novel

□Episode6(1)
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「昨夜はごめん…。できれば忘れて」
 朝食後、食器を洗いながら小さな声でそれだけ言ったグレシアに、背後で食器を拭きながらロックが返す。
「ん? 何の話だ? …悪い。昨日部屋で一人で飲んでたら飲みすぎちまって途中から記憶ねぇんだ」
 グレシアがロックに食器を渡しながら少し笑った。
「そうか…ならいい」
 …二人はいつでもずっと、そういう間柄だった。お互い深入りせず、手を貸して欲しいと頼まれれば何も訊かずに相手の為に何でもする。
「…ところでグレシア。俺もお前にちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「何?」

「お前、昨日の夜セリスに一体何を吹き込んだんだ?」

 乾いた空気が流れた。
「あー…セリス、何か言ってた?」
 乾いた顔で笑っているグレシアに、ロックが笑顔のまま笑っていない目で語る。
「なんっか今朝俺の顔を見るなり神妙な顔で『ロック…私、今日からあなたの部屋で一緒に寝たいの…』ってお前これ完全にやばいやつだろ。昨日と言ってること真逆じゃねぇかッ!」
「え…っと…」
 後ろめたい顔で困っているグレシアにロックは更に続けた。
「何のトラップなんだ? おい。これ、俺が調子に乗って夜中にセリス襲ったらエドガーあたりに青少年何とか法で即逮捕されるとかなんだろ? なぁ?」
 昔よくやったようにグレシアの首に片腕を回して軽く締めながら問い詰める。乾いた顔で笑ってされるがままになりながらグレシアがロックの目を見ずに話す。
「ち、違う違う。トラップとかそんなんじゃないって。やばいやつとかでもないッ。…つまりこれはその、ほら、ロックとセリスに仲良くしてほしくて…その…」
「仲良くだぁ…?」
 ぐいぐいぐい。腕に軽く力を入れるとグレシアが慌てて叫んだ。
「だからッ! 私が言ったのはッ! 今、素直にならないと、ロックが明日死んじゃったら一生後悔するよって…ッ!!!」
 パッとロックが腕を離す。床に崩れ落ちたグレシアにロックが静かに言った。
「…そりゃそうだな」
「ロック?」
 不思議そうな顔で見上げているグレシアに、ロックが読めない顔で言った。
「お前、前とちょっと変わったな…」
「え…?」
 ほんの少し切ない顔で微笑んでから、ロックはいつもの口調でグレシアに片手を差し出して言った。
「いいんじゃね? 今の方が。…具合、よくなって良かったな」
「ロック………?」
 グレシアがロックの手を取って立ちあがると、そのまま何も言わずにロックは厨房から出て行ってしまった。
 食堂を抜けて廊下に出たところで、腕を組んで壁にもたれていたエドガーに会う。
「……安心したか?」
「まぁな」
 正直、昨夜のグレシアには驚いた。床の上でロックを見上げて必死に後ずさる彼女のあの眼は、しばらく忘れられそうにない。
 彼女が怯えた目でロックを見たのは初めてだ。
 …だから、さっき普通にいつもの距離で彼女に触れても拒絶されなかったことに、心底安心した。
「あのさ、エドガー」
「なんだ?」
「部屋割りの件なんだけどさ…。俺の部屋、セリスと…」
 そこまで言いかけた時だった。
 セッツァーの声が配管式の船内通信機から流れてくる。
『野郎どもッ! ついたぜーッ! ここからならモブリズの村まで歩いて小一時間ってとこだな』
 パカっと近くの壁についていた通信機の蓋を開けてエドガーが言った。
「では、出発準備のできた者からハッチに集合してくれ。メンバーは昨日伝えた通りだ」
 





 一年前ケフカに裁きの光で破壊しつくされた後、棄てられた村。
 崩れかけのまま放置された建物の内部は埃が積もり、植物が道を覆っていた。
 小さな村の中の建物の一つに入って、グレシアが決められた回数で何度か扉を叩くと、中からそっと顔を出したティナが叫んだ。
「みんな…ッ! 来てくれたんだ…」
 笑っているグレシアの背後で懐かしい顔ぶれが笑う。
「突然押しかけちゃってごめん…。入ってもいい?」
「もちろん! 今、ちょうどみんなでお昼ご飯の支度してたのよ。たくさんあるから、みんなも一緒に食べましょ」
 セリスが遠慮がちに返した。
「いいの? 一応、差し入れの食料はたくさん持ってきたけど…」
「それじゃ、色々もらうお礼ッ! いいでしょ?」
 久しぶりに見るティナは明るい顔をしていた。ティナの足元に張り付いた子供たちが不思議そうな顔でセリス達を見上げている。
 奥の方からエドガーの声がした。
「それじゃ、遠慮なくいただこう。先に、持ってきた荷物を運んでもいいかい?」
 荷物持ちと化していた男三人が後ろで待っていた。早くおろしてやらないと、エドガーとマッシュはともかく、ロックは流石にそろそろきつそうだ。
 ティナの案内で持ってきた荷物を倉庫に運んで、子供たちと昼食をいただく。
 別の部屋に昼食を運んでいくティナにグレシアとセリスが着いて行った。
「カタリーナ…調子はどう? 何か、食べられそう?」
 ベッドの上で半身を起こした女性がティナが運んできたものを見て何か言いかけて、洗面台へ走っていく。
 彼女の傍にいた男性がティナに言った。
「ごめん…ティナ。今日は特にひどいみたいで…今朝からずっとあの調子なんだ」
「ディーン…。それはわかるけど、何か食べさせなきゃ。今のカタリーナは二人分食べなきゃいけないのよ?」
 黙って会話を聞いていたセリスとグレシアが同時に口を開く。
「それって…」
「もしかして…」





「すごい…。ホントに…ホントに赤ちゃんが生まれるの?」
 子供のような顔でカタリーナのお腹を見ているセリスに、ティナが嬉しそうに笑う。
「うん。私も最初聞いたときはセリスと同じこと言っちゃった」
 カタリーナが空になった皿をグレシアに返す。
「…ありがとう。これならなんとか、食べられそう」
「できるだけ小分けにして、一日五回とか六回の食事にすると食べやすい」
 ティナが感心したようにつぶやいた。
「ホントに何でも知ってるのね」
 グレシアが苦笑しながら返す。
「…いや、これは一年前に城で私が寝込んでた時に食べさせてもらった時の受け売り。食べられないのと、食べてもすぐに吐いちゃうのがあの頃の私と少し似てたから」
「そう…だったんだ」
 カタリーナのお腹をしばらく眺めた後、グレシアが暖かい目で呟いた。
「…ホント…すごいな」
 カタリーナがくすくす笑いながら返す。
「みんなだっていつかは……」
 いつか…。その言葉にティナが温かい目で遠くを見つめ、セリスがロックを心の内で想う。
 そっと無言で部屋を出たグレシアの顔を見た者は誰もいなかった。






 
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