novel

□Episode6(2)
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 フンババがいなくなったモブリズの村で、トランスして変わり果てた姿になったティナを子供たちが囲んでいた。
「ママ…?」
「ママ…なの…?」
 ティナは何も言わなかった。
 子供の一人が呟いた。
「ママ…ママでしょ…あたし、わかるよ…」
 ティナがそっと目を見て頷く。
「ママはみんなの未来を守りに行く。そして、必ず帰ってくる…」
 不安そうな顔を捨てて必死に笑って、子供たちが一人…また一人と口々にティナに叫び始めた。
「ママ…僕、泣かないよッ!」
「わたしもッ!!」
「帰ってくるんだよね…? だったら…頑張るッ!!」
 ティナの姿がゆっくりと元の姿に戻っていく。
 ずっとその様子を見ていたエドガー達に、彼女は言った。
「…私…みんなと行きたい。この子たちの為に…みんなと一緒に戦いたい…ッ!!」
 エドガーが優しく言った。

「おかえり。ティナ」

 ロックとマッシュが気合いの入った顔で笑って、セリスがその横で優しく笑っている。
 グレシアが綺麗な笑顔と共に差し出してくれた手を取って、ティナが笑顔で叫んだ。

「ただいま…ッ!! みんな…ッ!!」





 ディーンがロックに静かに語った。
「…アンタの言う通りだよ。ティナに守ってもらってる場合じゃねぇ…俺が、守らなきゃ」
 黙って聞いているロックに、ディーンが続けた。
「こんな酷い時代に生まれて…ホントにこいつは幸せなのかって…ずっと疑問に思ってた。違うよな。新しい命…そいつが生まれてきて、よかったと思える世界を作らなきゃいけないんだよな。ティナと…アンタらに教えられた気がする」
 今まで感じたことがない、くすぐったい何かがロックの胸から込みあがってきていた。
 なんとなくディーンに親近感がわいてきて、ロックが必死に平生を装って軽く言った。
「そっか…。…頑張れよ」
「ああ。俺、頑張るよ」





 飛空艇の大きなテーブルを9人で使ってわいわい言いながら夕飯を食べる。エドガーがふと思い出したようにつぶやいた。
「そういえばロック。今朝、部屋割りのことで俺に何か言いかけてなかったか?」
「ああ…そういえば…」
「部屋割り?」
 言いかけたロックのセリフをティナが遮って空気が固まる。
 明らかにその空気を楽しんでいるエドガー。
 そしてドキドキしながら聞いているセリス。
 ロックが言葉に詰まったまま無言の時間が流れて、困ったようにティナがグレシアの方を見た。
「え? みんな…どうしたの?」
 グレシアが見取り図を見せてティナに説明する。
「…今、こんな感じでみんな寝てるんだけど…ごめん。ティナの部屋はまだ決めてなかったんだ」
「ううん。突然乗ってきたんだから、当然よ。私は誰と同じ部屋でも…あれ…? みんな?」
 みんなの視線がいつの間にかティナではなくロックに向いていることに気づく。
「さて、ロック。どちらの部屋で寝るのかな?」
 ニコニコしながら訊くエドガー。
 ハラハラしているセリス。
 訳が分かっていないティナ。
「え……いや………だから…その…」
 なかなか答えないロック。
 にっこり笑ったグレシアがエドガーの回転のこぎりをそっと取り出して言った。
「それじゃ、これでロックを二つに分けて仲良く半分こしてもらおうか」
「ふむ。悪くないアイデアだ」
 真面目な顔で同意し始めたエドガーにロックが叫んだ。
「待て待てッ! 決めるッ! 決めるから、のこぎりしまえってッ!」
 すると、ティナの小さな声がした。
「…あれ、ここは?」
 名前ではなく可愛いイラストが描かれた部屋を指さしているティナに、グレシアが答えようとした瞬間だった。
「そこはモグとウーマロの部屋クポーッ!!」
「…………」
 モグを見つめるティナ。
「ど、どうしたクポ…?」
「…………が、いい」
「ティナ?」
 思わず聞き返したグレシアにティナが叫ぶ。
「グレシアッ!! 私、モグと同じ部屋がいいッ!!」
「え…えええええッ?!」
 グレシアだけでなく、セリスとロックも同時に叫んでいる中、必死に頭を下げるティナ。
「お願い…ッ!!」
「…………」
 結局、ロックがセリスの部屋に引っ越してめでたく一緒に寝ることになり、ティナは有無を言わさずモグのベッドに潜り込んだ。





