novel

□Episode5(9)
2ページ/2ページ






「さて。これでめでたくロックが旅の仲間として再び加わってくれたわけだが」
 飛空艇の一番大きな食堂のテーブルで、一番前で話すエドガーの言葉に、皆が好き勝手な体勢で頷いたり遊んだりしている。
 グレシアが手を上げた。
「しつもーん」
「なんだ? グレシア」
「騎士団のみんなはなんでフィガロに帰ったんですか〜?」
 苦笑してマッシュが突っ込んだ。
「普通に訊けよ。つか、お前想像ついてんだろ?」
「……まぁ、一応エド兄の口から聞かないとと思って」
 ニヤニヤしているグレシアを見て苦笑してから、エドガーが皆の方を向いて淡々と答えた。
「…彼らには瓦礫の塔の調査を依頼した。突入時にも、サポートを依頼する。ただし…ケフカと決着をつけるのはあくまで我々だ。それだけは…譲れん」
 足を組んで椅子に深く腰掛けたセッツァーが手も上げずに訊いた。
「で? これから俺たちはどこへ向かうんだ?」
「モブリズの村へ、ティナの様子を見に行こうと思う」
 エドガーの言葉に一番反応したのはロックだった。
「ティナ…ッ?! 無事だったのか?」
 グレシアが頷いて、ロックにティナのことを話す。
「ロック…」
 その様子を見ながらそっと呟いたセリスに、エドガーが言った。
「セリス、部屋割りの件だが…」
 ビクッと身体をこわばらせてセリスが訊き返す。
「え、ええ。エドガーさん以外なら誰が同室でも構わないわよ」
「………なかなか手厳しいね」
 苦笑しているエドガーにセリスが一応謝った。
「ご、ごめんなさい。つい本音が…」
「…そしてこの追撃か…」
「あああッ! ち、違うの。ええっと…エドガーさんは…その…なんていうか…女の子みんなのものだから独り占めは良くないと思うのッ! ね?!」
「………」
 それを言うならそもそも女の子云々以前に皆の国王なのだが。そういえば…その昔、幼い頃にグレシアがマッシュはいつもエドガーを独り占めしてずるいと言い出したことを思い出した。どちらかといえば、父親を一人で占領していたのは彼女の方なのだが。
「そうか。君が俺を独占するのは良くない…か。…なら、俺が君を独占するのは構わないのかな?」
 一歩詰めてから甘い声で囁くと、三メートルほど後ずさってセリスが叫んだ。
「だからッ! そういうことを言い出すから…ッ!!」
 グレシアの呆れた声が飛んだ。
「また虐めてる…」
 はっはっは。とエドガーの楽しそうな笑い声が響く中、セリスがとっさにグレシアの片腕を掴んで叫んだ。
「そ、そうだッ! グレシアッ! 私の同室になってくれない?」
「え……?」
 エドガーとグレシア、両方の声が飛ぶ。
 たまたまそのやり取りを適当に聞いていたロックが言った。
「エドガーの同室になる奴の話か? んなもん、独占も何もエドガーはグレシアと一緒に寝りゃいいじゃねぇか。俺はセッツァーとでもマッシュとでも誰とでも…」
 言いかけていたロックの目線がセリスの目線と重なって二人同時に真っ赤になる。
「ふむ…。セリス。ロックは誰と同室でもいいそうだが、どうする?」
 あえてセリスに訊くエドガー。真っ赤になったままぎゅっとグレシアの腕を抱きしめて固まるセリス。
「あ…あの…」
「あー…えっと、セリス。俺、さ…やっぱお前が他の男と同室ってのは…その…」
 ぼそぼそと話すロックに、黙って二人を見守っている兄妹。
「…そ…それなら…グレシアなら…問題ないでしょ?」
「いや…そうなんだけど…さ。俺は…お前と…」
「何……?」
「だから…さ」
 もじもじ。
 もじもじもじもじもじもじ。
 エドガーが乾いた声で言った。
「…さ、帰ろうか。グレシア」
「うん。帰ろう。エド兄」
 グレシアがエドガーに片手を引かれて笑顔で仲良くお部屋へ帰ろうとした瞬間、すごい勢いでもう片方の腕を引っ張ってセリスが叫んだ。
「グレシアッ!! 何勝手に帰ろうとしてるのよッ!!」
 ロックも堰を切ったように叫んだ。
「え、エドガーッ! 空いてる部屋どこだッ!」






「セリス…」
 セリスの部屋でベッドに腰かけて苦笑しているグレシアを見つめて、セリスが何か言いかけてやめた後、しょぼんと顔を下げて言った。
「だって…ロックと同室になるってことは…それって…」
 次の瞬間、グレシアの顔をしっかりと見てセリスは言った。

「同棲ってことじゃない…ッ?!」

「え…?」
「そ、そんなふしだらなこと…だ、駄目よッ! ダメに決まってるわッ!!」
「せ、セリス…?」
「もしかして…グレシアって…その…男の人と同じ部屋で……その…夜を……」
 真っ赤になってもごもご口を動かしているセリスに、グレシアがなんと返事すべきか迷う。
 いつも大人びているから気が付かないが、こういう時にセリスはまだ19歳だったことを思い出す。ちなみにグレシアは19歳の時には既に当時の彼氏と行きつくところまでいっていた。フィガロの王族は朝にメイドを室内に入れたがらない者が多く、メイドたちもそれを知っているため呼ばれない限り朝に寝室を訪れることがない。その為、実は広い城の中で誰がどこで寝ていようが誰にも把握されていない。
「セリス…。今日は…ガールズトークの日にしようか」
 悟りを開いた眼で言ってやると、セリスがガバッとグレシアに抱きついて叫んだ。
「先輩ぃぃぃッ!」
「…まぁ、反面教師だけどな。私のようにならないことを祈る…」
 ロックが相手なら大丈夫だと思うが。





