が自分の勝手でレディを不幸にすることを許せるような人間だとは思えん。…全てお前自身が決めることだ。ロック」
空気が淀んでいる。
窓も扉も全て締め切られているせいだ。
ゆっくりとテーブルの上の紅茶に口をつける。
「……うまいな…。お前が淹れたのか?」
「俺の紅茶は本来ならレディ専用だ。男に淹れてやるのは今日が最初で最後さ」
「へいへい。綺麗なおねーちゃんじゃなくて悪かったな。ったく…」
軽く笑って飲み干してから、立ち上がってロックが言った。
「…さんきゅ、エドガー。紅茶、うまかったぜ」
それだけ言って地下に降りていくロックを見ずに、エドガーが無言で紅茶に口をつける。
何より受け入れがたい、愛する人の死。
それはどこの世界においても人類の永遠の課題だ。
それが魔石一つで解決するなら、カイエンは家族と再び残りの人生を生きることができ、セッツァーは最高のライバルと再び世界最速の夢を追うことができ、セリスやティナは優しい両親のもとで幸せになれる。モグも恋人や仲間と再会でき、リルムやガウも母に愛されて育っていける。マッシュも再び師匠の教えを受けることができるだろう。慕っていた父にもう一度会うことも…。肖像画にしか話しかけたことのない母と初めて話すことも…。それはすべてグレシアも同じだ。両親に祝福してもらいながらレオと幸せになれる。
そして…エドガー自身は……。
「待たせたな…。レイチェル」
眠っているレイチェルの顔にそっと片手を触れて、呼びかける。
フェニックスの魔石を傍らに置いて、ロックが静かに近くの椅子に腰かけようとした瞬間だった。
「…………ッ」
魔石が光りだし、ベッドの上でひとりでに震えだした。
「ロック……」
懐かしい、声がした。
「レイチェルッ!!」
声がひっくり返りそうなほど叫んで、泣き出しそうな顔でレイチェルを見つめる。
「ロック…会いたかった。お話ししたかった…ッ!」
ベッドの上で起きて話すレイチェルは間違いなくロックの知っているあのレイチェルだった。
「レイチェル…。ああ…俺も…俺もだ…ッ」
「フェニックスが最後の力で少しだけ時間をくれたの」
「え……?」
今何と言った…? 最後の…力…?
「すぐにいかなきゃいけないの…。だから、最後にあなたに言えなかった事を…今…」
「待てよ…レイチェル…ちょっと待ってくれよ…」
ロックの声が震えている。レイチェルは続けた。
「私、幸せだったのよ…死ぬ瞬間、あなたのことを思い出して、とても…とても、幸せな気持ちで眠りについたの。だから…」
「だったら…ッ!」
そっと首を横に振ってレイチェルは言った。
「ずっとロックに言いたかった…」
ありがとう。
「…………レイチェル…ッ」
思わず抱きしめると、レイチェルの細い身体が…感触が確かにあって。まだ…抱きしめられる。ここにいる。なのに…。
「この私の感謝の気持ちで、あなたの心を縛っている、その鎖を断ち切って。あなたの心のなかの、その人を愛してあげて」
ロックの腕の中で光っているレイチェルの身体に、透明な雫が次から次へと落ちていく。
「……ッ」
誰にも見せられない男の涙が、何本も顔を伝って流れていく。
「ロック…ありがとう」
レイチェルの身体から光が抜けていく。
ロックの慟哭が狭い民家を揺るがして。
光っていた魔石が光を失い、完全な形を取り戻した。
「……エドガー」
地下からレイチェルを抱いて上がってきたロックを一瞥して、エドガーが淡々と言う。
「その顔だと…終わったようだな」
「ああ…。終わった…。終わらせてくれたんだ…レイチェルが……」
「そうか…」
その日、コーリンゲンに一つの墓が立った。
そこには、こう記されている。
『レイチェルよ、永遠に。享年16歳』