「……そうか…モグの部屋で寝るという手が…」
 自分のベッドに腰かけてぶつぶつ呟いているグレシアにマッシュが半眼になって言った。
「ばあやのぬいぐるみじゃねぇんだぞ?」
「わ…わかってるよッ!」
 思わず叫んだグレシアに、向こうで着替えているエドガーの声が飛んでくる。
「今度フィガロに戻ったついでに持って来ればいいんじゃないか? お前、子供の頃アレのおかげで一人で寝られるようになったんだろ?」
 狭い部屋にマッシュの笑い声が響く。そうだったそうだったと言って笑うマッシュにグレシアが言う。
「マッシュ兄に貸したこともあったな…昔」
「ああ。俺が寝込んでた時な。なっつかしいな」
 咳込みながら横向きに寝ていたら、突然ベッドの向こうからひょこっとぬいぐるみが顔を出して、驚いていたらぬいぐるみの腕がちょこちょこ動いてこう言ったのだ。
『こんこん、ごほごほ、とんでけ〜』
 ぬいぐるみの腕の下から小さな手が見えて、くすっと笑いながら礼を言ってかけ布団から腕を出して、ぬいぐるみの頭を撫でたのを覚えている。
 着替え終えたエドガーが後ろを通りながらグレシアにからかうように言った。
「…で、お前はその夜、結局一人で寝られなくて俺のベッドに潜り込んだ」
「ああ。エド兄が一人で寂しいといけないからな」
 はっはっは。と笑いながら湯を沸かしているエドガーの背後でグレシアがティーカップを棚から三つ取り出して並べる。
 そのあと茶葉を三種類取り出して、今日はどれにするかで二人の軽い論争が始まった。三人が好きな紅茶を一種ずつ持ち込んだ結果である。
 一人でベッドに腰かけたまま、マッシュが温かい声でそっと呟いた。
「ようやく…か。…これがずっと続きゃ…いいんだがな」
「何〜? マッシュ兄。どれがいいって?」
 がっはっは。と豪快に笑い飛ばして二人のところへ行って自分の好きな葉を片手に取って言ってやる。
「当然、これに決まってんだろ?」
「よし。ならコインの三回トスで決めよう。三回とも表が出たら俺の勝ち。二回表が出たらグレシアの勝ち。一回だけなら…」
「ダーツの一発勝負で決めよう。セッツァーに借りたのがあるから…」
「こういう時は腕相撲だろ? 何なら、二人で一緒にかかってきてもいいぜ?」

 不毛で温かい言い争いは、その後しばらく続いたのだった。





「え…? グレシア? いつも通りだったろ?」
 シャワールームから出てタオルをかぶって髪をがさがさと拭いているロックがとぼけた口調で返す。寝支度を済ませてベッドサイドに腰かけたセリスが真剣な声で返した。
「…だと、いいんだけど」
「なんだよ。何か気になんのか?」
「ロック、誰にも…言わないでね。実は…昨日の夜…」
 セリスの話は、ロックの想像通りだった。
「…知ってるよ。俺も昨日、部屋の前でグレシアを見た」
「えッ?! それで…ッ、どうしたの?」
「……すぐにエドガーが通りかかったから、任せて部屋に戻ったよ。多分…俺らには、どうしようもねぇ」
 暗い顔で言うロックに、セリスが真剣な顔のまま続けた。
「あのね…ロック。頼みたいことが…」
「なんだ?」
 セリスの短い話が終わって、ロックが少し明るい顔で返した。
「…なるほどな。いい考えかもしれねぇ。やるじゃねぇか、セリス。任せとけよ。そういうことなら、ちょいと情報集めてみるよ」
「ありがとう、ロック」
 セリスの横に座って、ロックが言った。
「セリスって、ホントに優しいよな…。グレシアも前に言ってたんだ…セリスと一緒にいると落ちつくってさ。俺も…なんかホッとする」
 ロックの身体から風呂上がりのいい匂いがして、少し赤くなりながらセリスが俯く。
「そんなこと…。優しいのはロックも同じでしょ…? 私…。気づいたの。ロックが他の女の子にいくら優しくしてても…私が好きなのはそんな優しいロックなんだって…」
「セリス…。他の子にいくら優しくしたって…俺が今好きなのは…俺が一番好きなのは…」
 言いながらそっとロックがセリスに顔を近づける。
 目を閉じて、慣れた動きでセリスに口づけて押し倒そうとした瞬間だった。
「ちょ…ッ! 何してるのよッ!!」
 パーン。乾いた音がして、床に転がったロックが片頬を抑えながら叫ぶ。
「いやいやッ! この展開なら普通だろッ!! つか、痛ってぇなッ!! おいッ!!」
「普通じゃないわよッ!! ファーストキスだったのよッ?!」
 言ってしまって自分で真っ赤になっているセリスに、ロックが思わず真顔で呟く。
「お、おう。それは…おめでとう」
「〜〜〜〜〜〜ッ!!!! …ッの…ッ!」
 セリスの怒鳴り声と轟音が夜の飛空艇に響き渡った。





 
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