 セリスとグレシアが部屋でとんでもないガールズトークを繰り広げている頃、いつもより少し広く感じる部屋でエドガーが言った。
「…というわけで、グレシアはただいまセリスが独占中だ」
「お、おう。仲が良くていいとは思うけどよ。大丈夫なのか? 兄貴」
 真面目な顔で訊くマッシュに、エドガーが苦笑した。
「大丈夫だ。あの二人にそんな趣味はない」
「そんな趣味? って何の話だ? あいつらに共通の趣味なんてねぇだろ?」
 …………。この会話の展開で天然を発動されてしまうと振ったエドガーの方が恥ずかしくなってしまう。片手で顔を覆って絶句した後、エドガーが気を取り直して言った。
「…俺が悪かった。マッシュ。忘れてくれ」
「お、おお? 忘れていいのか? とにかく、グレシアはセリスの部屋に泊まるつもりなのか?」
 ほんの少し、深刻な顔になってエドガーが呟いた。
「成り行きでそうなってしまったが……。そうだな。一晩なら問題なく過ごせるかもしれないが」
「だといいが……」
 重い顔でマッシュが唸る。
 この飛空艇の中にいる人間の中で唯一この二人だけが知っている事実がある。
 グレシアは、よく夜中にうなされて目を覚ます。
 稀に軽く叫んでいるときや泣いている時はエドガーやマッシュが声をかけてやるが、そうでなく目を覚ましてしまった時や本人が兆候を感じてまずいと思った時は一人で起きて部屋を抜け出してどこかへ行ったあと、朝までにこっそりベッドに戻ってきている。
 二人はずっと気づかずに寝ているふりをしてやっているが。
 エドガーの言う様に、何事もなく一晩普通に寝て過ごせる夜もある。…が、そんなことは稀だ。
「…念のため明日、俺がセリスと話してみよう。皆にあまり、余計な心配はかけたくない」
 他の誰かと一番同室にしてはいけないのは本当はグレシアだ。






 深夜。一人で部屋の中で深酒してしまってデッキに出て風に当たっていたロックが部屋に戻ろうとしたら、偶然セリスの部屋の前で、部屋から出てきたグレシアを見かけた。「グレシア…?」
「……ッ、ロック…?」
 ロックは普通に声をかけただけなのに、明らかに様子がおかしい。
「? 具合でも悪いのか?」
 軽く言いながら近寄ると、後ずさってグレシアが小声で言った。
「…だい…じょうぶ…ッ」
「いや、どうみても大丈夫じゃねぇだろ。それとも酒か? 気分悪いなら一回吐いて…」
 介抱してやろうと何歩か進んだところで更にグレシアが後ずさって躓いて尻餅をつくように倒れてそのままの体勢で足だけで後ずさりながら、もう一度言った。
「…ロック、自分で何とかするから…ッ、来ないで…」
 声が震えていることにようやく気が付いて、ロックがその場で止まる。
「まさか…お前…」
 目の前のグレシアは明らかに、何かに怯えていた。否、何かではない。…ロックに、だ。
「そこまでだ。ロック」
 ハッと気が付くと、エドガーがいつの間にか向こう側から歩いてきていた。
「……ッ、エド兄………ッ」
 その場で座り込んだまま俯いてしまったグレシアを抱き込むように座って髪を撫でてやりながらエドガーがロックに言った。
「…少し具合が悪いだけだ。朝までには良くなる」
「………そうか。なら、大丈夫そうだな」
 軽い口調でそれだけ言って、グレシアにはあえて何も言わずに廊下の幅の一番遠くを素早く通って自室に戻っていったロックに胸中感謝しつつ、エドガーが腕の中のグレシアに話しかける。
「…悪かった。セリスが何と言おうとあの場で連れて帰るべきだった」
 フルフルと力なく首を横に振っているグレシアを連れてデッキに出る。
「……ごめん…。…ごめんなさい……」
「んー…?」
 小さな声で謝り続けているグレシアに、あやすような声で訊いてやると、グレシアがエドガーの腕の中で続けた。
「私がちゃんと…寝られないから……エド兄にも…ロックにも……セリスにも…。…なんで…私……もう一年以上経つのに……ッ。ごめんなさい…弱くて…。……エド兄……ごめん…」
「……もう謝らなくていい。落ち着いたら朝になるまでにセリスの部屋に戻れるな?」
 頷いたグレシアの髪を撫でてやって、しばらくそのまま無言で抱いて言ってやる。
「無理に変わろうとしなくていい。少しずつでいいんだ…。俺も同じだ。……一緒に強くなろう、グレシア」
 上空の風が気持ちいい。
 弱い風が傷ついた二人を包み込むように流れていた。


 それはまだ、長い長い道の途中。





 


次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